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A02.ああカラットよ、死んでしまうとは情けない

初日投稿分は一区切りつくところまで一時間置きに更新いたします

よろしくおねがいします

 ああ、悲劇なるかな。

 わたくし、カラット・アガテールは死の深淵へと叩き落されてしまいました。


 さてはて、ここは何処でありましょう。

 死後の世界と申しましょうか、地の底暗く果てしなき広大な洞窟に見えまする。


 これが噂に伝え聞く、死者の国でしょうか。

 そこは上天から木漏れ日のようにほのかな光の差し込む地下世界でございました。


 おや、岩肌には緑苔、陽だまりにはひっそりと花が咲いております。

 なんだか、とても穏やかなところです。

 わたくし、この暗くてひんやり冷たくほんのり湿った地底の大洞窟になんだか落ち着きます。


 どうも死者の国と申せども、無秩序に遺骨や死人が徘徊しているわけではないようで。

 遠くから聴こえてくるのは雄大な川のせせらぎでしょうか。

 冥府のまわりにはいくつかの大きな川があると言い伝えられております。


 冥府の境界、嘆きの川を渡し守カロンの船に乗せられて亡き人は死者の国へと至るとか。

 まさか、嘆きの川を泳いで渡るわけにも参りません。

 ここでのんびり惚けていてもはじまらないので嘆きの川へとわたくしも参ります。


 いざ来てみれば、人間の死者たちが行列をなして渡し船に乗るべく待っています。

 その列の進みは遅く、これから最後尾に並んでもおよそ百人目くらいになるであろうわたくしの番が来る頃には退屈すぎて立ち寝してしまいそうでした。

 流行りの飯屋ならいざしらず、死者の国の行列なんぞに何が楽しくて長蛇の尾に甘んじようか。


「ちょいとそこな死人のお兄さん、この渋滞はどういうことでございましょう?」


「ああ? お前、冥府の怪物か? その翼、その脚、その爪、面は綺麗だがまるで怪鳥だな」


 死者の男は生前は兵士や冒険者だったのでしょうか。

 屈強な体つきに鎧兜を着けているものの、右肩から斜め一文字にバッサリ斬り捨てられた跡が。


 ああ、やさぐれてしまうのも無理はない無残な死に方でございます。

 直視するには痛ましすぎて、わたくし、つい傷口から目をそらしながら男に答えます。


「ご心配なく! わたくしもほら、この通り、魔獣の炎と毒と牙で死んでしまったお仲間でして」


「この通り? ……傷ひとつねぇ翼見せびらかして、何を言ってやがるんだ、お前?」


「おや、おやおや、おやまぁ」


 ぺたぺた触ってみましても、くんくん嗅いでみましても、わたくしの肌はやわもち、羽根はふさふさ、匂いだってこげこげではありません。もちろんこんがり香ばしい美味なる匂いでもなく。


 なんとわたくし、焼き鳥になっておりません。

 死者の行列を見る限りには皆さん死ぬ寸前の姿かたちを引きずっておいでなのに、さてはて、これはどういうことなのでございましょうか。


「冥府の者ならひとつ渡し守んとこ行って混雑をどうにかしてくれねぇか。俺はこの“薄気味悪い”川縁からとっととおさらばして、早いとこ忘却の川水を飲みてぇんだ。そうすりゃ現世の痛みもしがらみも綺麗サッパリ忘れられらぁ」


「忘却のレテ川、にございますか」


 はて、さて。わたくしも吟遊詩人たれば死者の国のおはなしは飯の種と心得まする。

 であれば聞き覚えがあるのは当然のこと。

 かといってここからの眺め、見覚えまであるのは不思議なことにございます。


「ではでは、ちょっぱや行って参ります。わたくし、カルガモの親子ごっこはごめんですので」


 翼が無事と分かれば人間の死者たちといっしょに行儀よく並んでいる理由もございません。

 大翼を広げてばっさばさと羽ばたきますれば、わたくしは船着き場へひらりと舞い降ります。


 ああ、翼よ。

 華麗なるかな疾風の翼よ。


 蛮族だ怪物だといわれて育っても、この翼がなければと思ったことは一度もございません。

 歌と翼はわたくしの愛しい取り柄なのです。鳥だけに。


「さてはて、嘆きの川の渡し守カロン様は……と」


 死者の行列の最前列、船着き場ではなにやらカロン様と皆さんがぴーちくぱーちく騒々しく。

 カロン様のいでたちは黒装束に骸骨の面、わかりやすく死神でございといういでたちでした。


 ふむふむ、なになに、ほうほう。

 どうやらカロン様、死者の行列にまぎれて“大罪人”が川を渡らないよう堰き止めてるとか。

 いやぁ、なんともはた迷惑な狼藉者がいたものです。


「その大罪人、冥府の隠されたる七つの財宝を盗み出すべくケルベロスを眠らせた有翼の女」


「その名は?」


「名をカラット・アガテールという」


「……わたくし、でございますか?」


 すると一斉に皆さんわたくしの方へと向き直って一言こう申します。

「こいつだ!?」

 とね。


 ああ、多勢に無勢とはこのことか。

 わたくしあっという間に死者の皆さんに取り囲まれてしまいました。鳥だけに。


「大罪人カラットは無事に捕らえられた。これより川渡しを通常通り、再開する」


「やーよかったですねー皆さま! 通常営業再開ですって!」


 わたくしは頼まれごとを無事に解決できてまずはよしと一安心します。

 冒険者風に申しますと、いわゆるクエスト達成、というやつですね。


「これより大罪人カラット・アガテールを冥府城へと連行する!」

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