C06.みんなの憧れ! リンゴ印の天鈴音《テレフォーン》!
◇
かくして地上で惨殺死体となっているわたくし。
このまま神霊体のわたくしが地上に舞い戻ったところで生命の器が壊れている以上、生命活動ができず、よしんば地上に戻ったとて霊体での不自由な活動しかできないのだそうです。
これは由々しきこと。
わたくし不死鳥になったと気楽に構えていたのに、死ねば死ぬほど前世の記憶と力を取り戻す代償として現世のわたくしに悪影響を及ぼすだとか、手軽に即座に復活できないだとか、想像していたよりも不便極まりないではないですか。
ニレの巨樹の枝上にて、わたくしは途方に暮れてしまいます。
「はぁーあ、今日はホントに愉快でしょうがないけど、でもまぁこのままカラットの冒険が終わってしまったんじゃあボクだって不本意だもんね」
「……あ、そうでございますよね。わたくしと恋愛するだとか、応援してるとか、そう仰るならばご助力くださいますよね?」
「えー? どうしよっかなー? キミがピーピー泣きわめくのをもうちょっと見たり、泣きすがって助けてくださいって懇願するのを待ってみてもいいんだけどなぁ~」
「そんなんだから千年連続オリュンポス十二神人気ランキング最下位なのでございますよ!」
「あー! ボク気にしてるんだぞソレ!! それ禁止カード!」
蛇髪をふしゃー! と威嚇させ、孔雀みたいに尾羽根を大きく広げるエリス様。
……孔雀の尾羽根が綺麗なのはオスの特徴では。
「やれやれ、無知なキミに丁寧にボク様が教えてあげるよ。親切にね」
エリス様はご自分の冥府音を手にしてピポパポ操作いたします。
人差し指でたどたどしい、ちょっと不慣れな感じに見えるのは気の所為でしょうか。
「あ、やば、押し間違えた」
見なかったことにして待つこと数分、ようやく探しものが見つかったようでございます。
冥府音に表示された書物をちらちら読みながらエリス様はご説明くださいます。
「いいかい? ボクら神霊は生命の器に縛られない。不死の魂のみでも活動と存続ができ、肉体が滅んでも真に死ぬことはない。かといって生命の器がないと地上での活動には支障をきたす。だから必要に応じて、生命活動体を用意するわけだね。ゼウスパパが地上で女の尻を追っかけてる時によく鳥や雄牛に化けるのも生命活動体に動物を選んでいるってことなのさ」
「ははー、単にけだものの姿で美女に迫るのがご趣味だとばかり」
「それもあるー」
「最高神ホント最低でございますね!」
「こらこら不敬だぞもっと言っちゃえ! あー、でも他に理由もあってさ、そもそもボクらオリュンポス十二神みたいな最高位の神々は地上に無闇に顕現しちゃいけないんだよ。ハトの群れに両手いっぱいのパンくずを抱えて近づくように愚かなことだからさ」
「見えます、ハト大乱闘が」
「えーと、なになに……」
それにしてもエリス様、何の文献を読んでおられるのでしょうか。
冥府音をしきりに操作しているようですが。
「あの、その冥府音で何をしてらっしゃるので?」
「冥府音? いやいや似てるけど違うよ、これは天鈴音」
天鈴音。
冥府音。
ほとんど誤差の範疇に見えるほぼ同じ板状に画面つきの情報神器でございます。
外装カラーリングだけ天鈴音の方が明るい配色、あと記章はザクロじゃなくて黄金の林檎ですね。
「あの、何が違うのでございます?」
「ほぼ同一だよ! 天鈴鈴は正規品で冥府音はパチもんで安くて見た目ダサいけど」
「パチモン!? 不正規品ってことでございますか!?」
「そ! 正規品は十二神の一柱、鍛冶の神ヘパイトスの手作り! 冥府音はよくできてるけど模造品だね、機能はおんなじだけど冥界産の量産品じゃあブランド価値が見劣るから十二神のボクにはちょっと似合わないかなー」
エリス様、渾身のどや顔でこれみよがしに天鈴音を見せつけてきやがります。
ちょい悔しい
すごく悔しい。
何かと便利でありがたいと気に入っていたわたくしの冥府音がよもやよもやでございます。
「偽物でも模造品でも、わたくしはこの子を大事に使ってあげますからね!」
ぎゅっと抱き締め、よしよしと我が子のように冥府音を可愛がります。
「あ! そーじゃなくて! 何の機能をお使いになっているのかと!」
「ん、ああ? これは知恵の女神メティスの百科辞典、メティペディアだね。便利だよ。ここをこうやってここを押すとほら出てきた」
「わ! 同じページが映りました! この小さな板切れの中に図書館が入っているとは……」
「あっはっはっはっ! 図書館なんて入ってやしないよ! 天界の書庫に接続して閲覧してるだけだから圏外だと使えないんだよねメティペディア。冥界は天井のせいで霊波の通り劣悪なクソ僻地だから感度のいいこの木のそばじゃないとイラつくんだよねー」
「ぐぬぬぬぬぬ」
これでもかと冥界をバカにされてわたくし不機嫌になってしまいます。
なんだかんだ実家のように居心地が良く感じてますし、ペルセフォネ様のお膝元ですからね。
「話を戻すけど、ボクらと違ってキミは神霊でありつつ生身の本体があるだろう? ボクらの活動体は使い捨てできるけど、キミはそーゆー訳にはいかないから今こうして解決法を調べてんのさ」
「た、助かります」
エリス様は調べるのに手こずっている様子でしたが、やがて「あ、これだ!」と叫びます。
文献を読んでみますれば、確かに『死傷した肉体を活動体として再生させる方法』と記述アリ。
「回復魔法は見たことあるよね? ボクの専門外だけど、その応用でなんとかなるんじゃない?」
「し、死人が蘇る回復魔法なんて存在しないのでは……」
「原則的にはね。死んだ人間を生き返らせることをたかだか地上の人間風情が気軽にできちゃあ冥府はどんだけ無能なんだって話だよねー。けれど“動く死体”の魔物は見たことあるだろ? アンデッドという類だね」
「あ、はい、徘徊する死者であれば……」
「動く死体ってのは霊魂が死んでる状態なんだよ。死人の魂が死体に宿って動いても死人に過ぎない。回復魔法で死体を生きてる状態にまで無理やり治せても、やっぱり死人の魂じゃ生き返らないんだ。この原理原則、不死の魂に再生した死体さえあればキミには覆せちゃうんだなぁ~」
「……む、むずかしい」
「おバカなキミに噛み砕いて教えるとね、壊れたコップに牛乳を注いでもダメ、きれいなコップに泥水を注いでもダメ、修繕したコップに牛乳を注いだら美味しく飲めるね! ってだけのことだよ」
「わかる! ……って、わたくし牛乳ですか!? せめて例えるならワインとか!」
「ふにゃははは! 溶き卵よりはマシだろ?」
無駄に偉そうで実際に偉いエリス様。
はたと気づくのですが、なんとなくやりとりが親子じみて思えるのでございます。父親であれ母親であれ、我が子に料理や掃除のコツを教えてあげる時のような温かみと申しますか。
こうした保護者目線の理由のひとつは、わたくしを含めた有翼人という蛮族のルーツにエリス様が関わっているせいもあるのでしょうか。
「専門外でもボクにだって死体を繋ぎ合わせて戦える状態にすることくらいは余裕だからね。その場しのぎで活動体にはなるよ。それでいい? 本当は不死鳥らしく自力ですぐに再生できるのが理想だけど、今のキミじゃあまだ神霊として経験不足だからね」
「お、おねがいします! 時は金なり! 悠長にしすぎると財宝奪還が遠のきますので!」
エリス様は黒翼を広げて、わたくしの腕を掴みます。
そのまま手を引いて飛び立つのかと思いきや、軽々と力強くわたくしを懐中に抱いてしまいます。
いわゆるお姫様だっこでございます。
「ちょ、わ、わ!? エリス様!?」
「キミ羽ばたくの遅すぎるんだよ。ボクの速度についてこれないウスノロが荷物扱いに不満なの?」
「はやや、いえ、その……」
凛々しく、勇ましく。
当然といえば当然なのです。エリス様は戦いの神アレス。大変な美男子(-10カラット減点)。戦場彩る貴公子であらせられる。これから戦場に赴こうという横顔がやけに格好よかったとして、何の不思議がありましょうや。
わがままな童女、誘惑する情婦、温かき賢母、雄々しき戦士。
ちょっと欲張りすぎて胸焼けしそうなほどに、エリス様は濃厚な方でいらっしゃいます。
「さぁ急ぐよ! 主役のキミを殺戮ショーの開演時間に間に合わせないとね!」
「物騒な!? 演目変更を要求いたします!?」
ニレの大樹を登っていけば、その木漏れ日の向こう側に光差す地上への門がございました。
いざ再び、戦いの舞台へ。
わたくしはエリス様の黒翼に運ばれて、またもや死の国を脱出するのでした。