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D22.パンドラと花かんむり

 まずもって自動人形とは何であるか。


 幅広い意味でいえば、自動人形オートマトンとは自動機械オートマタ全般のこと。

 しかし今回の場合は、神の作りし自ら動く人形という意味でよいでしょう。

 例えば、鍛冶の神ヘパイトスは自らの仕事を手伝わせるために、多数の自動人形を作りました。それらは与えられた命令に従い、自ら考えて仕事について行動いたします。


 とある詩人はかく語ります。

 世界最初の“人間の女”は神の作りたもうた自動人形である、と。

 原初の人間界には女がおらず、そこにパンドラという女の自動人形を贈り物の箱、いわゆるパンドラの箱といっしょに遣わしたという有名な伝説がございます。


 いやしかし、わたくしの私見を申しますれば、パンドラが原初の女というのは作り話もいいところ。なぜかといえば、パンドラと箱を遣わしたのは経緯というのは、プロメテウスという古き神が人間に火の使い方を教えたことで地上の人間が増長し強くなりすぎることをおそれたからとされます。


 ……いやいや、人間の女がそれまでいなかったのに、どうして人間が神々の恐れるほどに種族として強くなれましょうや。

 不老不死でもなければ産めよ増やせよと子孫を残すこともできない原初の人間が、もし神に近しい神秘の力を持っていたとて、不老不死でありつつ子孫を増やしていく強大な神々に種として勝る理由がどこにありましょうか。


 もしくは、原初の人間は男と男で子作りすることができたとでもこの詩人はいうのでしょうか。


 ……その可能性について否定しがたいのが原初の神話世界のよくわからないところです。


 ともあれ、重要なのはこの被造物パンドラのように、神々はなんらかの役割を与えた人間そっくりの自動人形オートマトンを地上に遣わすことがしばしばあったとされるのです。

 あるいは人間という種族とは、命令を忘れた自動人形の子孫であるとも考えられます。

 自動人形ロリスとは、まさにパンドラの如き神造人間なのでございます。




 さて、表向きに死んだことにして行方を眩ませた幼少のアレサ王女殿下と世話係のロリス様。

 自動人形として目覚めてすぐにロリス様は泣きじゃくるアレサ様の手を引いて、敵対勢力の暗殺者をことごとく返り討ちにしつつ、とある洞窟に逃げ込みました。


 ロリス様は0歳の段階でオトナの姿形と能力、知識、そして命令を与えられた自動人形です。

 鍛冶の神ヘパイトスの力作だけあって、アレサ様の衣食住を確保することは容易でした。

 洞窟に潜んでいた魔物や外から偶然やってきた侵入者もことごとく殺して始末したといいます。


 ロリス様にはまだ命令と規則しかありません。

 アレサ王女殿下の安全を守るためならば、あらゆる障害の命を断つことに躊躇がありません。

 それは“理解した上で仕方なくやる”というより“理解する必要がなかった”のだとか。、


 アレサ王女殿下に近づくことが許されたのは脅威にならない小動物や、彼女を神々として敬う洞窟の妖精など、ごく限られた者だけでした。

 この洞窟生活を、アレサ王女殿下は「幽閉」と称したのはその窮屈さゆえでしょう。

 ロリス様には当初、安全な暮らし以外に優先すべきものがわからなかったのだといいます。


 やがて一年が過ぎ、二年が過ぎ、六歳になる頃にはアレサ王女殿下はその退屈な幽閉暮らしに不満をもらすようになります。


「おねがいロリス! わたし、おそとであそびたいの!」


「なりません姫様。この安全な洞窟で静かにお暮らしください。外には未知の危険に満ちています」


「それもおかあさまのめいれい? 黒いつばさのアイツのせい?」


「……そうです。災いの母エリスが今も貴方様の命を狙っているかもしれない。だからです」


 エリス様の名を出すと、とても怖かったのでしょう。

 アレサ王女殿下はおとなしくなり、外からやってくる小鳥を相手にして気をまぎらわせます。


 ところがある時、ロリス様は気づきます。

 アレサ王女殿下は小鳥を意のままに操り、外の野花を運ばせて花かんむりを作っていたのです。


「えへへ、おどろいたでしょ」


「姫様、これは一体……」


「めーれいしたのよ、もうことりさんたちはわたしのいいなり。りっぱな“けらい”よ」


 アレサ様は花かんむりを自らの頭に乗せて、数羽の小鳥たちに命じます。


「ねえ、ころしあってくれる?」


 ロリス様は想像もしなかった一言に、動き出して初めての衝撃を受けました。

 アレサ王女殿下は楽しげに微笑まれます。


「ことりさんたちはいいこだから、アレサのめーれい、きいてくれるよね?」


 小鳥たちは首を傾げる仕草をします。

 人間の子供のささいな戯言など、野生の鳥獣が従う道理がないのです。


 そう安心したのも束の間、一羽の小鳥がおそるおそる、仲間の羽根をくちばしでついばみます。

 ちゅんちゅんと愛くるしい小鳥たち。


 自動人形のロリスにも稼働から三年の月日が過ぎ、それらを“かわいい”と認識するくらいの感情が芽生えつつあったようです。

 アレサ様の指先にとまり、戯れるさまを“かわいい”と認識していたのです。


 その小鳥たちが最後の一匹になるまで争い、傷つけ合うさまを眺めてアレサ様は「ね、かわいいでしょ」とロリス様に微笑みかけるのです。


 子供ならではの残酷さ。

 ロリス様には人間の一般的な社会道徳や規範というものが知識としてしかありません。

 その知識として、一般的な子供の正常な精神状態ではないと判断することはできたのでしょう。


「……わかりました。ここを出ましょう、姫様」


「やった! ロリスもいいこだね!」


 こうして洞窟での幽閉生活が終わります。

 三年間の月日が過ぎてほとぼりが冷めたこともあり、アレサ様は人間社会に戻ろうとします。

 この事件をきっかけに、自動人形のロリスもまた成長を余儀なくされるのでした。

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