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C11.アルフィンホリオの略奪

 語り聞かせるはアマルテイアの角にまつわる物語。


 神々の王の座を巡り、己の保身がために権力を奪うと予言された我が子たちを次々と飲み込んでしまった農耕神クロノスの魔手から逃れるために、女神レアーは我が子を洞窟へと匿います。

 後の最高神、幼き日のゼウスは洞窟に隠されて、牝山羊の精霊アマルテイアの乳で成人になるまで育てられ、やがて父クロノスに他の神々を吐き出させ、古き神々と新しき神々の戦争をはじめます。


 この古き神々をティターン神族といい、この大戦をティタノマキアと申します。

 アマルテイアの角は無限に、自由自在に食物を生み出されると言い伝えられております。

 幼き日の主神ゼウスはアマルテイアの乳と角笛の食物を糧にして育ったわけですから、この偉大な育ての親なくして現在の世界はなく、これは世界のはじまりに関わった伝説のアイテムなのです。


 わたくしも吟遊詩人の本領発揮とばかりに朗々とアマルテイアの角を物語ってみせました。

 クレオパトラ様は「へー、そーなんだ」と未知の神話に好奇心を寄せて。

 エリス様は「幼い父上はきっとボクみたいに超絶可愛い美少年だよ」と茶々入れをなさいます。


「こうして牝山羊アマルテイアは死して天に煌く山羊座となる栄誉を賜り、アマルテイアの角はやがて豊穣の角笛コルヌ・コピアとして冥界の財宝となるのでございました」


 神語りを締めくくると聞き入っていたクレオパトラ様は熱心な拍手をくださいます。


「すごい! なんかすごいのはわかった気がする!」


 どうにも理解度の低そうな感想に、ゼウスの嫡男である当事者のエリス様は苦笑なさいます。


「な、何だ、バカにするならバカにしなさい」


「いやーバカと煽るにも相手を選ばないと。キミは悔しがるより先に氷の槍を投げてくるもん」


「舐められたら殺す、そういうもんでしょ」


「わかる、その野蛮なとこボクけっこう好き」


「ふんっ、あなたに好かれてもちょっとしか嬉しくないから」


 なんですその素直さ。

 ぷいっとそっぽを向く仕草をなさるクレオパトラ様、普通そこは「全然嬉しくない」と言い張るところをツンケンしつつあえて本心を語ってしまわれるのは彼女らしいです。


「……でもでっかい神々の戦争、ティタノマキアだっけ? アマルテイアの角はその直接の原因ではないみたいだけど、放置すれば大戦争になる理由をちゃんと教えてよ」


「おお、よき質問でございます」


 わたくしは待ってましたとばかりに胸に手を当て、美声発す喉を震わせて朗々と言葉します。


「アマルテイアの角、豊穣の角笛コルヌ・コピア! その力、無限に生み出される食物! まさに魔法のアイテムの頂点! 地上の人々が農耕を生業にして日々の命の糧を得る以上、豊穣とはもっとも身近にして切実な自然と神々の恩恵! 小麦をパンに、パンを金銭に、金銭を刀剣に、無限の食は無限の富と交換しうるのですからこれぞ至宝といえるでしょう! ですが……」


 わたくしは想起いたします。

 神々の物語ではない、わたくしの物語の小さなはじまりを。


「……わたくしの故郷、白きせせらぎのアルフィン川に面する蛮族の隠れ里アルフィンホリオに去年、小さくも大きな争いが生じました。数年ほど凶作不作が続き、周辺一帯は飢饉に見舞われていたのですが、それをきっかけに長年終わりの見えない近隣集落との対立が表面化、小競り合いがはじまってしまったのでございます。収穫の秋を迎えて十分な蓄えのない近隣の集落は徒党を組み、アルフィンホリオへ略奪を行ったのでございます」


 目を閉じれば、まだ半年も経たない出来事なのでありありと思い返すことができます。


 飛び交う怒号、悲鳴、そして略奪。

 華々しい英雄譚があるでもなく、血祭りというほどの惨劇にもならず。


 農具の鎌を手にして麦袋を抱えて去っていく略奪者の背中を、わたくしは黙って見過ごしました。


『カラット、いいんだ……。これでいいんだ』


 略奪者に襲われ、片腕から血を流した父親がわたくしを制止したせいでございます。


『あの刃が欠けた古びた鎌、彼には買い換える金がないんだ。おかげで軽症さ。……察しなさい』


『ですが!』


『私達は名誉蛮族として生きてきた。これからもそう生きたい。……私のわがままだ、カラット』


 わたくしは父親を尊敬しております。

 今でもまだ、心優しく愛情深いとても素敵な父親であると思っております。


『……はい、お父さん』


 けれども、この時ばかりは心の底から正しいことをしているとは思えませんでした。

 かといって、わたくしが略奪者と醜く争うさまを傷ついた父親の前で演じることが正解でもなく。

 何をどう選んでも心晴れやかになることがない、小さくて大きな事件でした。


「かくて、アルフィンホリオへの散発的な略奪は、自ら近隣集落に収穫物の多くを差し出してしまうことで安全を約束させるという里長の苦渋の決断により終息したのでございます。不幸中の幸い、わたくしの家族には死傷者はありません。わたくし達は富と恵みを捨て、命と平穏を得たのです。このように豊穣は時に争いの種になります。とりわけ各地で凶作が散見された今年の冬は……」


 どうしても声が萎んでしまいます。

 わたくしの心境を汲んでくださっているのか、お二方も黙って聞き手に徹してくださっています。


「アルフィンホリオへの略奪が歴史書にも残らない小さな事件で済んだのは集落の貧しさのおかげ。略奪者も命懸けでございますから、たかが知れた越冬の糧のために全面戦争を挑むのは割りに合わなかったのでございましょう。これがもし、豊穣の角笛コルヌ・コピアのような過ぎたる富があったとすれば、その莫大な富に目が眩んだ者達は己の命をも軽く見てしまうことでしょう。……その災厄の種が今、マケドニア高地王国の王女様の手中にあるというのが事の次第です」


 沈黙が一時つづきます。

 深刻そうに受け止めてくださるクレオパトラ様、そして悪巧み顔で親指をなめるエリス様。

 事この話において、両者は無関係といえない加害者に近しい立場なのでございます。


「……飢餓に追い打ちをかけるのは北風と雪風、あたし達の役割、か」


「いいえ! 四季の巡りは世の理、冬の訪れは春の備え! 何千年とつづく春夏秋冬の仕組みに恨み節を述べるほどわたくしもアホウドリではありません!」


「……あ、ありがとう、気遣ってくれて……」


「それにわたくしが冒険者として旅立ったのは冬の備えの足しにと出稼ぎ目的でしたから、わたくしの冒険心の背を押してくれたのは雪風に他なりません。クレオパトラ様と出逢うことができた素晴らしい運命の糸を断ってまで冬を嫌いはしませんとも!」


 えっへん。

 わたくし多少空元気ながら明るく愛想よく胸を張って軽薄な甘い言葉をさえずります。

 釣られて、クレオパトラ様もほんのり微笑んでしまわれます。


「けっこう大人なんだね、カラットは」


「……はて、今、わたくし何かエロいこと言いましたっけ?」


「そーゆーことじゃなくて!!」


 あたたっ、ベシベシと氷の翼で軽く叩かれてしまいました。

 じゃれ合うわたくしとクレオパトラ様の様子を黙って見ていたエリス様がぽそっと呟きます。


「その略奪ってさー、元凶ボクだよ?」


「……はい?」


「ボク、不和と争いの女神だもん。飢餓の女神リーモスはボクのかわいい娘だしね」


 涼しい顔してさらっとエリス様はおっしゃるのです。

 悪びれる要素もなく、淡々と。


 わたくしとクレオパトラ様はお互いに顔を見合わせ、そして一緒に言葉します。


「それを早く言えいっ!!」


 でございますよ、本当にまったくもう。


 エリス様は責められたのが不服なのか、むくれっつらでほっぺを膨らませて言います。


「はぁーあ、気づかない方が鈍いんだってば~。別にボクがありとあらゆる争いに細かく介入してるだとか、そーゆーわけじゃないんだよ? ボクの居ない頃だって神も人も争うことはあったはずだろう? 諸悪の根源みたいにいわれるのは心外だね!」


「でも飢餓は?」


「うん、リーモスちゃんボクんちの子」


「有罪! 有罪でございます!! この小麦粉ドロボー!」


「はぁー!? ボク元凶だけど実行犯じゃありませんー! やったのはリーモスちゃんですー! そんでもってボクだってママとして愛娘の悪口は許さないもんね! ふしゃー!」


 エリス様は黒髪の先端を無数の蛇に化けさせて威嚇します。

 それさえも本気でやってるというよりは悪ふざけして遊んでいらっしゃるのでしょう。


「ええい、わたくし大変に迷惑したのですよ! 直接抗議してやりたいくらいでございます!」


 わたくし怒りのレッドホットチキンでございます。

 神々には各々役割があるとはいえ、それにしたって一言くらい文句をつけてやりたい気分です。


「……ふーん、キミにしては珍しく本気で怒ってるんだねー、ん、ちょっち待って」


 猛抗議を受け、エリス様はにやっと笑うと天鈴音テレフォーンを手にして通話します。


「あーもしもし、モッすん? うん、うん、来て、そ、なる早ね」


 なんて雑な会話をした直後です。

 天鈴鈴をかざすと魔法陣が雪のかまくら内部に描き出されて、転送門が開いたのです。


「飢餓の女神リーモスちゃん、呼んじゃった☆」


 てへぺろっ。

 邪悪極まりない横ピースでキメ顔するエリス様。


(※5.7.5.7.7でお読みください)

 泣かせたい

 ああ泣かせたい

 この笑顔

 おへそグーパン

 一撃必殺


 カラット、マジおこ心の一歌でございます。

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