A04.冥府の女王ペルセフォネ様との再会 1/3
誤字脱字報告をいただき、修正させていただきました。(23/07/29)
誠にありがとうございました。
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ついに冥府の城へやって参りましたわたくしカラット・アガテールは冥王ハーデス様の御前へ。
と思いきや、案内されましたるはなんと冥府の女王ペルセフォネ様の御前ではないですか。
冥府の兵卒の語るには「ハーデス様が直々にお会いすることは滅多にない」とのこと。
そりゃあ地底の冥府で一番お偉い人ですからそうでしょうとも。
もっとも、冥府のナンバー2であらせられるペルセフォネ女王陛下が出張るのも大事です。
私? また何かやっちゃいましたか?
――等と、すっとぼけても無駄の一言でしょう。
どうやらわたくし、冥府の七つの財宝を盗んだ大罪人だそうで。
ペルセフォネ様のいらっしゃるまでの間、わたくしは審問部屋に飾られた花々に目移りします。
この冥府の城、どのようなものと皆さんお思いでしょうか?
地底奥底にある死者の国の本城ともなれば、それはもう蝙蝠ばさばさ鴉があがあ狼わおーんといった不吉な動物が跋扈するような陰鬱な有様でないでしょうか。
ところがどっこい。
冥府城において一番に目立つのは美しき花々なのでございます。
お淑やかに、涼しげに、気高くも慎ましく、青い花びらに灰色の城内が彩られております。
冥府の女王ペルセフォネ様は、元を正せば地上の豊穣を司る女神様なんだとか。
春の芽吹きの神様のお住まいに美しい花々が咲き誇ることに何ら不思議はございませんとも。
こころなしか、日当たりのよい花畑のような陽気と香しさをわたくし感じております。
「ああ歌いたい、この気持ち……。ら、ら、ららー、春はうららか花はらんまん~♪」
ーー等と、ちゅんちゅんさえずっておりますと。
ついにおいでなさいました、冥府の女王ペルセフォネ様その人が。
ペルセフォネ様がゆっくりとお歩きになるたびに、その美しいお御足にわたくし目を奪われます。なにせ豊穣を司る女神ゆえか、ペルセフォネ様は裸足なのでございます。
しかして、その足裏が石床の汚れとまみえることはありません。
グリーンカーペットとでもいいましょうか。
ひとりでに草花がふわりと生い茂り、緑色の絨毯を織りなしてゆくのです。
やわらかに素足で草床を踏みつけて女王の椅子におすわりになる、麗しきペルセフォネ様。
その両の眼に、わたくしごときの姿が映ることのなんと恐れ多きことか。
「……歌を、つづけてくれてもよかったのですよ」
「……申し訳ございません、わたくし、あなた様の美しさに心奪われてしまっていたのです」
これ、冗談めかして言ったわけではございません。
しかしペルセフォネ様ときたら、饒舌な世辞と受け取ったのか、くすりと笑います。
なんとも華やかな笑顔でございます。
夢か現か、笑顔ひとつでありもしない花々が背景に咲き誇ってみえてしまいます。
さすがは冥王ハーデス様の心を射止めた冥界一の美女にあらせられる。
わたくしは忘我のうちから我に返ると、丁重にかしずいて面を伏せて申し上げます。
「わたくし、カラット・アガテールは冥府の七つの財宝とやらを盗もうとした大罪人に他なりません。冥府の神々のお怒りを買い、どのような処罰を受けることになろうとも致し方なく。どうぞ、煮るなり焼くなりカラッと揚げるなりお好きなように……」
「そうですね、どう料理してくれましょう」
「本当に食べなさるので!?」
つい軽はずみにいつものクセで発した冗談にペルセフォネ様が乗ってくるものだからさぁ困った。
いやいや、花々しく微笑んでらっしゃるが怒ってるのか、面白がってるのか判然とせず。
生殺与奪の権を握られている立場、わたくし生きた心地が致しません。
いや失礼、冥界にいるのだからとうに死んでおりますね。つまり死んだ心地がしないと訂正を。
「地上の料理に、臓腑を取り出して洗った丸鶏にたっぷりと香草をつめて丸焼きにするという丸鶏の香草焼きというものがあると聞き及びます。幸い、香草には事欠かないので、一度試してみてもいいかもしれませんね、ふふふ」
緑葉を自在に茂らせてはいたずらに微笑ってみせる死の国の女王にわたくしは背筋が凍ります。
ペルセフォネ様ときたら、左様なわたくしの一挙一動を見て楽しんでいる様子で。
これぞ、美しい薔薇には棘がある、という言葉の使い所でしょうか。
「カラット・アガテール」
「は、はっ!」
「わたしは冥府の女王ペルセフォネとして、貴方を罰する立場にあります。しかし丸鶏の香草焼きの刑に処することはありません。まずもって、冥府はそのように野蛮に死者を痛めつけるためにある訳ではありません。冥府の深淵タルタロス送りになれば別ですが、このわたしの住まいを彩るのは苦悶や悲鳴ではなく花々だからです。それに、貴方は拷問なんてせずとも正直に話すでしょう」
「ええ、はい、わたくし口が軽いので!」
「自慢気に言われても……」
少々困り眉になるペルセフォネ様、ああ、これもまた味わい深い表情にございます。
超然としているようにみえて、やはり神々、ペルセフォネ様にも苦悩はあるようで。
「……虹の女神イーリスを知っていますか」
「あ、はい、よく詩を歌わせていただいております。天帝ゼウスの遣いにして、驚異の海神タウマースと琥珀の河神エレクトラの娘、天地を駆ける伝令の女神イーリス様! 雨上がりの虹の見える日に唄うとそれはもう大受けでよい日銭稼ぎになっておりますが、その御方がなにか?」
ペルセフォネは深い溜め息をつきます。
心底に、なんとも気重そうに。こころなしか、一帯の植物までしょんぼりとして見えます。
わたくし、なにかまずいことを言ってしまったのでしょうか。
「虹の女神イーリスは、あなたの姉君です」
「あーねー、なるほどなるほど」
とわたくし、一度わかったつもりで軽はずみに相槌を打ち、そのあとでよく考えてみて。
ぴたっと思考が止まりました。
あなたの姉君――、つまりわたしは虹の女神イーリスの妹だということになる。
――どゆこと?