B07.誠意大将軍パトリツィア
◇
こほん、ではパトリツィア・ヘラクレイデス様の手紙を読まさせていただきます。
「親愛なるカラットへ」
はぁ、親愛……。親愛ってよい響きですね。
「カラットがこの手紙を読んでいるってことは、生きてるってことでいいんだよね!? やったぁ! わーいわーい! ウルトラハッピー! 神様ありがとー!」
……え、軽すぎる?
原文ママで読んでおりますよ、わたくし。
とても明るく元気なパトリツィア様らしい文体と筆使いで絵もたっぷりなのでございます。
「……本当にそんなことが書いてあるのですか」
「お疑いになるのは無理からぬことですが、ほら、この通り」
ちらっと読ませてみると商会長のミラ女史は軽いめまいを起こすような仕草をなさいます。
「パトリツィア様は神官として学識こそあるので難解な文面も書けるには書けるのです。でも読むのはどうせわたくしですから格式張った書き方をしても困るであろうと見越して、このようにわかりやすく書いてくださっているのでしょう。ああ、なんてお優しいことか」
「……そ、そうですか」
応接間になんともいえない空気が漂いますが、わたくしは気にせず続きを読みます。
「『大迷宮でのことは本当にごめんなさい! ケルベロスから逃げる時、なぜ、どうしてナルドお兄ちゃんがあんなひどいことをしたのか気になってるよね……?』」
ここ、ケルベロスの絵が描いてあるんですけどもね。
迫力皆無の、お花畑でちょうちょを捕まえようとジャンプする子犬みたいな地獄の番犬でして。
わたくしが焼き殺されている構図なのに、キャンプで楽しい野外調理みたいに見えてなりません。
でもへちょかわで好き……。
「えーと『お兄ちゃんは本当の理由を教えてくれなかったの。“不要になったから”とか“蛮族だから”とか“お前に色目を使っていたから”とか、とってつけたような理由ばかり』……ううーん、三番目の理由はちょっとわたくし自業自得感が……。と、いちいち反応してると読み終わりませんね」
ここからは少し省略と意訳を交えて、手紙を読み進めましょう。
『大迷宮を脱出した後、わたしたちはこの冠雪山麓都市ボレアポリス(※ここにも手書きのかわいい街と山々が)にレオナードさんの巡行術でやってきました。冬祭りで行われる大競売で手に入れた財宝をミラ・ボレアス商会と取引するためにです。この手紙はその時、ミラさんに預けたものです。なぜここにカラットがやってくるとわかっていたか、生きてると知ってたのか、不思議だよね』
ええ、気になりますとも。
わたくしは二枚目の便箋をあわててめくります。
『ナルドお兄ちゃんは“宣託があった”と言ってたの。精霊魔法を通じて、何か掴んでたのかも。わたしも神聖魔法を使って神託を得ようとしたけど、うまくいかなかったんだ。それと商会長のミラさん、じつは“運命を読み解く力”があるんだって。ここに尋ね人が来るかも、って。この手紙を読んでいるってことは、ホントの本当に、カラットが生きてるってことだよね。わたし達のこと、どう思ってるのかな。やっぱり許せないかな。ひどい裏切りだもんね……。お詫びになるかわからないけど、わたしのわがままで二つ、プレゼントを用意を用意しました』
三枚目の便箋には、その贈り物について記載があります。
「プレゼント……先ほどミラ様がおっしゃっていたやつですか」
「そうでしょうね。アンナ、例の品をお持ちして」
「はい、会長」
アンナ様が蛇体をうねらせ、応接間から出てどこか別室のプレゼントなるものを運んできます。
その合間にプレゼントの詳細を読んでいたわたくしは驚愕します。
びっくり仰天でございます。
天地がひっくり返るほどとんでもないことが書いてあるのです。
『わたしたちは冥府の七つの財宝のうち、六つを大競売で売却することにしたの。二割をミラ・ボレアス商会への手数料にして、残りの八割を“四人”で等分配だから、カラットにも総額の二割を用意しておいたの。その半分をカラットの故郷に届けて、残りを商会に託してあります。……お兄ちゃんは否定的だったけど、無理を言って、わたしとレオナードさんで説得したんだけど……。これでカラットが納得できるかはわからないけど、少しでもごめんなさいって誠意を見せられるかな……?』
誠意!
これはもはや誠意大将軍でございましょう!
まぶしい、金銀財宝よりもまごころがまぶしい……。
パトリツィア様のお心遣いにわたくし、目頭が潤んで参りました。
冒険者の仲間割れ、報酬分配でトラブルを起こして殺し合ったという事件をたまに聞くほどに、人間というものは金銭への執着から身を滅ぼしがちなものとわたくし教わって参りました。
それにパトリツィア様は兄妹でなにかと苦労して育った身の上、おいそれと大金をごっそり削る決断ができるほど富裕な生い立ちではありません。
はぁ……天使すぎゆ。
わたくし元々さしてお三方を恨んでもないので、むしろ感謝の一念しかございません。
依然としてナルド様の仕打ちや思惑は不可解ながら、結果こうしてわたくし生きて帰ってきてしまったものだから殺された恨みを水に流してもよいと、甘っちょろいことを思う次第。
「さぁ、受領のサインを、カラット様」
「はいはーい♪」
書面に不備がないことを一応ちらっと確かめて、わたくしは書類に記名いたします。
そしてアンナ様が重たげに“プレゼント”を運んでくるのでした。