D27.真理魔法【サイレントミューズ】
◇
天馬三騎兵との再衝突はもはや不可避のこと。
ただでさえ三対一。
あまつさえ王国最優の戦力にございます。
単純な力比べは多勢に無勢、一対一でも聖獣ペガサスに聖別された武具、十全の訓練と才覚、元駆け出し冒険者のわたくしとは天地の差がございます。
いやホント、こっちの武具なんてロリス様に切り裂かれたズタズタの巫女装束のみですからね。
それでも後背には傷つき倒れたクレオパトラ様がいる以上、退ける場面でございません。
ここで決めなきゃ女が廃る。
わたくしは不利な武力勝負を避けるべく、得意の口八丁手八丁で再び挑むことにいたします。
問答無用に殺されたあの時とは、こちらの手札が違いますからね。
「レモニア親衛隊長様! さてはアレサ王女殿下のご命令をお忘れですか? わたくしは冥府の使い、手出し無用と仰られたのは貴方の主君に他ならないはずですが」
「ちっ! ドロシー! 舌戦はやつの罠だ! 手筈通りに真理魔法を頼む! 」
「はいよー」
あらかじめ想定済みだとばかりに真理魔法を唱える青鎧の三騎兵、ドロシー。
冥府のナンバー3、魔術の女神ヘカテーなどを祖にする真理魔法の使い手は稀な存在です。
精霊魔法は自然界や精霊、神聖魔法は名だたる神霊に呼びかけることで魔法が行使されます。契約や信仰を前提条件にして、代行して魔法を使ってもらう。美味しい料理を食べたければ、対価を支払って料理人を頼りなさいという方法論です。
しかし真理魔法はその真逆、他者に頼らず自らの知識と性質を礎として魔法を行使します。美味しい料理を食べたければ、食材も調理法も自分で用意しなさいという方法論です。
真理魔法とは、神々の領域に無断で足を踏み入れる行為に他ならず、この世界においては異端視されるもの。むしろ魔術師に睨みをきかせる立場の聖騎士が、魔術の使い手とは驚きです。
「『弦を断て。弦を断て。竪琴の朗々なるは同情の誘い。弦を断て。弦を断て。詩歌は音、屍。一糸と残さず弦を断て。爪弾く指を切り詰めよ。汝の御業が汝の罪。』――真理魔法【サイレントミューズ】!」
まるで吟遊詩人のように魔術言語を詠唱したドロシー。
完成した真理魔法は、静かな水面に一滴の血を垂らしたように、この地下神殿の空間を影響下に染め上げてゆきます。ほんのすこし、空間に彼女の魔術の青い色味が増した感覚がある。
それだけなのに、わたくしは最大の武器である“魅了”を封じられたことを痛感します。
「ら、ら、らー……」
すこし発声してみると明確に、わたくしの魔声の艶が色褪せていることがわかります。
空気の振動に干渉しているのか、壁面に跳ね返ってきた魔声が平面的に変質しているのです。
これでは会話こそ成立しますが、粗末な楽器で演奏を強いられるように心を動かすのは困難です。
「まさか、こんな狙いすましたような対策魔法をなぜ都合よく……!」
わたくしの疑問に青鎧のドロシーは勝ち誇って笑います。
「あっはっはっはっ! そりゃー“対策した”からに決まってるだろ? お前が薬で眠ってる間に分析して、半日かけて対策になる魔術を作り上げたのさ」
「おのれ努力家め!」
「ふふん! 苦し紛れにおだてたってボロは出さないからね! 好きなだけ褒めることだね!」
「ぐぬぬぬ……」
正直、三騎兵の能力を甘く見積もっていたことをわたくしは反省せざるをえません。
こちらは無策、あちらは対策済み。
まさに八方塞がり。
窮鼠猫を噛むと悪あがきしたところで即座に必殺の三騎合体攻撃では手も足も出ません。
「ここまでだ。あきらめろ、蛮族」
レモニアは聖別された美剣を携えて、その切っ先を憎悪と共にわたくしに向けます。
わたくしは強烈な憎悪と殺意に重圧を感じつつ、この状況を打開できるなにかを探し求めて、五感を働かせ、直感を頼りにします。
――天馬三騎兵。
その弱点を見極めることができねば、ここで終わりです。
何か、何かあるはず。
そうやって必死に三騎を、レモニアを、ドロシーを、ミャを観察した時に。
わたくしに向けられる“憎悪”はレモニアのみが一際強く、他ふたりはそうでないと気づきます。
現に自分の魔法をほめられたドロシーは上機嫌、逆に慎重派らしきミャはちらちらと祭壇や周囲を見回して迷っている様子が見て取れるのです。
思えば最初から、この三人は号令をかけるレモニアの統率下にあっても意志は三者三様でした。
完璧な連携。
その穴を見つけたかもしれません。
「……レモニア親衛隊長、あなたは質問に答えるのを避けましたよね? 舌戦を罠だと断言することで会話を遮り、わたくしに危害を与えることはアレサ王女殿下のご意思に反するという質問を、うやむやにしようとしました! ドロシー様! ミャ様! このままレモニア様の独断専行に付き合えばおふたりも同罪!! 冥界の使者と祭神の娘を斬り捨てることで生じる責任を、おふたりとも背負う覚悟がおありですか!? レモニア様の判断は、蛮族憎しの私怨ありきだと思いませんか!?」
「くっ、死に際につまらん減らず口をっ!」
鬼気迫る形相にて単騎突撃するレモニア。
わたくしの首を再び泣き別れにせんと天馬を疾駆させ、美剣を走らせます。
しかしその凶刃は、無抵抗な私の首を刎ねることができなかったのです。
間一髪。
わたくしの前に立ち塞がり、レモニアの迅速にして強烈な剣撃を受け止めてくれたのは迷いの色をみせる三騎兵のドロシーでもミャでもありません。
赤き紋様を熱く滾らせて。
神の血に彩られた兵士の剣を赤熱させ、親衛隊長レモニアに立ちふさがる者――。
「貴様、何のつもりだっ!?」
「姫様の御意志に反することを、この私、侍女長ロリスが見過ごす道理はありませんので」
自動人形ロリス様。
まさか彼女が、わたくしとクレオパトラ様の窮地を救う光明になろうとは。
親衛隊長と侍女長の激突に、地下祭殿は大いに錯綜するのでした。
毎度お読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、評価、感想、ブックマークなど格別のご贔屓をよろしくおねがいします。
なお、天馬三騎兵についての記事がC章おまけに追記してありますので、ご興味のある方はどうぞ。