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A04.冥府の女王ペルセフォネ様との再会 3/3

 わたくしの前世、疾風の女神アエローとはいかなる者であったのか。

 それを教えてくださる方法としてペルセフォネ様が選んだのは、なんと熱烈なキスときたもので。

 一方的に体中を草花で縛りつけられたまま強引に唇を奪われるだなんて。


 冥府の女王ペルセフォネ様は絶世の美女であらせられます。

 その魅力に心奪われてもいた一方、その地位と威光に気後れして、はたまた冥王ハーデス様という伴侶がある身と心得ていますれば、まさか素肌に触れることは空想さえもしておりませんでした。


 だというのに今この瞬間、わたくし、逆に手篭めにされている始末。

 なんだか恐ろしゅうございますが、しかしまぁ――。

 ここでヤらねば女が廃る、というもので。


「ペルセフォネ様、わたくしはかつて、こうしてあなた様のご寵愛をたまわっていたので……?」


 わたくしの手首を押さえつける握力が、ぎゅっと痛いほど強くなります。

 ペルセフォネ様にとって、今のは少々、酷な質問だったのでしょうか。


「……風媒花は存じていますね。花の営みは風頼み。まだわたしが地上で花畑に囲まれて暮らしていた幼く懐かしき頃、あなたはわたしを魅了したのです。わたしが冥府に連れ去られてきた後も、冥府の伝令という立場を使い、幾度も逢瀬を繰り返してきた……。それを綺麗さっぱり忘れて真っ更に新しい命を全うしますだなんて、ずるい」


「さ、左様でございますか……」


 なんだか想像以上に重たげな。

 いやはや、疾風の女神アエローというのはなんてエッチな鳥さんなのでしょう。

 これが他人の空似であれば、どれほど気楽であったことやら。


「しかしよろしいので。冥王ハーデス様の居城で、このような秘め事を」


「いいんです、不倫は文化といつも父ゼウスは豪語していました」


「ちょっとお待ちを最高神! 教育に悪い父親でございますなぁ!?」


「第一、無理やり嫁入りさせようとわたしを冥府に連れ去ってきた挙げ句、そのクセたまに浮気してるハーデスにとやかくいう権利はありません」


「複雑な神話事情に巻き込むのはやめてくださいまし!?」


「……こほん、失礼しました」


 ペルセフォネ様はハッと冷静になり、気恥ずかしげに咳払いなさいました。

 どうもわたくし、いえ、疾風の女神アエローというのはペルセフォネ様の元カノ、そして半ば黙認された愛人だったという間柄のようでして。

 その愛人が突如として失踪、不意に見つかったかと思えば転生して記憶がないという次第。


 それが今、わたくしが熱烈なキスと拘束プレイを受けている経緯というわけですか。


「接吻を交わせば、記憶を取り戻すかと期待したのですが……」


「真実の愛的な奇跡を愛人風情に期待なさるのはいかがなものかと!?」


「時に不倫にこそ真実の愛がある、と父ゼウスも酒の席で言ってましたが」


「わたくしども吟遊詩人がネタに事欠かないのはこの最高神のおかげです、いやホント」


「やはり接吻では“浅い”のですね」


「……ん?」


 わたくし、嫌な予感がしてなりません。


「試してみましょう、最後まで。奇跡を信じて」


 獲物を前に舌なめずりしながら奇跡を口にする冥府の女神って一周まわってアリですかね。

 ここでわたくし、己の過ちに気づきます。過去ではなく、現在の。


 わたくし、疾風の女神の権能とやらは未覚醒もいいところなれど、魅了の魔声は快調この上なし。

 そしてペルセフォネ様が入室なさる直前まで、高らかに歌ってしまっていたのです。


 意図せずとも、元々わたくしへのとても強い執着と好意をお持ちであるペルセフォネ様が魅了の魔声にあらかじめ影響されていれば、いずれ理性がとろけてしまうのは致し方ないところで。

 ああ、自業自得とはこのことか。


「お、お手柔らかにおねがいします……?」


 わたくしが小鳥のように縮こまれば、ペルセフォネ様は獰猛なネコのように口を開きます。

 ああ、わきわきとうごめく指先と草蔦がこれから何をなさるか物語っております。


「さぁ処罰執行の時間です」


「きゃぴー!?」


 哀れ、わたくしは為す術もない冥府の女神ペルセフォネのご寵愛をたまわることに。

 こうして語るに語れぬ一夜が過ぎてゆきました。 




 草花のベッドで目覚めたわたくしの隣にあるのはペルセフォネ様の寝顔でした。

 まどろみの中、わたくしはぼうっと寝顔に魅入ってしまいます。


 ああ、やはり素敵です。

 彩り豊かな花々に囲まれていようとも、それらが絵画を飾る額縁のようにしか見えないほどに。

 突然のことに戸惑いこそありましても、終わってみれば誠に素晴らしい一夜でございました。


 八割ほど手玉に取られて責められっぱなしだったのは少々悔しくもありますが、その熱量に、わたくしの前生、疾風の女神アエローへの深い愛情と情熱を確かに感じる次第で。

 あと劣情も。


 ここに来る前にカロン様と致していたわたくしと違って、ペルセフォネ様はより深く欲求が溜まっていたご様子で。好色家として遅れを取るとは不覚にございました。


 ペルセフォネ様はきっとお寂しかったのでしょう。

 事あるごとに、わたくしのことをアエローと呼んでしまうのは致し方ないところで。


 わたくしは正すことをせず、ペルセフォネ様の愛撫に艶声を上げてごまかしました。

 されども、愛と奇跡とやらは証明されず、わたくしは依然カラット・アガテールのままでした。


「ん、んぅ……」

 実り豊かな裸体をもぞもぞと悩ましげに揺すって、ペルセフォネ様はお目覚めになろうとします。

 この極上の果実のような丸みにああも甘えさせていただいた等とは今なお信じがたいこと。


 さてはて。

 毎度のごとく、何も考えずにヤッてしまいました。

 いえ、こたびはヤられたというべきでございしょうか。


 余韻も冷めてきたところで熟考すると、冥王の妻とコッショリしちゃったのは大問題です。

 だってここ、冥府のお城ですよ? 冥王ハーデス、住んでるんですよ? どうしましょう。


「ん、むう」


 するり、と白くつややかな細腕を伸ばされたペルセフォネ様。

 わたくしを手繰り寄せ、鼻と鼻をくっつけて、寝ぼけ眼で愛しげにささやいてくださいます。


「おはよう、アエロー」


 甘いささやき、ささやかな痛み。


 わたくしを一夜お弄びになり、たっぷりと愛撫をなさってくださった冥府の女王ペルセフォネ様。

 このお方は言葉の上ではわたくしをカラットとお認めになっていても、やはり、わたくしを疾風の女神アエローとして本心では捕らえているのでございます。

 それは無理からぬことなのでわたくし、わがまま勝手を申しはしません。


「ペルセフォネ様、お目覚めで」


 わたくしは余計な言葉を選ばぬよう、らららと歌詞のない歌を奏でました。


 まどろみ深い、やさしい、目覚めの歌。

 するとペルセフォネ様は安心したようにゆっくりと目を瞑り、しばし聞き入ってくださいました。


「――気を悪くしたかしら? ごめんなさい、カラット」


「いえ、いえ。そうした細かいことはさておきましょう。わたくし、なんであれ、あなた様のような美しい方に愛でられるのは本望にございますので。こちらこそ、ご期待に添えなかったのではないかと少々不安だったくらいでして、はい」


「良かったです、とても」


 ペルセフォネ様に真顔でそう言われて、わたくし、かぁっと赤面して熱くなってしまいます。

 さしずめレッドホットチキン、と表現すると語弊がありますか。


 誘っておいて受け身にまわるのが常のわたくしとしては、ペルセフォネ様の攻めは大変に相性がよく、記憶は戻らずともカラダとココロの相性は再確認できてしまったと申しますか。

 ああ、これはきっとお互いハマったろうなぁ、と。


「けれど、わかってもしまう。貴方はわたしの愛するアエローであり、そしてアエローではない。この喪失感……。もどかしさ。わかっていたのに、なんて、バカなわたし……」


「そうですね、でも、ちょっとくらいバカなことをしたっていいじゃないですか」


 薄っすらと涙ぐむペルセフォネ様。

 わたくしは頬の雫を小鳥のように、ついばみます。


「あなた様とであれば、わたくし、何度だってバカに付き合いますよ」


 そして微笑んでみせます。

 とびっきり、見せつけるよう意図的に。魅力あってのわたくしであれ、と。


「じゃあ――」


 ペルセフォネ様は旺盛であられる。

 わたくしはまたもや、ベッドの中に引きずり込まれてしまいまして。


「え、え」


「何度でもなら、今一度」


「ぴゃああーーーーっ!?」


 結論だけを言いましょう。

 このあとわたくしは丸っと夕刻までペルセフォネ様のバカげた戯れに付き合わされました、と。

お読みくださりありがとうございました。

初日更新はキリのよいところでここまでとなります。

ふしだら百合バードことカラット・アガテールの活躍(?)を今後ともご期待ください。

お楽しみいただけましたら感想、評価(☆)、ブックマークなど応援のほど何卒よろしくおねがいいたします。

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