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B04.冒険者酒場における見慣れぬ蛮族カラットの個性的回答

 冒険者シュビタスおじさまは見るからに頑健な体つき、立ちふさがるさまはヒグマの如し。

 一挙一動を間違えてはならないという圧迫感と恐怖にわたくし、めまいがいたします。


「後ろめたいことがなきゃ堂々としてりゃいいものを、何をこそこそ企んでいやがる?」


 ここで重要なのは、シュビタスおじさまのわたくしへの対応は不当とみなされないことですね。

 不審な見慣れないものへ尋問を行おうとする自警行為をまわりは狼藉とは思いません。

 つまり、蛮族で他所者のわたくしは孤立無援の大ピンチ。


「はひ! いや、それはつまりその……!」


 いかにおしゃべり好きのわたくしとて、そう機転を働かせて瞬時に嘘八百を並べ立てることができるわけもなく。かといってじっくり考える暇もなく。

 あーでもないこーでもない。


 ピカッと閃きよ、降りてこいと願いますれど、何もないところからアイディアが湧くわけもなく。


「目的はなんだ? 他に仲間はいるのか? 答えられないんだったら……」


 仲間。

 その一言でわたくし、ピンと閃きました。


「そうです! 仲間です! わたくし、途中ではぐれてしまった冒険者仲間を探しているのです!」


「ほう、そいつは蛮族か? 人間か?」


 食いついた。

 このシュビタスという御仁はわたくしの挙動不審を怪しんでいらっしゃる。

 ここで嘘偽りばかりを並べ立てれば容易に見抜かれるでしょうが、大半を事実で占めれば立て板に水を流すが如く、わたくしはすらすらと答えることができましょう。


「第二級冒険者、精霊剣士のナルド・ヘラクレイデス。その妹君、神官のパトリツィア・ヘラクレイデス。エルフ族の真理魔法使いレオナード・ルカニス。このお三方でございます。こちらの都市に来ているのではないかと噂に聞き、はるばるとヤッてまいりましたものの、皆様お楽しみのところ後夜祭に水を差すのも忍びなく、他の施設を当たろうと酒場を後にしようとしていたのでございます」


「……ふうむ、おい、誰か聞いたことはあるか?」


 シュビタスの問いかけに、騒動を見物していた聴衆の皆さんは誰も首を縦に振ってくださらず。

 と思いきや、先ほどのコボルトの給仕さんが証言してくださいました。


「その方達でしたら、二日前にこの店を利用してらっしゃいます。なんでも、昨日の本祭にて行われる大競売に出品するために来訪しているとおっしゃっていました」


「大競売!? まさかオークションってことでございますか!?」


 ああ、なんてことでしょう。

 まさか冥府の七つの財宝をオークションに出品していただなんて。

 財宝の反応がよくわからない状態で消えたり分散しているのは、よもや競売のせいだったとは。


「わたくし旅半ばではぐれた挙げ句、冒険の分け前をもらい損ねているのでございます! なんだ金目当てかとおっしゃるなかれ! わたくし生まれ故郷の片田舎、アルフィン川の上流にある村落の出自にございますれば、昨今故郷の不作苦境にあって一助になればと冒険者になり故郷へ仕送りする身の上! どうかどうか銀貨金貨の得難き機会を逃すわけに参らぬ事情おわかりいただけるでしょうか! 越冬のたくわえなくば老いも若きもはらぺこりんのばったんきゅーでございますゆえ!」


 すらりすらりと次から次にわたくし朗々と大声で語ります。

 まさか冥府の使いだとは言えずとも、故郷に仕送りたいのは本心ですので堂々と話せました。


 聴衆の反応は十人十色。

 芝居がかった物言いを怪しまれたり、素直に親孝行だ良いやつだと認めてくださったり。

 懐疑一色の出だしに比べればずっとわたくしの印象は上向いている様子。


「……その言葉が本当かどうか、試してやる」


「ひっ」


 シュビタスのおじさまは鞘より無骨な両刃剣を抜き、ゆらりと構えて、切っ先を突きつけます。


「な、何をなさるので……?」


「斬ればわかる」


「きゃぴーーー!?」


 いやいや冗談ではない。

 一体そのバカでかいモノで何を試そうというのでございますか。

 わたくし心当たりはあります。こうした一連の流れは、度胸や覚悟を試そうというやつで、堂々とした立ち振舞を見せつけてやれってやつでしょうが、左様な理屈わたくし飲み込めません。


「鳥刺しはイヤでございます~!!」


 逃げ場なし。対処法なし。であればわたくしにできることはひとつ。


 土下座。

 三つ指折って、懇切丁寧に全力土下座してしまいます。ああ、冷たい木床でおでこが涼しい。


「どぉーーーーか! おゆるしをー!!」


「なっ」


 そして面を上げて、困惑するシュビタスおじさまや聴衆に訴えかけます。

 わたくしの哀れさと情けなさを。


「うら若い乙女が大傷負って出稼ぎから帰った日にゃ故郷のおとっつぁんおっかさんが悲しみます! どうかお見逃しを!」


「うぐっ……」


 ここは大賑わいの酒場、聴衆の注目が集まる中、なにより物を言うのは場の雰囲気と心得ます。

 気づいてみれば、他所者の不審な蛮族と問い正す冒険者という悪と善の構図は逆転しております。

 無論、無策ではないのです。


「ああ、シュビタス様の素晴らしい太くたくましい豪腕を振り上げられますと! わたくし恐ろしくて恐ろしくて心の臓が止まってしまいそうでございます! このご立派で雄々しい剣で貫かれた日には、もう……! ああ、どうかそれだけはおゆるしを!」


 わたくしの魅了する魔声は、これほど人が多くては一人ずつには微々たる影響しかないでしょうけれども、それでも朗々と集中して言葉を聴いてもらえれば若干の影響がございます。


 いや、仮に影響がない人が多かったとしても、少人数でも好意的にみなしてくださる方がいれば、オセロの盤面の白黒のコマがひっくり返る布石にはなるものです。


「ほらほらシュビタスの旦那、ごめんなさいするなら今のうちですよ」


「……すまなかった」


 給仕のコボルトにたしなめられて、シュビタスは大きな体躯を小さく丸めて謝罪した。

 強情に意地を張ったり、居直ったりもできたでしょうに。なかなか根はいい人なのやも。

 シュビタスおじさまは手を差し出して、わたくしを引っ張り上げてくださいます。


「どうかお気になさらず。シュビタス様、あなた様のおかげでわたくしはこの場の皆様にこうして自己紹介をできる機会に恵まれました。物怖じしてこそこそしていたわたくしも悪うございます」


「変わったやつだな、お前さん……」


「そんなことより!」


 わたくしは陽気に努めて、元気に努めて、素敵に努めます。

 吟遊詩人らしくリュートを弾き鳴らして、この酒場の中心で愛を歌いましょう。


「場をお騒がせしたお詫びにここはひとつ、後夜祭に音楽を捧げましょう! 盛大に!」


 さぁ、つまらないいざこざなんてリズムに乗っておさらばポイでございます。


「響け! 雪風に乗せて!」


 えっへん、これぞわたくしの生存戦略にございます。

 こうして後夜祭で盛り上がる酒場でのいざこざを無事に回避したわたくし。


 吟遊詩人らしく歌い奏でてごまかして、ついでに酒と音楽でゆるんだ方々相手に情報集めをいたしますれば、ひょっこりでてきた有力な手がかりをひとつ掴みます。


 オークション主催であるミラ・ボレアス商会を訪ねれば、冥府の七つの財宝の買い手がわかる。

 わたくしに船とはこのことでございますね。

 ……あ、渡り鳥に船でしたっけ。

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