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A05.とっても便利! ザクロ印の冥府音《メイフォーン》!

 わたくし、死の国の女王にあわや腹上死させられかけました。

 甘い言葉をうかつにささやくものではございませんね。


 草花を司る女神様だけに、ちゅーっと養分を吸い取られたかのような倦怠感がひどく。

 当人の肌ツヤどころか纏う草花までつやつやしてるのは何たることか。


「ああ、地底なのに星座が輝いてみえる……キラキラだぁ……」


 なにもない天井に瞬く星の海を数えていると、ようやく食事にありつけました。

 女王陛下の寝室のベッドの上で、膝に盆を置いて小間使いの運んできた簡素な食事をひとりでいただくことになるわけですが、ここでひとつ思い出したること。


「あの、冥府の食事を食べたらここの住人になってしまうと伝承では……」


「さぁ? じゃあ我慢したら?」


 そっけなく小間使いにあしらわれて、わたくし、冥府の食事を前にぽつんとひとりです。

 ぐぅ~とおなかも空いております。


 簡素と申せども、ほかほかの野菜スープに焼きたてのパンは空腹時には耐えがたい誘惑ですよね。

 これをうっかり食べたせいで冥府の掟が云々と言われかねないとはなんて仕打ち。


 その昔、ペルセフォネ様は冥府に連れ去られた際、地上に戻れる運びになったものの、冥界のザクロを口にしていたことを理由に一年の三分の一を冥界で暮らすことになったのだとか。

 もしぺろっと完食したら冥界から出られなくなるのでは? と不安も不安になりますよねそりゃ。


 ああ、でも、でも。

 ずるいことに冥界メシ、世間様の想像するよりずっと美味しそうなのです。

 なぜかといえば、野菜の鮮度があきらかに違うのです。その秘密は明々白々です。


「あ、やっぱりある……!」


 窓の外を見やれば、冥府城の中庭にペルセフォネ様の家庭菜園があるではないですか。

 豊穣神の娘の育てたとれたて野菜のスープは絶対においしい。逆にまずい方がおどろきでしょう。


「くぅぅぅぅ……なんて、さでずむ……嗜虐心に溢れるお方でしょうか」


 そうやって苦しみ悶えていると冥王ハーデスとの晩餐からペルセフォネ様がお戻りに。

 食事に手をつけず、ぐきゅるるるーと腹の音を鳴らすわたくしにペルセフォネ様はおどろきます。


「全然食べてないのですか!? どうして!?」


「ご自分の伝説を思い出してくださいませ! うっかり冥府で食べると現世に帰れないのでは!?」


「ああ、それを気にして。ふふっ、かわいいことをいうのね、カラットったら」


 ペルセフォネ様はちょっと意地悪そうに笑ってみせます。

 するとパンを手切りして、一口ほど食べてみせてこうおっしゃいます。


「地上と冥府を行ったり来たりする私が、ここで過ごす間、まさか飲まず食わずでずっと暮らしているとでも思いますか? このパンやスープはただの食事です。食べてはいけない冥府の食事というのは特別なもの。冥府に実る、神聖な“ザクロ”の果実だけです。それにあなたは冥府と地上を自由に行き来できる存在――冥府のザクロに縛られることもありません」


「冥府と地上を……」


「まだ食事が怖いですか?」


 そう問われて、わたくし茶目っ気たっぷりにこう言ってみます。


「ええはい、とっても怖いので手ずから雛鳥のようにペルセフォネ様に食べさせてもらえればなと。ぴーぴーぴよぴよ♪ おなかへったよ~♪」


 おどけるわたくしにペルセフォネ様は目を丸めて驚きますが、「仕方ないですね」と笑ってはお口あーんと雛鳥ごっこするわたくしに食べさせてくださるのです。


 ああ、なんたる甘き一時であることか。

 いっそここで怠惰に日々ペルセフォネ様に甘えて暮らすというのも悪くはないのでは。


 なんて夢想するものの、ふと、故郷のことを思い出してしまうのです。

 雛鳥ごっこも何も、わたくしには本当の父母がいるではありませんか。物心つくまで、このように育て、慈しみ、愛してくれた家族のことを捨て置くことはできません。

 しばしば止り木で羽根を休めども、巣に戻るが鳥のことわり。


「……ペルセフォネ様、名残惜しいですが、支度が整いますれば地上へ舞い戻りたく思います。冥府の七つの財宝を回収する使命を果たすために」


「必ず、またわたしの元に帰ってくるのですよ、カラット」


 かくして冥府城を旅立つことになりまして。

 寝食に湯浴み、冥府城にある装備や道具を提供していただきました。


 そしてペルセフォネ様に見送られる中、わたくしは地上と冥府をつなぐいくつかの道のひとつ、“琴座の階”を登ります。


 琴座――オルフェウスという吟遊詩人にちなむ階段だそうで、振り返ってはならないというのが決まりなのだとか。


 わたくしはなーんにも振り返る理由がなかったので、その曰くつきの道をぴゅーんと毎日の通勤路のように颯爽と羽ばたき登ってゆきます。


 地の底の天井に近づくにつれ闇は濃くなりますが、やがて真っ暗な天井の向こう側に一縷の光がサンサンと降り注ぐ出口が見えて参ります。

 ぐんぐんと勢いよく天井を突き抜ければ、そこは地上にございます。


 冬真っ只中の、冠雪の大地とサンサンおひさまがわたくしを出迎えてくださいます。


「ああ太陽よ! 大地よ! 青天よ! お久しゅうございます! どうかわたくしにご声援あれ!」


 偉大なる天地の神々に、聴こえているかはさておきごあいさつをしますれば。

 わたくしは冥府の女神にいただいた道具のひとつを掲げます。


 名付けて、冥府音メイフォーン

 略してメイホにございます。


 パチモノっぽい? いえいえ、ちゃんとメイドイン冥土製ですしザクロの果実のロゴもあります。


 なんと遠く離れていても同じ神器の所有者同士は音声通話することができるのです、びっくり仰天! ……おや、あんまりおどろいていただけない? それは失礼をば。

 さてもさてもこれでいつでもペルセフォネ様と楽しくおしゃべりできるのでございます。


『カラット、カラット。応答なさい』


「はいはい! 聴こえておりますとも! ただいま冠雪の森林地帯を飛んでおります! 降雪なく天気は晴れやか、見晴らし良好にございます!」


『神器冥府音に地図座標を送ります。そこに七冥宝の反応があるはずです』


 ピコーンピコーンと奇妙な音が鳴りますれば、冥府音の画面上に地図らしきものが映ります。

 いやはや、なんと便利であることか。


 人間界の魔法道具にも一部このような便利なものがあるにはあるのですが、この冥府音、何段階も高性能だといえます。というのは表示される地図の精度、これが地上の魔法道具では羊皮紙に記された手書きの地図より見劣る程度なのですが、冥府音はまるで肉眼で見下ろしたようにくっきり鮮明でとっても詳細なのでございます。


「北方にある山麓都市国家ボレアポリス……、ここから飛んで半日でしょうか。これは存外、早いうちに回収できてしまうやもしれませんね」


 そう言葉したところでわたくし、今頃になって忘れていた問題を思い出します。

 冥府の七つの財宝を持ち去ったのはわたくしの冒険者仲間であったナルド、レオナード、パトリツィアのお三方。今なお所持している場合、財宝を回収しようとすれば再会は不可避でしょう。


 何がなんだかわからないうちに裏切られてはケルベロスに冥府送りにされたわたくしは、まだ感情も情報も整理がついておりません。

 こっぴどく裏切られたクセに烈火怒髪の怒りという情もなく、なにより困惑が先立っております。

 どのように冒険者仲間らに接して、冥府の七つの財宝を返却していただくべきか、なやましきこと。


『冠雪のボレアポリス、冬には酷ですね。天候が安定する今のうちに“七つの”反応を追いなさい』


「……七つ?」


 わたくしは点滅する反応を数えてみます。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 なんとびっくり、点滅表記はたった三つしかないではありませんか。


「“三つの”反応ならあるのですが……あ、ひとつ消えた!?」


『どういうことです!?』


 消失する点滅。

 向かうは北方の山麓都市ボレアポリス、待つのは三つ、いや二つの財宝……。

 北進するにつれ厳しくなる冬の北風が、わたくしに波乱をささやくのでございました。

毎度お読みいただきありがとうございます。

地上に帰ってきたところでひとまず序章にあたるA章 冥界編は一区切り、つづいてB章、冠雪山麓都市ボレアポレス編がはじまります。

今後ともよろしくおねがいします。


ここからは余談をひとつ。

本作はギリシャ神話を題材にしつつ創作らしく取捨選択や改変しておりますので、例えばザクロまわりの細かいところはぼかしたり省いていたりしております。


「4粒食べたから4ヶ月を地底で過ごす」説と「6粒食べたから6ヶ月を地底で過ごす」説があり、1年の1/3と1/2どちらなのかまちまちなのです。

本作では1/3説を採用させていただきましたが、1/2説も有力で捨てがたいので悩ましいところです。

1/2説の場合、冬と秋に豊穣の女神がストライキしているとされるのですが、確かに肌寒くなる一方、実りの秋ともいいますから秋に豊穣の恩恵がないというのは違和感があると言えます。でも葉っぱが枯れたり紅葉するのも秋半ば、そう思えば1/2説も道理に叶う。ややこしや。


ちなみにザクロが特別なのは「赤い果肉」が血や死を、たくさんの種が多産を象徴するといった意味合いがあるからだとか。

面白いことに、このザクロの逸話と同じ「冥界の食べ物を食べてはいけない」という話が日本神話にもヨモツヘグリなどとしてあるのです。


さらに冥界と地上をつなぐ坂道や階段、振り返ってはならないタブーも黄泉平坂として日本神話に類似するものがあるのも面白いところ。

ちゃらんぽらんなおはなしではありますが、多彩な神話世界の恩恵にありがたく預からせていただきたいとおもいます。

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