D34.はい、おしゃべりはわたくしの十八番でございますからね 1/2
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相対するは母と娘。冥府の女王と地上の王女。豊穣を巡る新旧の女神。
ふたりが互いに言葉ためらい、第一声に窮するのは十年という歳月の長さだけでなく。
十年前の別れの日、母親はスイレンという仮初の人間として地上に在り、そしてやむなく冥府へと去ったために、ペルセフォネという本来の姿形では初対面といえます。同一の存在としては似通う点もあるながら、あえて凡百の人間らしく偽った控えめなお妃様と、冥府のナンバー2として神々しさに溢れる女王様では至るところが違いましょう。
一方、女子三日会わずんば刮目して見よというところをアレサ王女殿下は四歳から十四歳へとそれはそれは大きく成長している上、ついぞ半神として生まれた彼女は現人神へと昇位なさったのですからこれまた幼女の自分とは大違いの立派さ。
親子の気まずい沈黙を、ロリス様が不安げに見守ります。
自動人形として鍛冶の神ヘパイトスに作られたロリス様は、ペルセフォネ様の命令を忠実に守る被造物であり、アレサ様に忠誠を誓う教育係にして育ての親でもあります。つまりロリス様は二律背反の困った状況下であり、おそらく心情としてはアレサ様に肩入れしたい一方、自動人形は創造主に逆らえないのでにっちもさっちもいきません。
この南極北極いえ難局にぴよっと出番だカラット・アガテールという訳です。
この親子丼、もとい親子のどん詰まりした会談をものの見事に成功に導きましょうとも。
「さてお三方どうぞお聞きあれ。ここは母と子としての再会は後にして、まずはじめに一番重要なこと、豊穣の角笛コルヌコピアについて実務的に話し合おうではありませんか。ご家族の問題は大切なれど、ことは世界を左右する重大事ですからね。冥府の女王と地上の王女という“立場”に基づけば、おのずと話すべきことが見えるはずですよ」
わたくしの提案に、二人はこくんとうなずきます。
ああ、いつになく戸惑っているペルセフォネ様もアレサ様もなんとも可愛いの何の。
「議題は豊穣の角笛の所有権を巡って。……というところを過ぎ、今や豊穣の女神になられたアネモネ様を数多の神々が祝福なさったことで、今現在の所有者はだれであるかは明白になったものと考えます。農耕神クロノス、大母レアーにはじまり、最高神ゼウスと豊穣の女神デメテルの娘コレ―として産まれたペルセフォネ様は冥府に嫁ぎ、角笛を継承なさいました。なりゆきもあるとはいえ、アネモネ様はこれら偉大な豊穣にまつわる始祖の血を引く正統な継承者の資格がございます。早きにせよ遅きにせよ、他に有力な継承先がない限りは、おのずと新たなる豊穣の女神アネモネ様に引き継がれることは自然なこと。それを儀式に募った天神地祇も承諾してくださっているわけです。しかしながら王女殿下もご自覚のあるように、正統な所有権があったとしても、アネモネ様にはまだ強大すぎる豊穣の力を使いこなせるだけの実力がない。なにせ齢十四の、まだ幼い未成年でいらっしゃいますからねー。神様としては、さて、たまごか、ひよこか」
「……その言い方は、事実だとしてもすこしムッとくるわね」
おどけるわたくしに言葉通り、ムッとした顔つきをなさるアレサ様。
ここでわたくし、ようやく“支配する力”の影響を離れていることを実感いたします。
イヌミミ悪堕ちダークネスカラットの時とは違って、軽やかに皮肉を言ってのけることができる心の自由はまさに空舞う鳥が如く。地を這い尻尾を振って媚びるのも楽しかったとはいえ、支配も災いも抜け出た今の身軽さは清々しいものがあります。
「お忘れですかアネモネ様? 今ここにお招きしたのは豊穣の力を司る術を学ぶべく、指導者を求めてのこと。消去法で考えた時、タルタロスに幽閉された農耕神クロノスや太母レアーら古きティターン神族、つまりは曽祖父母に頼るのはまず不可能でしょう。次に天帝ゼウス様! いやーこれはやめときましょう、いかに孫娘とはいえ、あの色ボケ……こほん、最高神ゼウス様はご多忙でいらっしゃる。その弟君にして冥府の王ハーデス様も候補たりえますが、いやはや、これも血縁上はやぶ蛇ですね。つまるところは祖母のデメテル様か、お母上か、縁遠い第三者か。この三択かと思いきや、デメテル様ときたら愛娘のペルセフォネ様にはすこぶる甘く溺愛していらっしゃる。そしてオリュンポス十二神の豊穣の女神デメテルを差し置いて、我こそは指導者にふさわしいと自ら名乗り出ようという神々がおりましょうや。よって結論は、ペルセフォネ様に頼る他ないという訳ですよ。ここまではおわかりいただけましたか?」
「……堰を切ったように長台詞を喋ったわね、小鳥さん」
「はい、おしゃべりはわたくしの十八番でございますからね」
立て板に水とはこのことか。
いやー喉が渇くのでちびちびと夢の箱庭が変幻自在であるのをいいことに、夢の神モルペウス様の執事、いえ羊らにおいしいお茶をいただきながら話しております。
気づけば風景も様変わり、わたくしの語るに合わせて地底の奈落タルタロスやら天界の宮殿やら思い描いた光景や人物を映してくれるのでなんとも捗ります。
「さて冥府の女王ペルセフォネ様、貴方様には愛娘としての云々はさておき、新たなる若く幼き豊穣の女神にご指導いただく準備と道理があるはずです。豊穣にまつわる采配、つまり豊作凶作、飢饉に豊穣、そうした一連の自然界の調整を担う代表者の一人が貴方様であらせられる。地上の実りをデメテル様、地下の芽吹きをペルセフォネ様というように役割があり、小神や精霊、妖精など下位神霊がその手伝いをする。血縁や角笛を忘れてしまえば、なりたての小神を教え導くことに特別な理由はいりませんよね?」
「……ええ、そうです。それが基本です。けれど……」
「はい、ご返答ありがとうございます。まとめると、アネモネ様には他に有力な指南役候補がなく、ペルセフォネ様には“特別な理由”を除いてはご指南しない理由がない。たった二つの問題点さえ解決できれば、ほら、もう万事解決でございます」
多少強引に話をまとめ、わたくしは笑顔で朗々と提案いたします。
アレサ王女殿下は戸惑いがちに小声でロリス様にわからないことをおたずねしますが、知識として間違っているわけでもなく、おまけに“仕込み”済みといえるわたくしの協力者でもあるので、好意的にご説明いただけるわけです。
そして言うに及ばず、わたくしはペルセフォネ様の愛人でもある。
……いや、未成年のアレサ様を除いて、わたくし両サイドと語るに尽くせぬ間柄であるというのはお恥ずかしい限りですが、好感度のおかげですんなり話が通りますね。
あの触手プレイもこの凌辱プレイもすべてはこの時がために繋がれた運命の糸のなせる奇跡だったのでございますね。
いやぁ、何事もヤッてみるもんですね!
……あ、石を投げるのはおやめくださいね皆様! 一石一鳥は勘弁です! ちょっと調子に乗りすぎたことをここに反省しますので、どうか平にご容赦を……。
毎度お読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。
D34は1/2掲載です。予定通りに更新できる場合は、翌日「D34 2/2」 翌々日にD35で第一部完結予定です。
連載そのものは今後もつづきますが、第二部までは少々お時間をいただくことになるかもしれません。(キャラクター紹介やショートエピソード、おやすみを挟みつつ第二部を準備させていただきます)
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。