C10.かまくら殿の三人
◇
雪のかまくら、黒炎の焚き火。
ボレアス神殿前広場に陣取った吹雪の砦の中、わたくし達は作戦会議をしております。
てんやわんやの大騒ぎも一段落、ひとまずクレオパトラ様とエリス様のいざこざも一時休戦でこの後どうするかという先延ばしになっていた問題をあーだこーだと話しております。
「やっぱ皆殺しが一番てっとり早いよ! ボクに掛かれば一般市民の虐殺くらい朝飯前!」
「半分は同意見。カラットをひどい目に合わせた連中なんて片っ端から氷漬けにしてやるぞ。でも無関係な市民まで殺すのは残酷すぎない?」
「いやいや! お二方とも過激すぎますからね!?」
好戦的なクレオパトラ様と殺戮大好きエリス様は妙なところで意見が合致して困ります。
服袖で口元を隠しつつ、クレオパトラ様は涼しげにおっしゃいます。
「雪風なんて基本、人や動物を死に至らしめるのが常。真冬は死の季節。邪魔者は降り潰すのみだ」
「冬将軍に負けた軍隊は歴史上山ほどいるからね、神殿や街ごとぶっ潰せば楽勝だね!」
「もー! わたくし達は殺戮や戦争をしに来たんじゃないんですってば!」
わたくしのツッコミに二者ともきょとん顔です。
「え、略奪と殺戮はセットでしょ?」
「一方的に殺してきた相手を逆に殺して何が悪いの?」
わたくし頭痛が、あと首と手足の切られたとこまで痛みが再発してきてしまいました……。
ただでさえ焚き火ひとつで吹雪の中を耐え忍んでいるというのに困ったものでございます。
「お二人共、わたくしの目的は冥府の七つの財宝を回収することです、おわかりですよね?」
「うん、ボク協力者」
「……え? そうなの?」
クレオパトラ様は真顔で不思議そうにしてらっしゃいます。
はたと気づけばわたくし、あの一夜、大半はクレオパトラ様の事情を聞く側にまわっていたもので冥府の七つの財宝をはじめとした旅する事情を詳細には語っておりません。
ひそひそと小声でエリス様が「え、じゃあこいつなんで今ここにいんの?」と困惑してる始末。
応じて「クレオパトラ様は当地の御祭神ボレアス様の御子女で、わたくしと親密な間柄ゆえ心配して駆けつけてくださったのです」と補足すれば、エリス様は「……え? 父親の祭殿ぶっ壊そうとしてんのこいつ? マジヤバくね?」と軽く引いていらっしゃいます。
「物騒な神様なのにそこで引く!?」
「いやだってボクこうみえてゼウスパパには従順だもん。ボクの子供ともだいたい仲いいし」
「子供!? いるの!? その見た目で!?」
クレオパトラ様が驚くのも無理はございません。三者とも少女めいた外見容姿なれど、クレオパトラ様やわたくしは十代後半ほど。エリス様は十代前半ほどの見た目ですからね。
いえ、もちろん言うまでもなく、エリス様やクレオパトラ様は神霊、年齢を数えるならば百年どころでないので地上の人間を基準に考えるのもおかしいのですが。
エリス様は両手の指で「調和、性愛、虚言……」と実子の数を数えはじめるものの――。
「十柱よりは多いんじゃないかな? ボクのこども」
とテキトーなことをおっしゃるので、クレオパトラ様もわたくしも脱力させられてしまいます。
「エリス様のことは深堀りするとキリがないので、本題に戻りますと、あくまでわたくしの目的である冥府の七つの財宝を回収することは、地上に無用な混乱と破滅をもたらさないためです。その回収手段がいきあたりばったりの破壊と略奪では困ります!」
「うわー、命令されて仕方なくやってるクセにー偽善者ぶっちゃってさー」
「本心にございます! これでもわたくし自由と平和を愛する善良な名誉蛮族なのですからね!」
「キミが愛するのは美少女もだよねー?」
くひひ、と笑うエリス様の茶々入れにわたくしここは否定も肯定もせず流しておきます。
事実すぎて反論できないので。
「ふーん……。その冥府の七つの財宝のひとつを、神殿に滞在するマケドニア高地王国の連中が所有してる。それをカラットは回収したいけど、手段は選びたいってことでいいのね」
クレオパトラ様は真剣に考えてくださってるご様子です。
「現状の配置図は、こう。神殿がここで……」
氷の立体模型図がひとりでに仕上がり、縮小されたボレアポリス中央区が示されます。
「現在地は神殿前広場、ここに吹雪の砦を築いてる。敵は神殿に立て籠もり、こちらの出方を警戒している。余計な一般市民はあたしの吹雪で家に逃げ帰ったから、武力で攻めても余計な被害は出ないと思うけれど」
そうクレオパトラ様が言葉した通りに、氷の立体模型図に配置された無数の人形が散り散りに小さな家に隠れてしまい、神殿は孤立いたします。
ですが神殿の内側にも多数の人形が怯えるように隠れているではありませんか。
「クレオパトラ様、神殿に立て籠もっているのはマケドニア高地王国の面々だけではございません。神殿に仕える方々や無関係の人々の方がむしろ多いのです。その一切合財を巻き込んでしまおうだなんて、理不尽が過ぎる……」
そこまで言葉して、わたくしはハッとします。
クレオパトラ様はあくまで善意で協力してくださる立場、わたくしの価値観にそぐわないやり方だからといって責めるような言い方は少々やりすぎでした。
「いえ、それだけクレオパトラ様はわたくしの受けた仕打ちに怒ってくださっているのですよね」
「……別にいいわよ。間違いは素直に認めることにしてると言ったでしょ」
「ふふ、パティは素直で良い子でございますね」
わたくしとクレオパトラ様のちいさな仲直りを、エリス様はつまらなさそうに眺めておられます。
争いの火種があっけなく消えたのが不満なのです。
夫婦喧嘩は犬も食わないと申しますが、この方は犬畜生以下なのでしょうか。
「ボクはいっそ武力による脅迫こそ最善策だと思うけどね。徹底抗戦させず、内輪もめさせて目的のアイテムを差し出させるんだよ。恐怖こそが一番に血を流さない手段になることだってあるのさ」
「脅迫、ですか。わたくしも心理戦や駆け引き、交渉事で戦わずして勝つのは一番だと心得ますが」
わたくしも無い知恵を絞って考えてみます。
マケドニア高地王国の精鋭部隊とボレアス神殿、それらを脅迫できるほど強大な武力なんて心当たりはございません。いえ、きっとエリス様には用立てることができるのでしょうが、この方に無闇に借りを作るのは後々が怖いだけでなく、流血沙汰に誘導されかねません。
エリス様は表面上お味方として協力していても災いと争いと殺戮をもたらすものですから。
「ねぇ、そのマケドニア高地王国ってどんな連中なの? 神殿にある冥府の財宝って何なの?」
諸事情に疎いクレオパトラ様の疑問はもっともです。
そういえばここまでお付き合いくださっている皆さまにもまだ、第一の冥府の財宝についてご説明する機会がなかったので、ナイスタイミングな質問です。
吟遊詩人として各地の風聞や伝説にそこそこ詳しいわたくしは当然知っておりますとも。
ミラ商会やペルセフォネ様に改めて教えていただいた知識も少々ございますが、知ったかぶりよりはいいではありませんか。
「第一の冥府の財宝、豊穣の角笛コルヌ・コピア。またの名を、アマルテイアの角」
「……豊穣? それがなんで冥府の財宝なの?」
不思議がるクレオパトラ様。
それを小馬鹿にするように笑い飛ばして、エリス様は邪悪な笑みを浮かべます。
「あにゃははは! 土に埋もれて育つ野菜や穀物がわんさか世の中にあるのに地底と豊穣が無関係なわけないだろー? キミはニンジン食べたことないのかな?」
「はぁ!? ニンジンくらい我慢すれば食べれますけど! 頑張れば!」
「あ、苦手なのですね……」
このお二方に話しの主導権を委ねると一向に進展しないので咳払いしてわたくし話をつづけます。
「単刀直入に申せば、コルヌ・コピアを放置すれば大戦争がはじまります」
「……え?」
わたくしは今こそ語らねばなりません。
豊穣の角笛コルヌ・コピア誕生の物語、そしてその恩恵と禁忌を――。