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D31.北風と太陽に学んで カラットの眠り歌

 さてご清聴の皆様、いよいよもって豊穣の角笛を巡る物語は大詰めでございます。

 ついに豊穣の女神として昇位なされたアレサ王女殿下あらためアネモネ様なれど、その危険性を指摘するわたくしの忠告に、意図せず神力を暴発させてしまうのでした。


 アマルテイアの角は自然界を左右する、過ぎたる力にございます。

 豊穣の女神アネモネという人知を超えた存在になろうとも、彼女は齢十四とまだ幼く、さらに神としては生まれたての子鹿もいいところでございます。


 いやぁかわいいですよね、ぷるぷる震えながら必死に立ち上がる子鹿さん。

 敵の総大将だったはずのアレサ様を保護者気取りで見守るのが楽しいだなんて、運命の巡り合わせとは不思議なものでございます。


 そして今、ばちこーん! と強烈な鞭打ち食らってフラフラなわたくし。

 古典的表現ながら頭上をぴよぴよひよこが飛んでおります。ピヨっています。

 やってしまったアレサ様ご自身が、制御できない大いなる力の暴走に戸惑う今、わたくしはかねてより考えていた乾坤一擲の策を痛みに耐えつつ口にします。


「わたくしに一つだけ、アマルテイアの角を制御する妙案がございます、王女殿下」


「それは一体……? 教えて、子犬さん」


 ペルセフォネ様の命令に従い、世界に混乱をもたらす豊穣の角笛を回収する。

 アレサ様の意志に沿い、彼女の望みを叶えるために豊穣の角笛を利用する。

 その相反する二つの目的を、まさに一石二鳥に解決すべく。

 わたくしは氷の祭壇に膝ついて、傷の手当も惜しんで申し上げるのです。


「豊穣の力を操るには何事もそうであるように、他者に学び、教わることが一番ではないでしょうか。姫様の優れた御才覚あらば、相応しき者にご指南いただけば、いずれ必ずや荒ぶる大自然の力をも御することができるものとわたくしは確信しております」


「指南……そう、そういうもの、かしら」


 大切なのは――北風と太陽。

 そのどちらが今この時にふさわしいかを見極めて、硬軟使い分けること。

 先ほどの苦い忠告から一転して、甘い褒め言葉からおだて、ほめてその気にさせる。

 アレサ王女殿下ご自身が処世術として実践する支配する術を、ここぞとばかりにわたくしも本歌取りさせていただきます。


「現に! あなた様はロリス様の教育の賜物あって、長く苦しい潜伏生活を経てもなお気品と良識をお持ちでいらっしゃる! 美しき花は太陽を師と仰ぎ、土と水に学んで咲き誇るに至るのです! 無論独学もできましょうが、そうして悠長に日の当たらぬ洞窟で掘り起こされるのを待つダイアモンドの原石みたいな気分では遅きに失するかと!」


「ふふっ、面白い言い方をするのね」


 力の暴走を不安がっていたアレサ王女は一転、明るく微笑み返してくださいます。

 これがまた面白いことに、先ほどわたくしをこっぴどく打ちのめした茨の暴漢どもはのどやかな花々に変じて王女殿下を彩っているのです。


 ……ああ、これ、ペルセフォネ様と同じでいらっしゃる。

 感情が先走って豊穣パワーが暴力と化すのであれば逆も然りというわけですね。

 文字通りに背景に花咲き乱れる母と娘とは、ますます瓜二つ。

 まだ無知でいらっしゃる分、アレサ王女殿下の方が咲いてる花もこころなしかあどけない印象がありますけれど。こう、チューリップとか、ひまわりとか。


 一方、流れ弾的に褒められたロリス様も「いえ、それほどでは……」と照れていたり。


「さてはて! 神の力を学ぶには神に師事するが道理! 八百屋さんに旨い肉の見分け方をたずねるのは愚かしきこと! これよりはわたくしの知る、もっとも教え導くに相応しき神の元へとアネモネ様とロリス様をご案内させていただきたく!」


「案内……? どこへ連れていこうというの?」


「古今東西、人が神に尋ねるときには夢枕が一番に容易うございます。すやすやりとお眠りいただけば、きっとたちどころに夢の神モルペウスが導いてくれましょう」


「……ドロシー、魔法を解いてあげて」


 即決したアレサ王女殿下に、この魔声を封じていた天魔騎士ドロシー様は驚きます。


「いや、ご命令とあらばそうしますけど、それってつまり眠り歌に望んでかかろうってんですよね? あやしいなぁー」


 ぎくっと魂胆を見抜かれそうになって焦るわたくし。

 ほんと、彼女はとんだ伏兵でございましたよ。


「カラット・アガテールは忠臣よ。わたしの思い通り、想像通りでないとしても、わたしのことを想って行動してくれる。そう“支配”しているの。もし裏切られて手痛い目にあったとしても、それは支配しきれなかったわたしが未熟だってこと。もし過信があったとしても、自分の力さえ信じられない小娘に騎士として仕えるほどドロシーはおバカさんじゃない、そうでしょう?」


「……はぁ、まったく仕え甲斐のある姫様だことで」


 やれやれと魔法を解くドロシー。

 アレサ王女殿下の魅力は、確かにご自身でおっしゃるように言葉や仕草だけでも十分に他者を操るだけの地力があるのがわかります。


 ああ、おそろしや、おそろしや。

 ……ん? いつもお前がやってることだ、ですと?


 そこはそれ、わたくしはかよわい小鳥さんなので歌いさえずるのはご容赦あれ。


「では、ら、ら、ら~……」


 喉は快調、声は朗々。高ぶる鼓動も勇み太鼓。

 吟遊詩人の得物たる楽器リュートを携え、ぽろんぽろんと弾き鳴らし。

 忠犬カラット、今は一羽の吟遊詩人バードとして、一声一大に呪歌を奏でまする。


 心安らか、眠りはよいよい。

 小川のせせらぎ、地獄に夢枕。


 夢の世界へ誘うは王女と人形、友と己。


 十数えて夜語り。

 百数えて夢語り。


 夜の神ニュクスと眠りの神ヒュプノス、夢の神オネイロスのご助力に感謝を捧げて。

 乙女達のなかよく寝息を立てるさまは千年の氷晶も見劣るほどに、ああ、愛くるしや。


 惜しむらくはわたくし自らも最後は夢の彼方に誘われ、寝顔を見れぬこと。


 いざや旅立て。

 夢が閨。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


なお本日より二週間、入院先よりの更新を予定しております。(詳しくは作者報告を)

なるべく毎日更新を継続して参るつもりですが、22時消灯でWi-Fiが途絶えるので間に合わなかったり更新がなかったときは大目にみていただけると幸いです。

そろそろ第二部(E章以降)を構想せねばなと思いつつ全然まとまっていないので、入院中なにか形になるといいのですが。

ともあれ、今後ともよろしくおねがい致します。

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