C08.雪風の涙おいしゅうございます
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そして蘇る不死鳥カラット・アガテール。
わたくしの霊体と死体が重なり合い、損傷の修復がはじまりますれば、エリス様のお力添えとわたくし自らの神力によって急速に遺体が生命を取り戻していきます。
クレオパトラ様が首や手足を氷の包帯で繋ぎ止めてくれる保修を施してくれていたおかげ。
それらだけでなく、何やら地の底から流れ込んでくる、あたたかな生命の息吹を感じました。
これはペルセフォネ様のご加護に他なりません。
考えてみれば、わたくしに冥界の財宝回収を命じている張本人のペルセフォネ様には助力を惜しむ理由がありません。そして死者の地上への帰還を時にお許しになるペルセフォネ様こそ、死者蘇生の秘儀を管理する筆頭格。冥界のナンバー2なればお安い御用なのでしょう。
とすれば、そもそもエリス様の助力は不必要だったのでは? とわたくし気づきます。
……やられた!
冥界で目覚めてすぐにわたくしを連れ去ったのは、エリス様がペルセフォネ様の干渉を妨害して即時復活させないためだと考えれば辻褄が合うのです。なにせわたくしに接触するのはペルセフォネ様への嫌がらせが目的のひとつだとご自分で仰っていたではないですか。
さりとてここまで連れてきていただいたのは結果よしと見るべきか、ああ、考えのまとまらないうちに五体満足にわたくしカラット・アガテールの死者蘇生は完了してしまうのです。
「ん、うう……首がまだ痛みますね」
幽体の時には感じなかった強烈な痛みが寝起きのぼんやりとした頭にガンガン響いてまいります。
着実に、急速に、凄まじい回復力によって傷は癒えてゆき、痛みも引いていきます。
わたくし実感としてペルセフォネ様のお力を、淫猥なる触手プレイでしか味わったことがなかったので驚きです。地上のあらゆる回復魔法より強力無比です。それなりに優秀な回復魔法の使い手だった愛しのパトリツィアちゃんとも比較になりません。
頭部を切断され、完全に失血死、心臓も止まりきった生命体を回復できるのはもはや神聖なる奇跡というより禁忌の秘儀に他なりません。
それが当然のように許される冥界の女王とは、いかに強大であることか。
わたくしは惜しげなく流入する大地の生命力に癒やしと畏怖をおぼえるのでございました。
「カラット!! よかった、生き返ってくれたんだ……!」
「クレオパトラ様! いた、痛いです! さきほどまで遺体だったのをお忘れなく!?」
「あ、ごめっ、うれしくてつい……」
雪風の精霊クレオパトラ様はひんやり冷たいカラダをそっと離します。
そしてその頬を伝い落ちる氷の涙を、そっと指先で拭って差し上げますれば――。
「わたくしの死を嘆き、躯をお守り頂いたこと、心より感謝します。さぁ、涙はこれまでに」
氷の涙を一粒、ひょいと飴玉のように口に致します。
「ふむ、冷たくて塩みが美味しゅうございます」
「ふゆ!? ちょ、なにしてるのカラット!?」
「貴方様が泣き止むまで涙を食べてしまいますよ」
「うう、バカ、カラットのエロバカ……!」
クレオパトラ様は羞恥心と歓喜にご尊顔を乱しながら少しずつ泣き止んでくださいました。
いやしかし、クレオパトラ様の涙の味けっこういけます。
純度の高い透明な氷の小さな粒にほんのりまろやかな塩気のある、美味さ。大自然の化身である雪風の精霊の涙というブランドや希少価値、それがわたくしのために流した涙とあればひとしおです。
ちらっと雪上に落ちた無数の涙の氷玉を盗み見るわたくし。
「ダメ! これはダメ!」
クレオパトラ様、容赦なくわたくしの頭を叩いて涙の氷玉を死守いたします。
儚げな泣き顔から一転、可愛らしい怒り顔に早変わりでございます。
「あたしの体液を堪能してなにが嬉しいのよ! 信じられない!」
「そう申されても、クレオパトラ様の体液を堪能させていただいたのは二度目でございますので」
「ふゆあっ!? あ、あの時は酒に酔った勢いで……!」
赤面とはまさにコレ。
クレオパトラ様は雪閉ざされた山小屋での情熱的な一夜を思い出してしまったご様子。
ああ、雪山での愛の語らいに比べれば、涙の氷玉を舐めるくらいは霞んでしまう瑣末事でしょう。
皆さまにここだけのナイショ話をひとつ。
クレオパトラ様は体表流れる熱い汗の雫も時には凍りついて汗の氷玉が生じます。もっとも、クレオパトラ様が汗の氷玉を流すほどカラダが熱くてしょうがなくなる時など雪山では無きに等しいことでございますが。味はおいしいです。
「では酒の力を借りなければ、もうわたくしを愛してはくださらないので?」
「ふゆ! そ、それは……」
じっと見つめるわたくしの視線にクレオパトラ様はたじたじになります。
ああ、なんとお可愛いことか。
「時と場合による、それだけ……。いい? 今は違うの!」
涙の氷玉をさっと拾い集めて衣服に隠されるクレオパトラ様。
わたくしは少々残念に思いつつ、クレオパトラ様の愛くるしさに忘れかけていた現在の危機的状況について、ようやく思い出しました。
そうです、わたくし一方的に殺されてどうにか生き返っただけなのです。
クレオパトラ様にエリス様、ペルセフォネ様と手厚くお助けいただいたものの、第一の冥府の財宝を回収するという目標達成を考えれば、スタート地点に戻れたかもあやしいところ。
願望に正直になればこのまま雪のかまくらで感動の再会にかこつけ、クレオパトラ様とイチャついてしまいたい。しかしここはボレアス神殿の広場前、猛吹雪の城壁に閉ざされて守られているとはいえ、その外側には未だ敵勢健在の籠城中という状況下といえましょう。
「ああ、残念ですが、再会を祝して親睦を深めるのは後の楽しみにするとして」
「あ、後の楽しみ……」
ごくり、と喉を鳴らして否定も肯定もしないクレオパトラ様なのでした。
ドッカーン!!
その時です、わたくしとクレオパトラ様の甘酸っぱいムードをぶち壊す乱入者が雪のかまくらを破壊しながら入ってきたのでございます。
「なにふたりでイチャついてんの? ボクも混ぜてよ!」
襲来、百合の間に挟まりし女神(生えてる)エリス様。
「……あ゛?」
空気の読めない争いの女神エリス様。
感動の再会をぶち壊された雪風の精霊クレオパトラ様。
復活早々、大ピンチの予感――!