D04.いざ敵本陣! 氷槍突入! アイシクルエントリー!
◇
カラット・アガテール、逃走中。
焼き鳥ゾンビ逃走劇はいつ終わるのでしょう。
ああ、逃げても逃げても右に左に空腹の亡者が待ち受けているのですからキリがありません。
「クワッセロー!」
「ワレワレオマエマルカジリ!!」
正気を失った空腹の人々は飢餓の料理の匂いにつられてわたくしを追いかけ回します。
とはいえわたくし翼を生やしたカラット・アガテール、伊達に焼き鳥、いえ焼けてない鳥ではありませんので素早く飛んでいるうちは捕まりません。
しかし多勢に無勢、そしてボレアス神殿内はどこでも天井が高く十分に飛び回れるわけではないので、狭い場所にやってくると冷や汗をかく場面もちらほら。
それでも華麗にぴゅーんと飛んではひらりと避け、行く手を遮る空腹ゾンビから逃げ切ります。
「さぁ冥府の財宝の反応は……!」
冥府音を確認、表示されます神殿の地図情報には反応が二つ。
離れた塔に一つ、そして大食堂に一つ。
「もうひとつの冥府の財宝がいつの間にか神殿に……! 一石二鳥といいたいところですが、あのことわざすごい失礼なのでここは確実にコルヌ・コピア奪還を優先いたしましょう!」
豊穣の角笛コルヌ・コピア、またの名をアマルテイアの角。
この冥府の財宝を万全に使いたければ、必然的に大食堂を利用することになります。無限に食材が湧くとしても、無限に食器は湧かないのでございます。大人数が飲食するにも一度に大人数を座って食べさせるだけの空間がなくては困ります。
必然、この飢餓と吹雪による北風作戦によって追い詰められた敵方の本丸は大食堂となります。
逃げに逃げてようやく到達した大食堂。
その大きく頑丈そうな扉を、空腹に苦しむ人々が十数名も詰め寄せて叩いています。
ドンドンと扉を叩けども、大扉は無情にも開くことがありません。食堂の大扉は内開きの城門構造になっているので外側から開ける手段がありません。閂という頑丈な横木を扉の金具に通すことで、生半可な力では突破できないようになっているのでございます。
「ここを開けてくれ! 食料がここにあるんだろう!?」
「わたしたちもどうか中に!」
悲痛に訴える人々。しかし威圧的な兵士の大声が扉越しに無慈悲な回答を繰り返します。
「ええい何度も言わせるな! この大食堂は神殿の要人とマケドニアの軍兵のみが出入りを許されている! 王女様の御身をお守りするためだ! 侵入を企てし者は敵とみなして斬り捨てる!」
「くそっ、こっちだって空腹で苛立ってるのは一緒だってのに……!」
ああ、まさに小地獄。
扉の内と外を挟んでいがみ合っている人々はどちらも悪くないのです。
この状況を招いた元凶は、元を正せばわたくし。
この作戦を実行したのは、何を隠そうわたくし。
そうした感傷に浸っている暇もなく、四の五の言わずに行動して冥府の財宝を回収せねば。
「畏み申す、畏み申す! 勇猛果敢なる雪風の精霊クレオパトラよ! 我が蹴撃に氷槍の力を纏わせたまえ! 氷槍突入! アイシクルエントリー!!」
精霊石を握りしめ、わたくしはぶっつけ本番その場で命名した必殺技もどきを繰り出す。
狙うは大食堂の大扉上端。
宿すは雪風の氷冷武装。
先ほど大巫女アレサなる人物がやってのけていた二重複数対象の神聖魔法を真似て、わたくし自身の単一対象に攻撃力増強の補助効果のみを付与しようというわけでございます。
見様見真似でも、あの高等技術に比べれば熟練の魔法の使い手でないわたくしでも、これくらいの初歩的な精霊魔法の使い方くらいはできるのでございます。
高速飛行で十分に勢いをつけ、氷槍と化した飛び蹴りを大扉にぶちかましてしまいます。
氷槍一蹴。
その威力たるや、頑丈で分厚いといっても木製の扉を貫通せしめるには十分でございました。
木片氷片を撒き散らして、わたくしは単身、大食堂に乗り込みました。
……ん? 強化されてるにしたって蹴りの威力が高すぎる?
ああ、皆さんにはご披露する機会がなく、これまで戦いとなれば逃げるか歌うかでしたからね。
わたくし仮にも蛮族、有翼人。
空中格闘術は種族的な基本技能みたいなものでして、空の王者たる猛禽類が如く、蹴撃を基本とした戦い方を得意といたします。かといって鎧兜を纏った陸上の戦士に自ら刀剣の間合いへ近づいてまで飛び蹴りを浴びせるのは愚かなことでございます。
空の王者たる猛禽類とて、ライオンやゾウに脚爪ひとつで挑みはしませんからね。
そもそもこの神語り、まだ一度たりとも格下の雑兵を蹴散らさせてもらえる機会がありません。
ならば初披露が物言わず避けもしない大食堂の大扉でもいいではありませんか。
わたくしだってカッコよく活躍して、この物語にお付き合いくださる皆さん、とりわけ全国の美しき美少女の皆さんにキャーカラットステキ―とモテたいのでございますよ。
わたくしいつでも愛のお手紙をお待ちしておりますからね!
こほん、失礼。
いつまでも扉を蹴破ったところで物語の時間を止めてはいられませんね。
「ぬわっ! 扉に穴が!!」
「侵入者! 侵入者だ!」
扉の破られぬよう押さえつけていた二名の兵士が木片氷欠降り注ぐ中、大騒ぎいたします。
このまま大食堂に孤立無援となってはわたくしが捕らえられるのは時間の問題。
ここは混乱に乗じるといたしましょう。
「氷槍を! 閂を穿て!! アイスシュート!」
単一対象に対する、小威力の氷弾投射。駆け出しの精霊魔法使いでも当然できるという程度の魔法なれども、物は使いようでして、木製の横木を破壊するくらいの威力は十分ありました。
なにせ、ただでさえ扉の反対側から力強く押されていたのですから。
もし一撃で破砕できなかったとしても、ひび割れる程度でさえ負荷に耐えられなくなるのです。
バキッと破断。
ドカンと開門。
ドドドダダダと空腹に耐えかねた人々が大食堂へと雪崩込んでいらっしゃいます。
その数たるや、門前にいた十数名のみならず、わたくしが焼き鳥の匂い振りまいて望まぬ引き連れてきてしまった方々をあわせ、三十余名に達しましょうか。
「しまった! お前達! ここより先は一歩たりとも通さんぞ!」
「ふざけるな! お偉い方だけで食い物を独占しようたってそうはいかないぞ!」
即座に殺し合いにこそ発展しませんが、双方ともに武器を握って大人数がにらみ合う構図です。
この大混乱に乗じて、わたくしは大食堂の豪奢な吊り燭台に身を隠します。
争う人々。
飢餓に苦しむ人々。
災いの神々の力を借りる以上、いや、どのような力を借りるにせよ、強硬策を選んだからには多かれ少なかれ誰もが平穏無事に、円満解決とはいきません。
けれども、人様に多大な迷惑をかけようとも、冥府の財宝を今ここで回収せねばなりません。
わたくしはそう己に言い聞かせつつ、ついに侵入できた敵本陣を見下ろして確かめるのでした。




