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D30.忠犬カラットのまぞひずむ

 アレサ王女殿下はすぐさまに返答せず、傅いて尋ねるわたくしを不思議そうに見つめます。


「……支配、ちゃんとしてるはずよね? どうしてわたしに口答えできるのかしら」


「これが“忠告”だからでございます」


 わたくしの返答に、アレサ王女殿下は少しだけ、余裕の笑みを崩されます。

 そして侍女長のロリス様に、言葉の意味をおたずねになります。


 ……ああ、忘れていたのですが、アレサ様はまだ十四歳、しかも幼少期は洞窟暮らし、やはりまだ幼いがゆえの無知と、それを隠さず人に尋ねる素直さがおありになる。


 いかに女神になったとて、人間、いや神様とて、急に何もかもは変化できないのは然りです。

 その一方、ロリス様には小さくも大きな変化があったようで。


「……忠告とは、真心によって相手の悪いところを改めるよう指摘することです。今も昔も、忠義心ある者の言葉を遠ざけ、奸臣の甘く耳障りのよい言葉を好んだ支配者に待つのは破滅の道です。……カラット・アガテールは嫌われる勇気のある忠犬か、否か。それを見極めるにはまず、話しに応じるべきと進言いたします」


 そう助言くださったのです。

 しかしこれが面白くないレモニアも苦々しげに口を挟みます。


「ロリス様は先刻もこの蛮族の味方にまわり、私と応戦していたのはご覧の通りです。ロリスは魔鳥の虜であることは明白! 正常な状態ではございません!」


「……そう」


 痛いところを突く指摘にわたくしもロリス様もうかつな反論ができません。

 ロリス様ご自身、わたくしと閨事に及んでしまった後ろめたさがあるのか沈黙いたします。


「ロリス、少し、あなたの匂いを嗅がせて」


「は、はい」


 意外な一言に硬直したロリス様は、そのままアレサ王女殿下にくんくんと嗅がれてしまいます。

 長年側仕えする絶世の美少女に事後の汗ばんだカラダをくんくんされるだなんて、わたくしのようなまぞひずむ大好きなメス犬にはご褒美なれど、初心なロリス様は青ざめつつも真っ赤になってぷるぷると打ち震えております。複雑この上ない心境でしょう。


 丹念にくんくんと嗅いだ王女殿下は、くいとロリス様の顎を掴んでは引き寄せて唇をじっくり見定め、それからわたくしのズタズタに切り裂かれた巫女装束をじっとりと見つめます。


「子犬さん、その鎖骨のキスマークはなあに?」


 動かぬ証拠を見つけられて、流石のわたくしもこれには滝汗でございます。


「この移り香、この痕跡、言い逃れは不要よ」


 閨事がバレた。

 わたくしとロリス様は窮地に立たされ、レモニアがニヤリと勝ち誇ってきます。

 忠告を申し上げようという直前に、大事な儀式の真っ最中にふたりでこっそりイチャついてましたなんて薄情しようものなら説得力ゼロでございます。


 ああ、わたくしがロリス様を誘惑してふしだらメス犬調教プレイをしてしまったばっかりに。

 鎖骨に噛み跡つけられて艶声を奏でていたために。


 このまま世界は豊穣の力を巡る戦争によって滅びを迎えることになろうとは。

 ああ、皆様、申し訳ございません。

 でも一言だけ、言い訳させてください。


 ……だって、あの生殺し状態だったんですよ? 元凶はアレサ様です。以上。


「ロリスも子犬さんと遊びたかったのね。特別にゆるしてあげる。だってかわいいんだもの」


「姫様!?」


「くぅーんくぅーん♪」


 わしゃわしゃーとアレサ様に撫でられて、わたくしは全力でメス犬モードでごまかします。

 ロリス様も初心ですけど、アレサ様も幼いゆえに無知なのを忘れてました。


「な!? いや、こいつら確実にヤッ――」


 と叫びかけたレモニアを、同僚のドロシーが口を塞いで黙らせ、強引に連れ去ります。


「お前はこっちだレモニア! 負傷者の回復はお前もできるんだから救助に手を貸せよ! あたしらの部下が手遅れになることより大事なことかソレ?」


「ぐ、む、いや、しかし……」


 ドロシー様の指摘に、レモニアも頭が冷えたのか状況を再確認して落ち着きをみせます。

 雪風の精霊クレオパトラ様の強襲によって重軽傷を負った兵士達の惨状は事実その通りです。


「あいつの魅了は無力化してある。あたしの魔法と姫様を信じろよ、レモニア」


「……ちっ」


 レモニアは苦々しげに舌打ちして、不本意そうにしながら救護活動にまわります。


「おい、蛮族」


「は、はい」


「お前を信じた訳じゃない。副官の“忠告”を聞く度量が私にもあるというだけの話だからな」


 物凄い負け惜しみ。

 それでいて少しだけ、わたくしのことを一理あると認めてくださったご様子で。

 レモニアのことを、レモニア様とたまには心の中で呼んであげてもいいかもしれませんね。


 とかく邪魔立てもなくなって、わたくしは再び、凛として王女殿下に問い訪ねます。


「マケドニア高地王国に凱旋する、その真意を、どうかわたくしにお教えください」


「凱旋とは、戦いに勝って帰るということよ」


「……どこと戦うと仰るのです」


「どこでもいいわ。近隣の落としやすい領土を一つ二つ奪って戦功を挙げ、勝利に彩られて本国に凱旋する。華々しい成果を土産物にしつつ、内政でも豊穣の力を活用して功績をあげる。そうやって現王に譲位を迫るのよ。平和裏に、ね。」


 アレサ王女殿下の返答に、わたくしはちらとロリス様の様子を伺います。

 元々、黒幕は彼女です。なぜか先に黒幕を攻略してしまったせいで不可思議な話しになっているものの、これは参謀役のロリス様の入れ知恵に他ならないでしょう。


 自動人形であるロリス様は一貫して冷徹に、アレサ王女殿下の願いを叶えるために献策をします。

 わたくしに籠絡されて変化が生じている様子なれど、冷徹さまでは今後とも変わらないでしょう。

 彼女にとって、王女殿下より優先すべきものなど何もないのですから。


「王座に座すことを真に願うならば、きっとそれは上策でしょう。領土拡大のための侵略戦争なんて個人的には大嫌いですが、市民が王に求めるのは勝利と繁栄というのは事実。他者の平和を脅かすことで自国の平和を勝ち取ろうということを否定は致しません。ご両親を破滅へと追いやった現王一派から権力を奪い、自国民には豊穣の恩恵をもたらす。個人の復讐と公共の利益、その両立が矛盾なくできるとしたら、貴女様をお止めする理由はございません」


 わたくしは不安に胸が高鳴ります。

 アレサ王女殿下の“支配する力”の影響下にあるからこそ、つい彼女を肯定してしまうのではと。

 己の間違いを、己のみで正すことは難しい。


「そう。子犬さんにも賛同してもらえて、わたしもうれしいわ。ふふっ」


 その微笑みの意味するところを、わたくしは見過ごせません。

 どれだけ理屈が通っていても、アレサ王女殿下の心の奥底には――。


 小鳥を殺し合わせて遊ばれた時のように、心の闇が、怪物が、血に餓えて潜んでいらっしゃる。

 これを見てみぬフリして、何が姫様のメス犬か。

 その心の闇を払い、代わりにわたくしの犬小屋を建ててやろうではありませんか。


「しかしアネモネ様! 貴女様は必ずや、その強大すぎる豊穣の力によって大失敗をなさいます!」


「……理由を聞かせて」


 不機嫌そうに睨まれたって、わたくしは動じずアレサ様に向かって吠えます。


「一つ! 貴女様は強大になりすぎました! 今はまだ聞く耳を持つことができても、人に過ぎたる女神の力を持てば、どうしたって周囲の人間がちっぽけに見えてしまいます! それが失敗の種! 驕れる者久しからず、でございます」


「……忘れずにおきましょう」


 明確な苛立ち。

 けれども、ぐっと堪えてみせた王女殿下にわたくしは少し安堵します。


「二つ! 貴方様の願望は復讐と栄光だけでは満たされない! それらを否定は致しませんが、それのみでは不十分です! 必要不可欠な犠牲がやむをえずあるとして、貴女様の荒んだ心の闇がそれでは足りぬとささやくはずです! あの小鳥を競い、殺し合わせた時のように!」


「……なんで、そのことを!」


 その瞬間、アレサ王女殿下の神力が具現化して、無数の茨蔦の怪物を生み出します。

 茨の戦士が棘蔦の豪腕を振り下ろさんとする。

 わたくしは不意の強襲に、しかしあえて逃げも防ぎもせずに毅然と立ち向かいます。


 ぴたりと静止する茨の暴力。

 アレサ王女殿下は自らの御意志で、暴走した神力をどうにか止めたのです。


「……今の、は、ちがうのよ小鳥さん! こんなの、知らない……」


 動揺してらっしゃる。

 わたくしが視線を送ると、うなずいたロリス様が「深呼吸をして。どうか落ち着いて。皆、無事です」と傍らでなだめます。


「三つ! アマルテイアの角は過ぎたる力! なぜ失敗につながるか、今しがた身を以て理解したはずです。怒りと憎しみを捨てろとは申しませんが、その制御もできない未熟なままに世界を左右する豊穣の角笛コルヌ・コピアを専有し続ければどうなるかは自明の理でございます」


 手厳しい指摘。

 その言葉の鋭さに耐えかねたのか、アレサ様の理知に反して茨の鞭が乱れ飛びます。

 ほんの一撃、わたくしはその鞭打をまともに受けてしまい、軽々と弾き飛ばされしまいます。


「かはっ!」


 祭壇の中央から端まで氷の床を滑り、ズキズキと痛む横腹は少々エグい傷跡になっています。


「あっ! あ、違うっ、こんなつもりじゃ……!」


 しかし今は痛がっている場合ではございません。

 わたくしは苦痛に耐えて、再び、アレサ王女殿下の御前にて傅きます。


「……どうして」


「な、なんのこれしき! 貴方様の鞭ならば、わたくしにはご褒美でございますから、ね!」


 ああ、まぞひずむの心得なくば、泣いて痛がってたことでしょう。

 わたくしは自らの変態性癖を、今この時ばかりは役立つものだと誇らしく思うのでした。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。

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