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ふしだら百合バードの女神コネクト ~わたくし冥府の使いにかこつけて魅了チートで女神様たちを口説いてまわりとうございます  作者: シロクマ
D章 ボレアス神殿攻略編

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D07.それこそが私を正統な所有者たらしめる理由

 アレサ王女はなぜか眠たげにあくびを噛み、ハーブティーに口をつけます。

 まだ午後も半ば、夕暮れにもなっていないのに寝不足でしょうか。


「あふ……。そうね、アマルテイアの角をこちらは大競売で落札、購入しているのはご存知よね。正当な商取引で得たものの所有権を主張することに、小鳥さんはなにか問題があるというのかしら」


 軽い牽制でしょうが、これだけでも答えに困るのがわたくしの危うい立ち位置でございます。

 理由はない、今すぐ返せ!

 という問答無用のやり方はわたくしどうにも性に合わないのでございます。


「ええ、問題はありますとも。盗品を購入しても正当な所有権が購入者にあると言えるのは、その盗まれた事実を知らなかった場合です。盗品と知りつつ買った商品であれば、元の持ち主に所有権があるのは当然のこと。お望みとあらば、法の女神テミスの名の下に、アレスの丘で法廷闘争を演じることもできますよ。わたくし達が確実に勝つでしょうけども」


「……ふーん」


 わたくしの見事な切り返しに、言葉巧みなアレサ王女が少し困惑気味に黙ってしまいます。

 理路整然としたわたくしの反論は、じつは事前に法の女神テミスに相談しておいた想定問答です。料理勝負の折、こっそりスキマ時間にアドバイスをしてもらっていたわけですね。


 ああ、この切迫した状況下でなければ、じっくり時間を取ってテミス様とふたりきりで夜の六法全書を情熱的にめくってしまいたかったものを……。

 いいですよね、眼鏡クールビューティー。

 等と軽く妄想にふけっていると、その間に侍女長のロリスが小声で王女に耳打ちしております。


 アレサ王女はわたくしより若年でいらっしゃる。

 いかに王族として高等な教育を受けていても、お若い王女様には知らないことが山ほどあって当然でございますから、ここで侍女長にわからないことを聞くのは知ったかぶりよりは賢い行いです。


「もし、こちら側が盗品である事実を知らなかったと述べたら、小鳥さんはどう返すの?」


「ぬ」


 もし、という前置きはじつに慎重です。ここで知らないはずはないとわたくしが証拠を突きつけたとしても、これで“知らなかった”とウソをついたことにはなりません。


「当然、知らないはずは無いと返しますとも。大競売に出品された豊穣の角笛は、ナルドという冒険者一行がいかにして手に入れたかの経緯を会場で説明が行われているのですから、この世に二つとない神々の至宝を盗み出してきた代物だとは落札者全員が知っていること。ミラ・ボレアス商会に契約書面が残ってるわけですから、証拠は万全でございます」


「……そうね、私たちは“知っていた”ことを認めるしかないみたい。でも小鳥さん」


 翠緑色の御髪を弄びつつ、アレサ王女はまだ余裕綽々という調子で返してきます。


「角笛の所有者は、そもそも冥府の神々だという根拠はなあに?」


「……はぁ!? 何をおっしゃるアレサ様! いや、だってアレは冥府の財宝で……!」


「アマルテイアの角」


 愛しげに収穫の円錐、角笛状の枝籠を愛でるアレサ。


「アマルテイアの角という名の通り、本来の所有者はアマルテイアではなくって?」


 くすくすと笑いながら王女アレサは冗談めかします。


「いやいやいや! アマルテイアは山羊ですからね! 山羊の折れた片角の所有権を、ヤギ当人が持ってる訳ないでしょう! もう天に煌く山羊座になっちゃってますし!」


「じゃあ、どうやって、いつ、どうして冥界の所有物になったの? 答えられるかしら、小鳥さん」


「ぬぬぬ」


 これまた牽制でしょう。本気でこの一点張りで所有権を主張しようというふうには見えません。

 でも痛いところです。

 神話アイテムの正統な所有権の移ろいが説明できないとこれが冥界の財宝だという根拠が揺らぐ。

 いっそ冥府音を通じてこの会話を聴いているかもしれないペルセフォネ様に泣きつく手もあるものの、冥府音を隠し持っていることは最終手段にとっておきたい。


 ここはわたくし自身の記憶を頼りに、吟遊詩人としての知識を頼みの綱に答えねば。


「アマルテイアの角は、天帝ゼウスが幼き頃、この牝山羊の乳で育てられていた頃、その角を誤って折ってしまったところ不思議な力が宿っていたというのが原点でございます。然るに、最初の所有者は牝山羊アマルテイアではなくて、幼少のゼウス様であらせられます。この後、天帝ゼウス様と豊穣の女神デメテル様の下にやがて冥府の女王となるペルセフォネ様がお生まれになりました。事細かな経緯は存じませんが、ゼウス様より愛娘のペルセフォネ様へ親から子へと継承されたのであれば、アマルテイアの角は嫁入り先の冥府の所有物になったとして何ら不自然ではありません」


「……ペルセフォネ、そう、そうよね」


 不意に物悲しそうな憂いの表情を垣間見せるアレサ王女。

 ここまで喜怒哀楽のうち、怒りと哀しみを見せることがなかった彼女の本心の断片でしょうか。


「アマルテイアの角は親から子へ継承されてきた、それが所有権の根拠だと小鳥さんは言うのね」


「は、はい」


「……よかった、ふふっ。ふわ、ふう……」


 アレサは目元を擦り、なぜだか眠たげにしながら薄く開いた眼差しで微笑みます。

 夜ふかしに耐えて妙に高揚してしまった子供のような、ゆらゆらとした不安定さでございます。


「それよ、小鳥さん。それこそが私を正統な所有者たらしめる理由なの」


「それ、とは」


「マケドニアの前王アドニスとペルセフォネの間に産まれた半神の王女、それがこの私」


 点と点がつながる瞬間。

 ペルセフォネ様と似ているという第一印象は、純然たる血の繋がり。

 豊穣の女神を騙る理由は、自らを豊穣の女神デメテルに連なる系譜にあると称するがゆえ。

 血縁こそが所有権の根拠だとわたくしに自ら発言させるのを彼女は待っていたのでございます。


 ……いや、いやいや。

 ペルセフォネ様、しれっと地上の人間と不倫してお子さん作ってるのマジですか。


 我らが神々にはよくある話とはいえ、今回は他人事じゃありません。

 だってわたくし、前世も今生もペルセフォネ様の愛人でございますからして。


 ペルセフォネ様の愛人の子であるアレサ女王と、別口の愛人であるわたくし。

 なんですこの気まずさ。


「ふふっ、驚きのあまりに声も出ないという様子ね? ふしだらな上司を持つと大変ね、小鳥さん」


「ええ、はい、本当に!」


「私は不貞の愛によって産まれた半神――。我が母ペルセフォネは愛情代わりに財宝のひとつくらい娘に譲って然るべきではないかしら? 物心ついてから一度たりとも、私は父と母の愛を知らずに育ってきたのだから」


 ほめられたい、認められたい。

 最初に言葉したのは単なる帝王学の一般論ではなかったのだとわたくしは悟ります。

 マケドニアの王女として生まれついたとて、両親の愛に飢えていたとすれば、それは裕福なれど幸福な生い立ちではなかったのかもしれません。

 しかし、父親の愛までも知らずにとは、どういうことか。


「あの、もしや、アレサ様の父君は――」


「幼い頃に亡くなっているわ。神々に殺されたのよ。私は素性を偽り、十二歳になるまで息を潜めて生きてきた。恵み《アレサ》なんてありふれた偽名だって生きるために仕方なく名乗っているうちに、もう本当の名前がおぼろげになっちゃった。ねえ、父アドニスはだれに殺されたか、わかる?」


 アレサ王女は悪戯げに問いかけます。

 わたくしは彼女から目をそらして、周囲の反応を盗み見ます。


 天馬騎士のレモニアも、侍女長のロリスも、黙して驚いている様子はございません。

 王女の側近は皆、その悲劇的境遇を知りつつ、今日まで仕えてきたのでございましょう。


「ええっ!? そうだったの!? うわ、全然知らなかった……」


「ドロシー! 今はダメだよ大事なおはなし中だから!」


 ああ、仲間はずれがふたり。

 ペガサスナイト三騎兵の残り二人、青鎧のドロシーと赤鎧のミャが上座の食卓の階下でなにやら騒いでおります。他の王国側の兵士にとっても大半は初耳だったようです。


「なーんであたしらにも教えてくんなかったんすかー! アレサ様ったら水臭い!」


「あわわわ、し、叱られるから! ね! 叱られちゃうから!」


「うるさい! 後にしろドロシー!」


 一喝するレモニア。しかし王女アレサは叱るどころか席を立ち、頭を下げます。


「ごめんなさい」


 第一に謝罪を口にした王女の姿勢に、王国兵士達は一斉に静まり返ります。


「私の生い立ちを無闇に語れば、それは“災いの神”を招くきっかけになりかねない。ほとぼりが冷めるまで十年、私は父の仇から隠れて生きねばならなかった。この豊穣の角笛という対抗しうる力を得た今、ようやく憎き神の名を私は口にできる」


 わたくしは嫌な予感がいたしました。

 災いの神、と彼女が口にした瞬間、心の内に浮かぶ名はひとつしかございません。


「その名は――災いの母エリス」


 ですよね。

 やっぱりそうですよね。


 冥府の女王ペルセフォネ様の隠し子アレサ、その父を殺害した災いの母エリス。

 冥府こっち側、真っ黒すぎやしませんか!?


 ああ、なんだかわたくし、めまいが……。

 いや、めまいというより、すっと意識が昏く静かに薄れていくような……。


「ふぁうふぅ……やっと“おくすり”が効いてきたのね、小鳥さん」


「はい? く、くすり……?」


 アレサ王女は大あくびを噛み、今にも寝てしまわれそうなうとうと加減で薄っすら微笑みます。


 睡眠薬を盛られた。

 そう察した時、この上座の食卓でのやりとりをわたくしは思い出します。


『王女自ら毒味をしてあげたのよ、安心して小鳥さん』


 ああ、今、彼女は“薬”と言ってましたね。なるほど、睡眠薬は毒ではないとおっしゃるか。

 薬効が単なる睡眠誘導であれば、王女様諸共に口にしたって不都合はない。信頼できる部下を側に置いておけば、この場で眠ってしまっても安心して後のことを任せておける。

 そして不死鳥のわたくしも不眠鳥ではない。


「目が覚めたら、おしゃべりのつづきをしましょう。ベッドの上でゆっくりと、ね」


「うぐぐ、なんでそういう強引なところまで母譲りなのでございますか……!」


 先んじて寝ついてしまわれるアレサ様の寝顔の、あどけなさ。

 眠りの神ヒュプノスの誘惑に屈する中、わたくしは小さな胸のときめきをおぼえていました。

 アレサという少女の真相に迫るにつれ、もっと知りたいという好奇心が働いてしまう。

 どこか他人事だと思えない、わたくし自身に相通じるものを感じてしまったのです。


 可憐に咲く、悪の華。

 惹きつけられるは冥府の小鳥。


「おやすみなさいませ、お嬢様。御使い様」


 閉じるまぶた、薄れゆく声。

 バクラヴァの、甘い焼き菓子の匂い。


 そして眠りと夢の世界へとわたくしは落ちてゆきます……。

毎度お読みいただきありがとうございます。

[2023/09/06] 祝10000PV到達! これからも格別のご声援の程よろしくお願いいたします!

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