D02.吹雪の砦の戦い 冬将軍クレオパトラとすごい連携
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さて皆さま、この吹雪の砦の戦い、彼我の陣営を紹介いたしましょう。
こちら側はわたくし冥府の使いカラット・アガテールと雪風の精霊クレオパトラ様でございます。
仮にも不死鳥、仮にも地の利を得ている冬将軍。
アルゴスの雄々しき大船に乗った気分で戦いに望めるものとお思いであることでしょう。
いやそうでもない? お前いつも負けてない? うーむ、手厳しいお言葉でございます。
そこはそれ、二十数名やってきた敵側、ボレアス神殿の尖兵らの実力次第なのでございます。
素人同然の盗賊と腕試し、なんて物語定番のオードブルがわたくしには供されない様子でして。
まず隊列です。
あちら側は頭数が多いだけでなく、きちんと役割分担のなされた前衛と後衛という布陣です。
直接の白兵戦に弱いであろう魔法の使い手を後ろに置いて、後方から魔法攻撃や支援を行わせつつ、前方に布陣した武芸の使い手が剣と盾の役割をする。
この大人数に連携、ここに個々の実力が高いとなれば盤上遊戯なら完全に詰んでおります。
「私こそはボレアス様に仕える大巫女アレサ! 悪しき蛮族に北風の裁きを! 勇猛なる戦士に北風の守りを! 二連詠唱! 対象拡大! アイスエッジ! レジストグレイス!」
はい、詰みましてございます。
ボレアス神殿には当然いるであろう大神官級の神職、アレサ様のおでましでございます。
さも当然のようにやってのけた高等技術、神聖魔法の連続行使に複数対象への拡大、つまり味方全員二十数名に攻防を強化する補助を二種類一気に付与したということでございます。
冒険者の水準にして準一級相当の実力、これより上はもはや英雄と呼ばれる領域でございますから、一騎当千といわずまでも百人力くらいの強さと評して過言ではありません。
残念ながら吹雪にて視界不良、最奥にいる大巫女アレサの顔人相はわかりかねますが、北風の神に仕えるに相応しい厚手のもこもことした神官装束は見て取れました。
防寒対策については各自最適な防具に着替えているようで、魔法の加護と防具の耐寒力によって吹雪の砦を突き進んできたのでございましょう。
そして今しがた施されたる補助魔法、たちまちに戦士らの剣や槍の刃に凍てつく冷気が宿りしアイスエッジ。そして体表を覆うような白い光輝は寒気を遮るレジストグレイスでございましょう。
「ふんっ、父上の力をほんのちょっと借りた程度でいい気になって!!」
多勢に無勢という言葉を知らないかの如く、クレオパトラ様は勇猛果敢に氷槍を手に突貫します。
ああ、止めても無駄とはわかっておりますとも。
わたくしは今のうちにとある一手を講じつつ、クレオパトラ様の戦いぶりを見守るのですが。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐおぉっ!!」
当たった。直撃いたしました。
氷翼を羽ばたかせての高速飛行刺突突進は見事に一人、戦士の堅牢な防具を貫いて仕留めます。
しかし敵全体にとってはたった一人やられただけのこと。
すぐさま敵陣に深入りしたクレオパトラ様に剣と槍の雨あられ、これを辛くも回避したところを後方より真理魔法による火炎弾が命中するのでございます。
「熱っ!! 痛っ、なにこれ!」
一発浴びた程度で倒れるクレオパトラ様ではありません。寒気の化身のような彼女を一撃で溶かし尽くすような熱量こそ今の火炎弾にはありませんでした。けれど着実に効いております。
「負傷者を下げろ! 治療する!」
「この敵には火炎が有効だ! 各自、詠唱用意!」
「守備は吾輩に任せろ!」
「動きは見切った! 次は斬る!」
「傷は浅いです! 今回復を!」
連携すごい。
いやいや、二十数名対二名なら多い方は有象無象というのが物語の基本では。
みんな自分の役割を考えて的確に動ける有能集団ではありませんか。恐るべきボレアス神殿。
こちら等たった二人なのにクレオパトラ様とは連携が一切とれないというのに何たることか。
このまま闇雲に戦ってもペガサス三騎兵に惨敗した屈辱を繰り返すだけでございます。
わたくしは戦局を覆す一手を、ここで使います。
「ラ~♪ ラッララー♪ ルルルラー♪」
わたくしは戦いの開始直後より、密かに歌を奏でておりました。
しかしこの雪のかまくらの戦い、二十数名の敵勢はまるで歌に耳を傾けてくれません。お互いに大きな声量で呼びかけ合って連携する軍勢が、戦いに集中しているのです。その心を歌うことで瞬時にすべて虜にするのはできかねます。
もし数名を呪歌による状態異常に陥れたとして、健在な癒やし手に治されてしまう可能性が高い。
質と量を兼ね揃えた敵集団をたったふたりで真っ向勝負で倒せると思うほど、わたくしは自分のことを高く評価しておりません。
なれど地の利はこちらにございます。
「何だ、あの蛮族何をしている?」
「呪歌だ! おかしなことになる前に俺が息の根を止める!」
的確で迅速な判断はまさに歴戦の戦士。
雪上を力強く蹴って、ひとりの戦士が一直線にわたくしへ襲いかかって参ります。
「ラ~♪ ラピュアアアアァァァーッ!!」
超高音へと一気に高まる歌。
轟音、そして崩落。
戦いの場、雪のかまくらの天井が崩れて一気に降り注いできたのでございます。
「退避! 全員退避!」
「ぐおおっ! なんだ、何が起きたんだ!?」
「きゃああ! 雪雪雪!! 雪が落ちてくるっ!」
たかが雪、されど雪。
大きな建造物を形成していたブロック状に固められた雪が崩れ落ちれば、もはや岩石と同じです。
これは大人数であろうと等しく、いえ、人数が多いほど相対的に大損害を受けるは必定です。
一方、わたくしとクレオパトラ様は事前にこのかまくら崩落作戦を意識している上、自在に飛べるので天井の崩れた穴からいち早く脱出すればよい。
この吹雪の砦の中核、雪のかまくらは巨大なトラップだったのでございます。
その罠の作動手段として、わたくしの奏でる音――共振周波数を用いました。
皆さま、コップを声の振動だけで割ってしまう歌手を見たことがございますでしょうか。
ああした振動の力を用い、あらかじめ崩れ落ちるよう意図した雪のかまくらを崩壊させたのです。
崩落する雪のかまくらから脱出した焦げ臭いクレオパトラ様はここぞとばかりに勝ち誇ります。
「冬将軍を甘く見たわね! 今も昔も攻城戦の基本は防衛優位! 数に任せて気が緩み、このあたしが築いた最強の砦にあっさり入ってこれたことを疑問に思わなかったのが敗因よ!」
「あの、これ死人が出るんじゃ……」
「相手は列記とした戦士たち。殺す覚悟も殺される覚悟もできてる。そこは恨みっこなし。それにレジストグレイスだっけ? あんだけ防御も回復も充実した連中を皆殺しにできる訳ないわ。重軽傷者多数でしばらく足止め喰らって貰うけどね」
クレオパトラ様は氷の翼を羽ばたかせ、今度は吹雪の中心をボレアス神殿へと移動させます。
「この雪風にまぎれて敵城に侵入! あの尖兵たちにはリーモスの用意した走る食材たちを囮にして挑発させて、混乱に乗じてマケドニアの王女様から財宝を奪い取る! これでいいのよね!」
「は、はい! でも今さっき攻城戦は防衛優位って……」
「攻め落とすんじゃなくて盗みに入るだけ! 窃盗優位よ!」
「はぁ、なんて人聞きの悪いことを……」
ドンガラガッシャン!
と色鮮やかな飾りガラスを派手に打ち砕いて、クレオパトラ様は神殿へと突入いたします。
なおわたくし、その隣の閉め忘れられた窓からそっと入りましてございます。
「敵襲! 敵襲!」
「ちっ、もう見つかった! カラット! 一緒に戦うわよ! って、あれ!? 居ない!?」
独断専行するクレオパトラ様が早くも神殿敷地内の警備に遭遇なされるのですが、そこはもう想定通りなので存分に暴れまわって陽動役になっていただきましょう。
わたくしは単身、ボレアス神殿のどこかに隠された冥府の財宝を探しはじめるのでした。