C04.エリスのアレス
◇
「理解してるだろ? ペルセフォネのやつが愛してるのはアエローだもん、キミじゃない」
図星です。なんと痛いところを突いてくる方でしょう
わたくしはどうにか自分をごまかすように言葉を探してみたものの、見つかりませんでした。
「あーあ、落ち込んじゃった。元気だしなよ? 卵の殻だとしても、今のキミはまだ間違いなくカラット・アガテールだって胸を張っていいんだから。要するにさ! 不死にあぐねて何度も死ぬようなバカはとっとと死んじゃえ! ってこと! ふにゃははっ!」
「……それ、助言でございますか」
「そ、わかる? ボクは戦いの神。キミのカラットとアエローという現世と前世の戦いを楽しみたいんだよ! 争いは一方的じゃあすぐ終わっちゃう、それってつまんないでしょ」
「最悪の発想でございますね! 応援としてどうなのです、それは!」
「さっきの見世物みたいな弱いものイジメを楽しむよりは高尚なつもりだよ」
すすすっ。
不意に近づいてこられたエリス様。
何をなさるかと思いますれば、わたくしの膝上によいしょっとお座りになられます。
わたくしよりも二回り、いや三周りは小さいカラダは密着すると香ばしい匂いがします。
血か、葡萄酒か。
いずれにしても血を滾らせ、そそのかし、熱狂させる薫りでございます。
――魅了する力はわたくしの専売特許ではありません。
むしろ理性を失わせることにかけてはエリスに勝る者はいないかもしれません。
「安心していいよ。ボクはキミの、カラットのことを応援してるんだ。それに感謝もしてるよ? キミは冥府の七つの財宝を地上にバラまいた! 平穏退屈が大嫌いなボクはキミの冒険を楽しみにしてるんだよ、アエローじゃなくて、カラット、キミのね」
「わたくしの、冒険……」
「キミは欲深い怪物だってことを忘れちゃダメだよ。いつも不自然なまでに低姿勢なのは能ある鷹は爪を隠すってことでしょ? キミは貪欲に飢えている。それを求めてやまないとボク知ってるよ」
「それ、とは……」
膝上のエリス様は、そっと。
愛しげに、慈しむように、わたくしの頬を撫ぜてささやきます。
「愛だよ」
愛。
それを災いの神エリスが語ることに何ら不自然なところはないとわたくしは知っております。
なぜならば、愛の女神アプロディーテの恋人こそこの御方。
そして恋のキューピッド、恋愛の神エロスはふたりの愛の結晶なのでございますから。
「ボクはなんでもお見通しさ! キミが陽気に楽しく歌ってみせるのは他人に愛されたい求愛行動だし、困ってる故郷を救いたいってのも両親や隣人に愛してほしいからだよね? キミにやさしくしてくれる相手にはすぐ懐いちゃうし、誰にも嫌われたくないから媚びへつらうのがクセになってる。いや、否定はしないよ? けど目標を見失っちゃいけない。キミが本当にほしいのは愛だ」
「……災いの母、戦の神、あなたが愛を語られるのですか」
「うん! 愛は災いを育み、愛ゆえに戦うこともある。無関心こそボクの敵だよ」
どこまで本心かはわかりかねます。
わたくし、あっけらかんと戦いを肯定するエリス様の物言いには良識から反感をおぼえます。
こういうところが一番に嫌われた十二神たる所以なのでしょう。
「なんだい? ボクのこと嫌い?」
膝上に乗っかったまま振り返って、上目遣いでにまにましながら問いかけてくるエリス様。
なんですかこの邪悪な幼女。
いや、災いの母といわれるように彼女、いくつもの災いの神を産んでるはずなのです。
見かけに騙されてはなりません。
そもそもこの女神、わたくしにとって見過ごせない問題点がひとつございます。
道徳的な観点をさておいても、その一点が嫌いです。
その一点があるからこそ、理性を揺さぶってくるエリス様の暗く甘い誘惑に耐えてるのです。
超絶美少女にべったり言い寄られてるのにふしだら百合バードにしちゃーおとなしいなと皆さんお思いでしょうとも。
「この際もう善悪とかはさておきます! 神々の尺度ってものがありますから、ええ! でも!」
「でも?」
失礼して、わたくし念の為にエリス様の下腹部を、目を閉じて触ってしまいます。
さわさわ、ぺたぺた。
――ある。やっぱりある。
アレがある。
「エリス様、生えてるじゃないですか! やだー!!」
「あっ♪ カラットちょっと気が早いよぉ~?」
天真爛漫な笑顔をみせても騙されません。
エリス様はいわゆる両性具有、女神でありつつ男神としての性質も兼ね揃えているのです。
エリスとアレス。
双子の戦神というのは表裏一体の二側面を分割した名にすぎず、天帝ゼウスの嫡男とされ、愛の女神アプロディーテとの間に子供を授かりつつ、それでいて災いの母でもあるヒミツがコレです。
「わたくし殿方は恋愛対象でないのです! おちんちん禁止令を発布しますからね!!」
「えー! おちんちん差別だー! 天界じゃよくある話でしょ、ボクんちのエロスもそーだし」
「そりゃそーですけども!」
男嫌いとはまた別問題で殿方と接することは普通でもエロい目で見れないのです、わたくし。
しかしエリス様は九分九厘は美少女といって差し支えないのでそりゃー興味はありますとも。
でもいざカラダに触れてみれば美少女ならざるソレの自己主張が激しいの何の。
「やだやだやだやだ! わたくし男の子とはイヤなんです!」
「もっと本質を見ようよ、大事なのは愛だよ?」
「わたくしあなた様をまだ愛してません!」
「じゃあそうだなー、もし大好きな女の子に生えてたら? キミは嫌いになっちゃうかい?」
「えっ」
「あははっ! 真剣に考えるんだ? でもいい機会かもね、いいよ、じっくり考えても」
「もし、大好きな人に……」
邪神もかくやというエリス様の戯言を真に受けて、わたくし深く考えてしまいます。
冗談事ではありません。
エリス様の仰るように、確かに、愛とは何か、どんな愛を求めているのか、それらはわたくしという一匹の迷える子羊にとって重大な意味を持つのでございますから。
――え、羊じゃない? あ、失礼、迷える小鳥でございましたね。