第2話 『裸の王様』 ①
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途方もない眠りについていたような――そんな感覚は無かったが、今、自分は目を覚ましたであろうことは、状況から理解ができる。
背中に感じる柔らかい感触、草木の匂いやその中に入り混じる、甘い香気。それらにつられ首を動かしてみれば、窓からの景色は殺風景ながら人肌を感じられて、その対には襖らしきものが見えてくる。人に見られている感覚もあったが、どうやらその犯人は木目の付いた天井だということも、察することができた。
自分は目覚めたのだと、改めて理解した。その上で不可解な点が複数ある。
自分は何者で、ここは何処で、何故寝ていたのか。全くと言っていい程、思い出せない。今一度、思考を巡らせようとも、やはり記憶の棚には何もかもがない。
――記憶喪失
そんな言葉が頭によぎった。
「こんな花嫁でも、いい?」
今現在の情報量を整理するだけで手一杯だというのに、また新たな刺激が己を襲う。
かすかに聞こえてきた声は、人のものだと判断していい、はずだ。それに恐らくは、女性の声だと考えられる。不安、心配からなる慟哭に塗れた儚い声――、
「……あ、だ、だい大丈夫か」
久しぶりの発声に少々手間取ってしまったが、彼女――と思われる声に掛けるべき言葉は、これしか思いつかなかった。何かに必死で、焦燥が感じられ、せっかくの美しい声だというのに、恐怖に押しかけられた言葉は、限りなく細くなってしまっている。
もしかしたら、自分にとって旧知の仲なのかもしれない、いや確実にそうなのだろう。だからこそ、声に心配を覚えるのだ。だから、一目見たいとも思う。
「っー! 何考えてるの私、ここにはしけこんでる訳じゃないでしょ!?」
「おい、お前――」
日の当たった襖を開けてみると、そこにはこの世に存在していいのか、許されるのかと思える程の絶世の美女が佇んでいた。とは、少し説明が足りないだろうか。
正確には身をよじらせ、顔を赤く染めていた。それでも――、
――美しい
その言葉だけが、自分の空だった脳内を埋め尽くす。
「ち、違うの! ごめん、ごめん。これはね、そういう卑しいのじゃなくて――」
「は? なんだそれ……」
白髪と手の平で己の美顔を覆い隠す彼女の姿に、自分は図々しい不満と必死の困惑から言葉を投げかけた。何故、その美しさに羞恥などを覚えるのか――、
「今、なんて――」
と意義を唱えようとする瞬間、室内の空気が張り詰め、自分に呼吸を忘れさせる。彼女は姿勢を変えないまま、それでも辺り一帯の空気を変えてみせた。
言葉で表すのさえ躊躇う程に、彼女の色香は凄まじく――、
「……誰だよ」
この一連で自分は雄なのだと、そう認識することができた。だからこそ、眼前の美貌を独り占めにしたい、そんな欲望が芽生えたのだと思うから。
我が物へとするために、まずは彼女の名を聞いておきたかった。
「――――」
正直、不格好だと思った。いくらこの人と昔、親しかったのだとして、自分は彼女の事を今は知らないわけで、その中で何者なのかと問うだけなのは、あまりにも無粋――、
「へ? あー、うん。忘れちゃったか――美奈だよ……ミナちゃんって呼んでくれて……ひぐっ、た、んだよ?」
そのため、こういう結果になるのも想定の範疇だ。悪いことをしたとも思う。
無粋さを抜きにしても、恐らくは以前の自分は彼女の事を知っていたはずで――そこまで頭が回っていたというのに、今はただ彼女の名が知りたかった。
――ミナだよ
いい響きだと思う。実に素敵だ。
「そうか……」
だが、それを彼女に伝える、などという勇気は今の自分にはなく、過去の自分が済ませてくれているのだと切に願った。本当に、素晴らしいと思ったから。
「大丈夫か」
今一度、深憂が故なんていう建前を盾に、彼女との会話を続ける。
不謹慎であると分かっておきながら、泣いている彼女の姿も、一凛の花のように美しく、なまめかしい――彼女に遠慮せぬならば、抱きしめたくなるぐらいには。
「――君は変わらないよ、本当に。だから好きだよ」
「えっ……」
「でもね、ごめん、やっぱ心の整理つかないや。ほん、うっ、おめんね」
腕で包み込もうとすることも躊躇するぐらいに、彼女の心と体は疲弊しているようだった。やはり、親愛を育んでいたであろう人物の記憶が亡くなってしまうというのは、それほどまでに辛く、悲しいものなのだろうか。
その体験も、あらゆる経験もない、そんな自分には分からない話だが、
「ここにいろ」
それでも、分かることはある。
今は彼女を救ってやればいい、それだけのことなのだ。そう判断し、自分は彼女の背後の引き戸を確認したのち、この空間の外へと出ることにした。
その先に、彼女を救う手段があるのだと信じることで――、
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