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D34.はい、おしゃべりはわたくしの十八番でございますからね 2/2

「さて、わたくしは冥府の使い、そして仲裁人の立場としてはご家庭の問題やら親子感情やらには口を挟む立場になく、その問題に口は挟みません。となればここで話すべきは一つ、豊穣の角笛コルヌコピアをいかにするか、という最大最初の問題点です」


「……小鳥さん、さっき所有権はわたしにあると言い切ったはずよね?」


「ええ、その前提でひとつ、ご提案させていただきたく」


 相互に納得できる落としどころを見つける。

 要求と譲歩を調整して解決の糸口を見つけることができれば、武力解決という政治上の最終手段に至らずともよいのですから。


 であるならば、わたくしはこの弁舌を惜しみなく披露いたしましょう。

 どうぞ最後まで、ご清聴の皆様におかれましては応援とご期待のほどお頼み申します。


「提案とは、アマルテイアの角を“返還して譲渡する”約束事を結ぶことにございます」


「……え? どういうこと?」


「……なるほど」


 聡明なペルセフォネ様には理解できても、さしもの利発なアレサ様にもこれは難解すぎた様子。小声でロリス様にたずねますが、こればかりは彼女にも答えられません。

 仕方なくアレサ様はわたくしに「詳しく教えて、小鳥さん」とたずねます。


「よいですか? 今回の話がややこしいのは豊穣の角笛が盗まれた七つの冥府の財宝の一つとしてボレアポリスの大競売にて盗品が売買され、不正にアネモネ様が所有者になったという“経路”に問題があるのです! 正統な継承権があっても、不正な入手経路を辿っているがために、冥府側としてはなし崩しで王国側に“奪われる”のは不本意にして不名誉なことなのでございます! 盗品と知りつつ購入したものは元の持ち主に返すべき! この原理原則に基づき、まずは“返還”を行うのです。ただし、その条件として、条件付きで“譲渡”の契約を行います。一度返して正式に貰ってしまえば、手続き論として正しい経路を辿り、胸を張ってアネモネ様の所有権を確定できるという寸法です。なるべくして目的のためには正しい手段を選ぶべき、という話にございます」


「ちょ、ちょっと待って。それってわたしを詐欺にかけようとしていない?」


「ちゃんと疑い、吟味するのはよいことですよ。この場合、“返還して譲渡する”というのは物品はそっくりそのままお渡しする一方、冥府側は条件をつけさせてもらいます。逆に王女殿下側からも条件をつけてもいいでしょう。その細かいところをちゃんと話し合い、契約の神の名のもとに、返還と譲渡の約束を結ぶのです。それがわたくしの提案です。そのためには幾度か、実務的協議のためにこうして会談を重ねていただくことになります。そして返還と譲渡が済んだ後もまた、指導のためにお会い頂きます。……どうです?」


「え、え、それって……」


「なにかご不満でも?」


 問われて、アレサ様は戸惑いながらロリス様とペルセフォネ様の表情を確かめます。

 王女殿下のふたりの母君は安心させるように柔らかに微笑まれました。


「小鳥さん」


「はい、なんでございましょう」


「……その提案を、受け入れるわ」


「よろしい。では、ペルセフォネ様もこの提案を受け入れるとみてようございますね」


「ええ」


「ではでは、交渉事の基本、まずは友好の握手から初めさせていただきましょうか」


 わたくしの不意の提案に、このぶきっちょな母子は揃ってうろたえます。

 あー面白い。


 アレサ様はまた毎度のように助けを求める視線をロリス様に送っては「覚悟を決めてください」等と背中を押してもらうのが可愛らしいの何の。

 でもですよ、同じように緊張して、どうしていいかわかりませんと初々しい反応をペルセフォネ様までなさるのだからこれが面白くてなりません。


 悠久の時を生きる冥府の女王とて、愛娘との和解協議の握手だなんて、そりゃまぁ初めての経験でしょうから初心な反応をなさるのもご無理はないものの。

 ああ、この方とは失恋気分でちょっと距離を置きたかったものの、今一時はわたくし、距離を詰めては母親代わりに背中を押して差し上げねばならないようです。


「なにをためらってるのですか。お相手はもう覚悟を決めてらっしゃるというのに」


「だ、だって、だって」


「ダンテも神曲もありません。ほら、“おねえさん”が背中を押してあげますから」


「……カラット? でも、貴方、アエローの記憶は……」


「少しだけ、卵の殻はひび割れましてね」


 わたくしの前世の記憶。

 ほんのすこしだけ、蘇ったソレが夢の箱庭に投影されて皆の目にも映ります。

 おひさまが燦々と降り注ぐ、地上の花畑にて。

 アレサ様そっくりの、うら若い乙女が天真爛漫に前世のわたくしへ微笑まれます。


「がんばりなさい、コレ―」


「……ありがとう、アエローおねえさま」


 ロリス様とわたくしに見守られて。

 ぎこちなく、まだそこにあるわだかまりを解きほぐそうと一生懸命に。

 ふたりの手と手は互いを求め、握り、ぬくもりを確かめるのでした。



 かくて第一の冥府の財宝『豊穣の角笛コルヌコピア』は無事に回収完了にございます。

 もうじき譲渡されてしまうのですけどね。


 そこはそれ、わたくしの罪はこれでひとつ帳消しですから目的は達成ということで。

 大仕事を終えて、あとは家族水入らずと夢の箱庭に三者を残して飛び去ります。

 まだひとつだけ、大事なことが残ってますからね。


毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


これにてアマルテイアの角、回収完了です!

次回! 第一部最終回! の予定が締めくくりが筆が乗ってもうちょっとだけ伸びてしまいました。

どうぞあとすこし、最後までお付き合いくださいませ。

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