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第2話:魔力訓練は楽しい

 僕はセミに転生したけれど、お腹の辺りの気配を探ると魔力のようなものを感じることができた。


 その魔力を思いっきり動かすと制御が効かなくなり、ついには意識を失ってしまったんだけれど、その代わりに魔力量が増えて操作性も向上した気がする。


 この現象はよく見たことがある。

 そして毎日寝る前に同じ訓練をすることで大人になる頃には規格外の魔法使いになることができるのだ。


 僕は幼虫なのできっとまだ時間があるはずだ。

 生まれてからどれぐらいの時間が経ち、あとどれぐらいの時間が残されているのか分からないけれど、この修行はきっと無駄にはならないだろう。


 そういうわけで僕は日々鍛錬に励むことにした

 色々と理屈をつけているけれど結局のところ他にやることがないのだ。


 なまじ人間としての意識があるせいで土の中での単調な生活に少しずつ嫌気がさしていたけど、そんな中でやっとやるべきことを見つけたのだ。

 それだけで毎日にハリが出てくる。

 呑気にセミの幼虫としての生活を楽しむだけではやっぱりきつかったね。


 例えば僕があと十年土の中にいなきゃいけないとする。

 大抵の物語だったら、十年も修行したら国では有数の実力になっていて、学園ではあらゆる人に注目される存在になっているよね。


 外見が良かったら女の子が向こうからやってきて学園の中心で活動できたかもしれない。

 そこそこの外見だったとしても、能ある鷹的な役に入って仲間がピンチの時に颯爽と助ける動きをすることができたかもしれない。


 だけど、これがセミだったらどうだろうか。

 いくら実力があったとしても、そもそも学校に入れない。

 もしかしたらイケイケのメスゼミの気を引くことができるのかもしれないけれど⋯⋯。


 前世の僕は身体が弱かったから女性とそういうことをすることができなかったんだ。

 経験がないまま二回も死んでしまうんだとしたら、しっかりメスゼミにアピールして子孫もちゃんと残してからいなくなった方が良いかもしれないよね。


 ただの妄想だとは分かっているけれど、このまま魔力トレーニングを続けていったら異性にモテるかもしれないと思うと力が入る。


 相手がセミだとしても嬉しく感じるもんなんだね。

 それは多分きっと僕もセミだから。





 それから僕は暇を見つけては魔力を感じ、操作する訓練を続けた。


 ぶっ倒れるまで練習を続け、目が覚めたら木の根を見つけて樹液をちゅうちゅう吸う。

 そうやっているうちにいつのまにか気絶するまでの時間がちょっとずつ長くなっていることに気がついた。


 いまでは丹田から魔力を引き出して全身に行き渡らせたり、頭や脚に集中させたりできるようになっている。


 もうすこし操作が上手くなってきたら魔力で丸や三角とかの図形を描けるようにしてみようと思っている。

 それ自体に意味はないんだけれど目的がないと鍛錬がだれちゃうからね。


 そんな風にして僕は毎日を平穏に過ごしていた。

 それまで何にもなかったものだから、真っ暗な土の中は安全だって錯覚してしまっていたんだ。


 だけどある日、奴は現れた。





『ドドドドド』


 地響きのような音だった。

 腹の底から揺れを感じたけれど、能天気な僕は「この世界にも地震があるんだなぁ」なんて考えていた。

 そのときは自分の命の危険が迫っているなんて気が付かなかった。


 でも自分がいる穴が崩壊したら嫌だなぁって思って少しだけ身を埋めたのが良かったんだ。


『ドドドドドドドドド!!!』


 音と共に揺れが強くなって、何かがどんどん近づいてきた。

 セミになってから初めて他者の存在を感じた。


 僕は息を潜めた。

 セミだから呼吸はしていないんだけど、まぁそんなことは良いとして、辛抱強く音を立てないように硬直したんだ。


 その時だった。

 僕の目の前を巨大で毛むくじゃらの獣が通ったんだ。


「モグラだ!!!!!」


 心の中の僕は盛大に叫んだ。


 奴は鼻をクンクンさせながらものすごいスピードで土を掘り、僕の前を通ったかと思うとすぐにどこかに行ってしまった。

 よく見えなかったけれど、鼻の先が花のように開いていた気がする。


 モグラってあんなに大きかったっけ?

 あんなに早かったっけ?


 僕は呆然とする他なかった。

 っていうか鼻をクンクンさせていたけれど、僕は匂いがしなかったのだろうか。

 モグラってセミの幼虫を食べるのかな?


 たまたま見つからなかっただけなのか、そもそも標的ではないのかを知りたい。

 あんなのに襲われたらひとたまりもない。

 勝てるわけがない。

 そう思えてならなかった。





 モグラの一件があってから、僕の生活は変わり果ててしまった。

 これまではことあるごとに魔力の練習をして意識を失っていたけれど、敵がいるのであれば無防備すぎる。

 襲ってくださいと言わんばかりだ。


 ちなみにあのモグラは鼻の先が花のように広がっていたと思うので「花モグラ」と呼ぶことにしている。


 花モグラが与えた影響は心理的なものだけではない。

 あいつが通ってきたおかげで道ができてしまった。


 周りの土が崩れて多少埋まってはいるけれど、少し力を入れれば押し通ることができる。

 そこを通って他の虫がやってきたのだ。


 この弱肉強食の世界で僕を殺しにやってきたんだ。


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