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パラレル・ロマンス  作者: 上葉 壱。
第1章 『愛した記憶』
6/10

第2話 『裸の王様』 ②

本作品を読んでいただき有難うございます。

是非、ブックマーク等への追加をよろしく!

 記憶を失くした男は黒瞳を通して、見知らぬ情景を空の脳内へと叩き込む。

 人気はなく、影も少ない、だというのに平地だけはだだっ広い、そんな印象が色濃い景色だった。それなのに、男には十分過ぎるほど、刺激が強い。


「どこだ?」


 男の知らない世界――ではない。本来、この部落に住んでいる者然り、この世界に生を授かった者であればよっぽど、知っているはずの世界だ。

 かといって、他の世界を知っている訳でもない男だったが、強がるように言葉を残すことで、今の不安を解消しようとする。ただし――、


「誰も居ない……」


 自分ではどうにもならない。そう判断し、戸を開けた男だったが、その先で助けが得られる気配は、あまり感じられなかった。残念ながら、田んぼの奥行きは凄まじいもので、新たな期待を出来るわけでもなさそうで。

 このまま彼女を救うことができないのか――、


「んぎゃ!? あ、あんた、こんなとこパンツ一丁でほっつくんやないよ!」


 そう考えた矢先、背後から奇声じみた悲鳴が響いてきた。それを発したのは、老婆だ。杖を地につけ、生涯ほぼ曲がりっぱなしであった腰骨を、できる限りで伸ばしきる。というのに、とっくに老いぼれであるはずの老婆は、どこか活力に満ちていた。

 どこから現れたのかは検討も付かないが、これはかなりの好都合展開なのではないか。いやしかし、この老婆に期待など出来るのだろうか。


「きこえとんのか?」


「……つい見入ってた」


「わしの事、好きなんか!?」


 彼女以外の人を見るのは今回が初めてだ。考察に意識を持ってかれていた事は否めないが、それでも『初めまして』の効果は絶大だろう。彼女とは何もかもが違う。

 白髪は白髪でも艶はなく、鮮やかさにも欠ける。それは髪質に問わず、肌も唇も何もかもが彼女よりは魅力がなく、みすぼらしい。唯一勝っている点を挙げるのならば、その活力だろうか。彼女の方が若いだろうに、そこは老婆の方に軍配が上がる気がする。


「好き? そんなわけないだろ、威勢はいいがな」


「んだと!? わしゃ、歌女なんて呼ばれて、巷では有名だったんだぞ」


 直接的な表現を進みゆく男に、老婆が杖を突きつける事で、異を唱える。その先にはまるで刃でもあるのかのような剣幕で、今にも襲い掛かってきそうだ。

 その老婆の反応に、男はやり方を間違えたと、杖を避けるように後ずさりながら、深く反省する。記憶がないのだから――の理由は彼女以外には通用しない。理解していたはずなのに、選択を見誤ってしまう。


「すまん、今は急いでるんだ。できれば、アンタの力も借りたいくらいで――」


「まっぱの変質者かと思ったら……礼儀知らずのクソガキだったか」


 初手を誤った影響が大きかったのか、老婆が男の助けに耳を貸す様子は見当たらない。

 完全にやらかした。そもそも、人との関わり方を忘れたような者が、誰かの助けを求めるのがお門違いだったのか。記憶に固執しているわけでもないが、今は何より豊富な経験が恋しい。


「今、家に居る女が大変な状態なんだ。どうか協力してくれ……!」


 しかし経験など無いのだからこうするしかなかった。体はいつの間にか老婆へ傾き、山々を眺めていたはずの視線は、地、砂、石、それらしか見えやしない。

 希望はこの老婆しかいないのだ。だから精一杯で腰を曲げて――、


「なんやねん……ったく仕方ないの。大変なのはようわかったが、肝心の内容が言えとらんぞ」


「助けてくれるってことでいいのか」


 その姿勢が僅かながらに通用したのか、老婆は聞く耳を両耳とまでは言わないものの、大きな穴が開いている方だけでも傾けてくれるようだ。

 少し、力添えしてくれればそれでいい。それ以外、何も求めやしないのだ。

 

「はよ、教えてくれへんと向こう行ってまうで」


「その、ミナが泣きわめ――」


「……は」


 一瞬、確かに老婆が折れてくれた感覚があったのだが、何故だろう。途端に呆れた雰囲気を男はうなじで感じ取っていた。生暖かい吐息が刹那、冷え込んで――、


「彼女さんが泣いてるから慰めにでもなれって?」


「詳しくは違うが、アンタは勘がするどいな」


「ナキまで聞こえてたら、そらそれしか思い浮かばんわ――ちゃうねん! なんやそれ。自分、彼女の一人のそんな些細なことでさえ、解消してやれんと? いやそれもちゃう!」


 先刻までの真摯に向き合ってくれる道は途絶え、道順を戻るしかなくなってしまった。すっかり、老婆の様子は快活そのものとなり、少々頬が膨れ上がっているようにも思える。

 何故だ、何を間違えたというのか。


「違うって……どういうことだ?」


「あんた、それ本気で言っとるんか?」


「お、おう」


「――――」


 真面目な態度がかえって老婆を憤慨させたのか、ついには沈黙という取り付く島も無い状況に陥ってしまった。その原因を本気で理解しない男は、頭をうずめてしまう。

 老婆はゆっくりと背面を男へ向け、杖を突きさし、脚を引きずっていく。


「おい! さっきは協力してくれる感じだったじゃないか!」


「気の迷いじゃ、他当たれ」


「どうしてだ……」


 せっかくの機会、それを逃してしまっ――、


「それが分からんのやから、泣かせてまうんとちゃうか。その根本、しっかり掘り起こさんか」


 期待はずれの老婆は、男にただ一つの本音を捨て吐いた。

本作品は毎日21時~22時に配信しております。

また読みに来てくださいね!

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