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D21.アミュトスとスイレン アレサ王女誕生秘話

 一等客室のベッドにて、侍女長ロリス様より聞き出したる彼女の秘密。

 ペルセフォネ様の自動人形。

 わたくしはその詳細を知るべく、じっくりと質問を繰り返すことになりました。

 これよりしばし、そのロリス様の告白に基づいて過去語りをさせていただきましょう。



 東西東西。

 それでは今よりロリスとアレサの今に至るを語らせていただきます。


 北方にマケドニア高地王国という武勇名高き国がありました。

 元々は山野での放牧を生業とする人々の国であり、羊飼いを中心としたのどやかな国です。

 しかし賢明なる歴代の王族により、鉱山の開発、交易の要衝、都市開発など発展を遂げます。

 この高地に生まれを発する国が為、高地王国といわれているわけですね。


 貧しき山野の民は豊かになりて幾星霜。

 やがてこの地に王族として生を受けましたるが運命の男子、名をアミュトスと申します。

 アミュトスは神話美少年アドニスの十七番目の生まれ変わりとされ、その証拠になるかはさておき、異様なまでに他者を魅了する性質を同じく備えていました。


 王族としては末弟の立場にあるアミュトスは優れた美貌に騎射術の達人でした。

 両手を手綱から離して天馬に乗って空走り、逃げる鹿を見事に射抜く狩猟の才はまさに流麗。

 それよりなにより驚くべきは、この国の専有する聖獣ペガサスは本来、清らかな乙女しか背に乗せないとされているのに、アミュトスは見事に乗りこなしてみせたのです。


 これには諸説あります。


 一つ、アミュトスには天馬ペガサスをも魅了する“支配する力”があった。


 二つ、アミュトスは女装して身も心も清らかな乙女になりきることができる女装男子だった。


 三つ、アミュトスは純然たる美少年でしかないが天馬ペガサスは可愛ければ性別は不問派だった。


 いずれにしても聖獣ペガサスを手懐けることができるのは見事なことです。

 かくして天馬美少年アミュトスは末弟でありながら王位継承者へと栄光の道を歩みます。



 

 ある春の日、野山にて狩猟に興じていたアミュトスは運命の出会いをなさいます。

 聖なる湖の畔にて水浴びをなさっていた謎めいた麗しい女人と、逃げ回る山羊を追いかけていた若き美少年アミュトスが偶然か必然か、意図せず遭遇いたします。


 じつはこの麗人こそ、春に地上へとお忍びで戻ってきたペルセフォネ様でございました。

 この時、ペルセフォネ様は地上の人間に正体を隠すべく姿かたちを偽り、水仙という白と黄色のたおやかな花の名を名乗られました。


 正しくは水仙ならばナルキッソスと呼んでもいいのですが、この名はまた別の美少年(ナルシストの由来になった方)と被るので、ここはスイセンと致しましょう。


 アミュトスとスイセンは互いに一目惚れ、恋に落ちます。


 これはロリス様の証言に基づく話なので彼女の伝聞にすぎないのですが、天馬に二人乗りしてデートなんぞしたのではと推測がつきます。

 しかしスイセンの正体は冥府の女王ペルセフォネ様。冥王ハーデスという伴侶もいれば、一年に1/3は冥界に籠もって冬をもたらす役目もあります。

 スイセンは当初そうしたしがらみからアミュトスの好意に応えることができませんでした。


 スイセンはかつてのように自ら一年に数ヶ月しか会えないとして、春のはじめから夏のはじまりまでの間のみ、離れがたいアミュトスと会うことにします。

 そのうち年に三ヶ月間少々しか会えないスイセンを想い続けるより、残りの2/3の月日を共に過ごせるよりアミュトスに相応しい恋人が現れるだろうと考えたのです。

 ところが三年の月日が過ぎても、引く手数多のはずのアミュトスは他の誰とも結ばれません。


「どうか、僕の妃に。例え、ずっとそばにはいられぬ宿命でも、貴女が隣にいてほしいのです」


「……慎んで、お受けいたします」


 ついにスイセンは求婚に応えて、次期マケドニア王の妃として嫁ぐことになります。

 こうして愛の結晶、アレサ王女殿下がお生まれになったのでございます。





 父王の戦死により十代半ばにして王座についたアミュトス王子。


 王位継承には国民の信任を得るために民会の了承が必要となるのですが、天馬を乗りこなす美男子と名高いアミュトスは他の候補の王族を人気によって退けてしまったのです。

 近隣国との戦争真っ只中だったこともあり、天馬騎兵の指揮運用に長けると見込まれた期待を裏切ることなく、アミュトスは父王の仇を討ってマケドニア高地王国に勝利をもたらします。


 ここまでが偉大なるアミュトス王の栄華のおはなし。


 万全にみえた若きアミュトス王には後継者問題がありました。

 スイセン王妃との間に第二子が産まれないのです。一年の1/3しか会えない上、冥王ハーデスの目を盗む必要があったのですから何かと難しかったのでしょう。

 一夫多妻も許されるために側室を取ることを周囲に進言されますが、アミュトス王は有力諸侯の嫁入りの誘いを断ってしまいます。


 それが災いしてか、アミュトス王の暗殺により権力の空白を生じさせ、有力諸侯にとって都合のいい他の王族を即位させようという計略が実行されてしまいます。


 その黒幕こそ、争いの女神エリス。

 戦神アレスの信奉者たちの願いを聞き入れて、元々その予定であった古神アドニスの転生者殺しの時期を早めて、権力争いを煽り、狩猟中の事故に見せかけてアミュトスを暗殺したのです。


 さらに災いの母エリスはこう忠告します。

『あーあ、バカなことをしたねペルセフォネってばさ! アドニスとの火遊びはやめろと何度言ったらわかるんだい? ほら、権力闘争の災禍に巻き込まれないうちに、せいぜいその小娘をどこぞに隠すことだね。ハーデスや他の王様候補に見つかっちゃ一巻の終わりだよ?』


 王宮に黒炎をばらまき、黒翼で羽ばたくエリス様。

 エリス様は王妃と王女の暗殺を企てた人間たちに先んじて、自ら怪物を率いて襲撃をかけました。

 それは王妃と王女の惨死を偽装する、エリス様のせめてもの計らいでした。


 スイセンはまだ四歳ほどの幼い我が子アレサを抱きしめ、言い聞かせます。


『……アレは厄災の黒き炎、災いの母エリス。彼女は争いを求めています。■■■■、貴女は争いに関わることなく、静かにひっそりと暮らしなさい。その為に、この物を神々に創らせました』


『おかあさま……! やだ、やだ! やだよぉっ! どうして! いかないで!』


『わたしのかわいい■■■■。貴女は今日から恵みを意味する“アレサ”と名乗り、野花として強く生きるのです。……あなたを、我が死者の国に連れ帰るにはまだ早すぎます』


 黒炎と涙声。

 凄絶な親子の別れの中、名残惜しむスイレンを遮って。

 絶対に嫌だと駄々をこねる幼き王女アレサを遠くどこかへと連れ去っていく。


 その残酷な役目を、自動人形ロリスは目覚めてすぐに実行したのです。

 それが自動人形ロリス、0歳の起動日、一番古い記憶メモリーでございました――。

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