D23.ロリスは嫌われたくない
◇
アレサとロリス。
ふたりのこれまでのなりゆきを知った今、わたくしは事の核心に至ります。
アレサ王女殿下は豊穣の女神になるべきでない。
アマルテイアの角を専有させてはならない。
彼女自身がそう望んだとしても、それを否定せねばならないのです。
「……ロリス様、どうかお気を確かに」
「ん、む……」
わたくしは意識がぼんやりとしているロリス様の肩を揺すって、どうにか正気を呼び覚まします。
「もうすぐ祈りの儀式が終わってしまいます。早く、儀式を止めなくては」
「……なぜ? あの方の望みがようやく叶うというのに」
ロリス様の言葉が、何を思ってのことか今ならばわかります。
母親の愛を与えてあげることのできない自動人形のロリス様は、アレサ様の望んだ通りの願いを言葉通りに叶えてあげることで役目を果たせると信じていたのです。
邪悪な黒幕だというのはとんだ誤解でした。
でも、だからこそ、その間違いを正して差し上げねばなりません。
「アレサ様の望みは! 過ぎたる力を得ることで叶うものではございません! あの小鳥たちと同じです! 豊穣の力を得たとして、それが心の闇を救うことにはなりません! それどころか、ますます荒むだけでございます!」
「豊穣の力を奪い返す、そのために都合の良い理屈を言っているのでは……?」
「そういう話は後! 儀式の終わる前に、戻らなくては!」
「あ」
わたくしはロリス様の腕を強引に掴んで、急いで寝室を出ようといたします。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「なぜです!? 一刻を争うのですよ!」
「あ、貴女が悠長に色仕掛けなんてするからでしょう!? じゃなくて、服が……!」
「行きますからね!」
扉をどーんと開けて、わたくしとロリス様は寝室の警備をしてた侍女や兵士らを置き去りに。
「……えっ?」
「ウソ、今のカッコウ……」
背後から聞こえる声に、かぁとロリス様が頬を赤らめます。
侍女長の清楚な衣服が色っぽくお乱れになったロリス様。
神殿の巫女装束がズタボロになっておへそまるだし露出度ヤバすぎなわたくし。
あらぬ誤解をさぞ生んだことでしょうが、仕方ありません。
「まさか、あのロリス様に限って……?」
「いやいや、大事な儀式の最中です……よね?」
いやいやと抵抗していたロリス様が、不意にわたくしの全力疾走に協力してくれます。
「一刻も早く、ここを離れましょう!」
「ああ、恥じらうロリス様もお可愛いですね……」
「誰のせいですか、誰の!」
「では、お言葉に甘えて飛ばしますよ」
わたくしは力強くロリス様を抱き寄せて、あらよっとお姫様抱っこをいたします。
有翼人はけっこう怪力でして、この両腕で細身の女性ひとり支える程度は余裕でございます。
「しっかり掴まっててくださいね!」
「は、はい」
風の力を翼に宿して、一気に通路を駆け抜けます。
ロリス様は目をぱちくりさせ、少々不安そうにわたくしにしがみついております。
『おんやー? ボクのまねっこかなー?』
とエリス様の憎らしい幻聴にわたくし頭を振ります。
羽ばたきお姫様だっこを専売特許にされては困りますよ、まったくもう。
「……カラット・アガテール、貴女は私を虜にしてしまった。だからといって、私の姫様への忠誠は覆らない。儀式の邪魔は……許しません」
「あの時!! 貴女は叱ってあげるべきだったんですよ! アレサ様を!!」
わたくしの一喝に、ロリス様は沈黙いたします。
しがみつく力が少し、強くなったのを肌身に感じました。
「……姫様には嫌われたくないんです」
「それ、わかります!」
羽ばたいて、羽ばたいて、一心不乱に地下の千年氷壁の祭壇を目指します。
ふと気づけば、地下へ続く回廊は雪と氷に真っ白く染まっていたのですが構わず進みます。
「わたくしもですね! 他人に嫌われるのイヤなんです! すぐヘラヘラ笑ってごまかします! それが処世術だって刷り込まれてて我ながら自己嫌悪です! でもですよ!」
周囲の風景が目に映らぬほどに。
わたくしはロリス様の瞳だけを見つめておりました。
「家族でしょう、あなた達は!?」
真剣にぶつかってみたつもりです。
わたくしにしては直情的な言い回しに、少し、不本意なものを感じつつ。
いつもの流暢な言い回しでは言葉にできない気がして、わたくしは叫んでおりました。