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D35.風の花《アネモネ》の願い

 小鳥さんは行き先も告げずに、ふわりと飛び去ってしまったわ。


 カラット・アガテール。

 不思議ですてきなわたしの小鳥さん。


 災いを携えて、冥府の使いがやってくる、だったかしら。あの謎めいた冒険者の青年が警告していったことは本当だったけれど、終わってみれば少し違った気がするのよね。

 災い転じて福となす、だったかしら。

 災いの母エリスを連れてきちゃったのは事実だけど、でも、小鳥さんは災いの言いなりにはならず、一生懸命に羽ばたいて、さえずっていたわ。

 わたしの籠の鳥にするには少し、自由奔放すぎたかしら。


「……ねえ、ペルセフォネ女王陛下、ひとつ、お聞きしてもいいかしら」


 他人行儀な言葉よね。

 わたしもおかしいとは思うけれど、今はこれでいいのよね、きっと。


「……ええ、ひとつと言わず、なんでも」


 ロリスが不安げにわたしとおかあさまのやりとりを見守っているわ。

 おろおろとして、ふふっ、いつからあんなに人間臭い仕草をするようになったのかしら。

 きっとわたしのおかげね。

 自分のことを自動人形だなんてつい忘れそうになるくらい、振り回しちゃったせいだわ。


「小鳥さんとペルセフォネ女王陛下って、もしかして恋愛関係?」


「……え! ええっ!?」


 おかあさまったら、これで本当に冥府の女王様なのかしら。見事なうろたえっぷりね

 どうしてわたしに隠し通せると本気で信じていたのか、不思議もふしぎだわ。


「な、ななななな、なにを言うのアネモネ! あ、アエローとわたしが恋愛だなんて!」


 説得力はてんで皆無。

 小鳥さんとのやりとりを見せつけておいて、どうして我が子にバレないと思うのやら。


「だって小鳥さん、素敵でしょ? わたしが半日もせず大好きになっちゃったのに、たぶん何百年、何千年っていっしょに過ごしたらってね。ロリスもそうなんでしょ?」


「……ナ、ナンノコトデショウカ」


 ね、面白いでしょう。

 ロリスは自分のことを、冷静沈着でポーカーフェイスなつもりでいるのよ。

 その躯体に流れる赤き神の血の煮え滾るように、本当は熱くなりやすい性格なのにね。

 そもそも年上ぶってるけど、稼働日から数えたらわたしの方が四つも年上だもの。


「ふふっ、人形ごっこなんてしても無駄よ? 小鳥さんとロリス、ふたりでこっそり遊んでたのはもうバレてるのに。ねえ、なにして遊んだの? お手? おすわり?」


「……ひ、ヒミツです!」


 ロリスったら、恥ずかしがってひつじのソファーの後ろに隠れちゃったわ。

 今回は可愛いかったからゆるしてあげる。

 けれど、あーあ、お母様はそうもいかないみたい。草花の触手がわなわな震えているわ。


「ロリス!! わたしの自動人形の分際で! 冥府音の通信が切れてる間にアエローと一体なにをしていたというのですか!」


「イヌミミに首輪をハメて子犬さんごっこを楽しんでたのよね、ロリス」


「何をおっしゃるのです姫様!?」


「……なにそれうらやましい」


「何をおっしゃるのですご主人様!?」


 ふたりが喜劇を演じるように仲睦まじそうにじゃれあっている。

 わたしは訳もなく嬉しくて、ついくすくす笑ってしまうの。


 ……まだ恋愛ってよくわからないのよね。

 もしかしたら、わたしはこれからも恋愛ってなにか理解できないかもしれない。


 風の花。

 アネモネ。


 わたしの名の由来は、たしか、祖アドニスの亡くなった時に生まれた花だそうだけど。

 その赤い花の由来は、アドニスの流した血なのか。


 それとも、愛の女神アフロディーテが愛するものを偲んで捧げた血なのか。

 きっと後者ね。


 冥府の女王ペルセフォネ――おかあさまがあえて恋敵との悲恋の花をわたしに名付けたのはなぜだろうってずっと思ってたの。

 アネモネと名づけても、それはアドニスとアフロディーテの愛の結晶を意味しちゃうわ。


 単なる皮肉? あてつけ?

 もしかしてわたしのこと嫌ってたのかな?


 色々考えてきたけど、今、そうだったらいいなって答えがふたつも見つかったの。


 そのいち。

 愛の女神が捧げた血の花は、それってつまり、世界一の愛の花ってことでしょ。

 うん、これは素敵だわ。


 そのに。

 そもそもどうして赤い花を“血の花”じゃなくて“風の花”と呼ぶのかしら。

 不自然だと思わない?


 ロリスの夢枕に語り聞かせてくれた神話をどう思い返したって、“血の花”じゃなくて“風の花”を意味するアネモネと名づけたのが全然わからなかったの。

 風? 愛でも血でも死でもなくて、どうして風なの?

 大いに疑問だわ。

 でも、ようやく手がかりを見つけた。


『……ありがとう、アエローおねえさま』


 疾風の女神アエロー。

 ロリスの夢枕のおはなしに登場する、唯一の“風”にまつわる神様。生まれたばかりのアドニスが入った禁忌の箱を愛の女神からおかあさまに届けてくれた冥府の鳥。大切な子宝を運んできてくれたのは、そう、“風”だった。


 赤い花。死にゆく赤き血。生まれきたる赤子。それを運ぶ冥府の風さん。

 こじつけかもだけど、なんとなくそれっぽいわ。

 ……そして驚きの新事実、カラット・アガテールこと小鳥さんはアエローだった。


 あとで聞いた話だけど、わたしの生まれた頃、アエローは消息不明だったみたい。計算するとアエローの転生した(?)カラットが五歳の時、わたしが生まれてるの。


 結論。

 風のアネモネってわたしの名づけは、きっと小鳥さんにちなんでる。

 ……そうだったらいいなぁ。


 いつか、またおかあさまと親子をやりなおせる日がきたら、色々と聞いてみようかな。

 恋多きおかあさまの神話りを、根掘り葉掘りとね。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


第一部ラスト書き上がりました。(D37でラスト予定)

次回更新は前倒しにして同日更新になるかもしれませんので、あしからず。

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