D11.ふしだら上等!
◇
一部始終を語り終えたペルセフォネ様は、ぽろぽろと涙を流してベッドに突っ伏されます。
「ああ、わたしの美しく儚きアドニス……! アフロディーテの毒牙にさえ掛からねば……」
「ボクにアドニス殺すようそそのかしたのペルセフォネだけどね」
「どうせ不可避の死ならばと思えばこそ、わたしは貴方に頼んだのです! オトコ嫌いで過激で野蛮なアルテミスの野猪では綺麗に死ねたかもわからなかったのです! おかげで牙で一突き、あの子はまだ綺麗に死ぬことができました……」
めそめそとお泣きになるペルセフォネ様の心境は半分理解でき、半分理解しかねました。
わたくしにはまだ、他者を、愛するものを自ら殺める決断を迫られる経験などございません。
運命の予言。
それは時に神々の長ゼウスさえも覆せず、愛するものを失わせたと言い伝えられます。
イノシシは狩猟の獲物としては恵みを、農耕の害獣として災いをもたらす。
植物の古神アドニスを、狩猟の神アルテミスの遣わしたイノシシが殺す。
豊穣にまつわる聖獣、アドニスの生涯が猪にはじまり猪に終わることにも神話的意味があるのか。
こういう時、自由奔放に見えていても、どこかでなにかに縛られている神々の宿命めいたものをわたくしは感じずにはいられません。
人間の尺度と異なれど、神々にも苦悩があるのでございます。
「……いやしかしお待ちください。今しがたのお話、マケドニア高地王国の王アドニスと王女アレサの出生秘話という本題にまだ繋がっていないような……」
美少年アドニスと前王アドニス。
なにか決定的に違うような気がしてなりません。
「それは十七番目のアドニス、今のは一番目のアドニスの話だからね」
「……はい? 十七番目?」
「古代の植物神フェニックスアドニスの歴代転生者をいかにしてボクが殺し続けるようになったのか、という話をしたのさ。歴代のアドニスは今のキミと同じく、不死の魂を宿す転生者だったんだよ」
「わたくしと同じ転生者!?」
衝撃発言すぎます。
エリス様は「あれ、知らなかったの?」と不思議そうに小首を傾げます。
「ボク説明めんどい。ボクは前世に覚醒した歴代のアドニスを殺してきたんだよ。モグラ叩きみたいにね。十七番目のアドニスはマケドニアの若き王様だった。で、殺した。古の神様なんぞに今更に完全復活されても邪魔くさいからね」
「じゃあ本当にエリス様、アレサ王女の親の仇じゃないですか!」
「それでなにか問題あるかい? ボクに対して復讐する権利があっても返り討ちにするだけだよ」
「最悪すぎます……」
「災厄だからね、にゃはははは!」
エリス様は悪そうに笑い飛ばして一蹴します。
わたくしは理不尽に与えられる同じ転生者の死について憤る一方、そこに神々なりの意図があることを理解できてしまうところにもどかしさをおぼえてなりません。
どうにもわたくし名誉蛮族カラット・アガテール、未だ人間と神々どっちつかずの感性なのです。
しかしエリス様の説明でようやく、真相がわかりました。
「ペルセフォネ様、王女アレサとはつまり、十七番目のアドニスと貴方様の実の娘なのですね」
「……ええ、そうです」
涙を拭い、まだ少し湿っぽい声音でペルセフォネ様はおっしゃいます。
「わたし掟により春から秋半ばまでを地上で過ごします。偶然か必然か、人間の姿を借りて地上で暮らすわたしをマケドニア王アドニスは見初め、ふたりは恋に落ちてしまった。ふしだらな女神と蔑むのは自由です。それでも、愛することを止められなかった……。彼女はまぎれもなく、私の、娘に他なりません」
ペルセフォネ様の告白。
わたくしは赤裸々に語られた想いを到底、蔑む気にはなれませんでした。
いいえ、憧れさえします。
わたくしはまだ身を焦がすほどの本気の恋愛をしたことがないのですから。
それを求めてやまずとも、未だ出逢うことができないでいる。
そして悟るのです。
ペルセフォネ様にとって、前世のアエローも、今生のわたくしカラットも、一番星ではないと。
「……あなた様はアレサ様を愛して差し上げたいのですね」
「ええ、今更、身勝手なことにね」
すみません。
わたくしは今、皆さまにウソをついておりました。
少々、蔑みたくもなります。綺麗事を好み、嫌われる言葉を選べないのはわたくしの悪癖です。
嫉妬と失望と失恋と。
うまく言葉にできませんけれど、もしかしたらこの方に尽くせば誰より一番に愛してもらえるのではと勝手に勘違いして財宝集めに意気込んでいたわたくしにはよい薬でした。
皆さま誤解なきように、わたくしはペルセフォネ様に今後ともお仕えしたいと想っています。
むしろ当初より少し、愛おしく、気に入ってさえいるのです。
どうぞ、滑稽な小鳥とお笑いください。
「ふしだら上等! 品行方正な上司では、わたくし自由に女神様達を口説いてまわれませんので」
わたくしは元気はつらつに答えてみせます。
元気のないペルセフォネ様を励まして、その望みを叶えて差し上げましょうとも。
「してペルセフォネ様、アマルテイアの角は王女殿下にお譲りするので?」
「初志貫徹」
「かしこまりました!」
「いかに愛娘といえど、大自然の理を歪めかねない豊穣の力の乱用を見過ごすことはできません。愛すればこそ豊穣の女神を騙るという尊大で愚かな願いを断たねばなりません。カラット、わたしの不良娘を叩き潰して思い上がりをわからせるために尽力なさい。これは命令です」
「カラット・アガテール! 謹んで、ご命令をお受けいたします!」
そして夢より目覚める時がおとずれます――。
王女一派のいかなる罠が待ち受けようとも、わたくし、もう負ける気が致しません。
ああ、この失恋気分を八つ当たりしてやる絶好のチャンス、逃してなるものですか。