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B04.冒険者酒場における見知らぬ蛮族への一般的対応

 えっちらほっちら雪風越えて到着したのは冠雪の山麓都市ボレアポリスでございます。


 四方八方を山々に囲まれた山の麓にあるちいさな都市国家は夏は涼しく、そして冬は雪まみれ。しかし寒さに凍えて過ごすわけではなく、豊富な山林のおかげで燃料には困りません。


 ちなみにわたくしの知る多くの国々はもっと温暖な気候下でして、たまに雪が降るのはめずらしい

ことであったりします。平地や島にある主な国々では雪はまれなのです。


 家々の煙突からもくもくと登る白煙と屋根に積もった白雪こそ、ああ、ボレアポリスの冬景色。

 北風と共生する人々ののどやかな暮らしぶりがよくみてとれます。


 ――等と旅の情緒に浸るのは、暖を取ってからにせねば道中の寒さにわたくし凍え死にそうです。

 このままでは冷凍カラット・アガテールのできあがりにございます。

 なに? 夜食に便利そう? 失礼な! あっためてもわたくし調理済みではございませんからね。


「ううう、さむぴゃいっ!」


 ボレアポリスは都市と申せども、他の大都市に比べるとさほどではない山間の街でございます。


 じゃあ何をもってして都市とみなすかといえば、この場合、工芸や娯楽、芸術の充実ぶりでしょうか。都市ではない村落はおおよそ農業や牧畜など食料生産の比重が高いものです。そうして食料に余裕が生まれると、今度は食料調達以外のことを生業にして食い扶持を得る選択肢ができます。


 わたくしのように冒険者兼吟遊詩人なんて職業の手合が生きていけるのは一定の豊かさのおかげ。

 そして都市と呼ぶに値する場所には、必ず、来訪者を歓迎してくれる商店がございます。


「ああ、恋しや酒場~♪」


 わたくしは大通りの酒場へとふわりと降り立って、活気と暖気に誘われて脚を踏み入れます。

 おっと衣類の雪を払い落として、それに翼も目立たないように外套に隠しておきませんとね。


 都市はよそものに寛大ですが、見知らぬ蛮族にまでは寛容とは限りません。

 それこそ運が良くても、酔っぱらいに酒のひとつでもぶっかけられる覚悟をせねば。

 いやはや、人のぬくもりどころか暖炉のぬくもりさえもなんとも得難いもので困ります。


「し、失礼いたしま~す」


 おそるおそる断熱用の二重扉をくぐって大きな酒場に入ってみれば、おやまぁ。


 ぽっかぽかのワイワイでございます。

 暖炉に飽き足らず、薪ストーブも配置された酒場には大小のテーブルが数えるのもめんどうなほど並んでおり、その八割の席が昼間のうちに埋まっているのですから大賑わいという他なし。


 これだけ人が多いとなれば、わたくし一人だけが特別視されずに済むというもので。

 ちらと見やれば、人ならざる客人は両手で数える程度にはいらっしゃいました。


 特筆すべきは愛くるしき犬獣コボルトの皆様でしょう。

 わたくしと同じ名誉蛮族であろうコボルトの皆様方、給仕係として働くものが二名ほど、逆にお客さんとして歓談や飲み食いに興じるものが数名いらっしゃる様子で場に馴染んでおります。


 給仕のコボルトさんはくりんと巻いたふかふかのしっぽを右に左にふりんふりんと振って、二回りほどちいさな子供じみた背丈をものともせずにお盆に載っけた料理を配膳しております。

 ぽてぽてと肉球のついたちょっと短い脚で歩き回るさまは眺めていてなんとも癒やされます。


「おまちどうさま! シュビタスの旦那、これでおかわり何杯目? 昼間から飲みすぎないでね」


「へっ、いいじゃねえか、まだ今日のうちは後夜祭なんだからよ」


「そうですか、でもいざって時に剣が振るえないんじゃ冒険者の名折れですよ」


「わーたわーた気をつけるよ」


 コボルトの給仕さんと慣れ親しんだやりとりをしてるのは地元の冒険者のおじさんですかね。

 この冒険者、熊のような体格の良さに太くたくましい腕、上質な武具防具を携えております。人は見かけによらぬもの、といいますがこれで見掛け倒しということもないでしょう。


 しかもこの熊男、他に仲間らしき冒険者らと一緒に飲んでいるとあって、いささか危険です。

 もし機嫌を損ねることあらば、たちまち囲まれて叩きのめされかねません。


 森でクマに出会うのと酒場で冒険者に出会うのは同じと心得るべきです。

 ああ、失礼、いきなり何をそんなに過剰に警戒するのかと疑問を抱かれる方もいるでしょう。


 わたくしの場合、何度かそうした痛々しい経験がありまして……。

 一目散にこの酒場を後にしたところで寒空の下で凍える他なく、ここはこっそり気づかれないように暖を取り、なにかあたたかなものを注文せねば。


 こっそり、こっそり。

 どうにかこうにか抜き足差し足忍び足でカウンター席の端に座り、わたしは店員に注文を。


「すみません、ホットシナモンティーとメープルサンドを」


「はいよ、ついでにジャガオムレツはどうだい?」


「あ、それも!」


 こうして届きましたるは熱々で香り高いお茶、樹木の蜜と干しリンゴを挟んだピタパンサンド、じゃがいもとたまごのオムレツと少しばかり値の張るなかなかの昼食でございます。

 薪ストーブの暖気を外に、シナモンティーの温かさを内に感じて、はぁ、生き返った心地です。


 幸い、店員さんは繁盛ぶりもあって余計に話しかけてくることもなく、平穏そのもの。

 まさに憩いの一時でございます。


 あまじゅっぱい干しリンゴにこれまた甘いメープルシロップのピタパンサンドなんて背徳的な美味しさでございますが、なんだか今日は後夜祭とやらで皆様ごちそうに舌鼓を打っております。

 鶏卵のクリーミーなコクと甘さにじゃがいものホコホコ感、このオムレツもまた格別で……。


 え、共食い? いやいや、仮に共食いだとしても鶏だって無精卵は食べるのでセーフです。


 カラダもぽかぽかポンポンもふっくら。

 英気を養ったところでいっそこのまま後夜祭とやらにかこつけて飲めや歌えやの賑わいにまじりたいところでございますが、そうは冥王が許さない。

 わたくしには冥府の七つの財宝さがしという使命があることを忘れてはなりません。


「はてさて、どう探したものやら……」


 この酒場では不用意に冥界の魔法道具なんて取り出せないので冥府音も使えません。


「偉大なる北風の神ボレアスに乾杯!」


「凍え死んでも気に病むな! 我らがボレアスの贄となるは栄誉なり!」


「うおおおおーーーっ!」


 寒さなんてへっちゃらだぜ、と意気込んでいる謎の酒場の盛り上がりもどうやら後夜祭絡みの様子。

 この山麓都市ボレアポリスはその名のごとく、祭神として北風の神ボレアスを祀っていることで有名でございます。都市の中心には当然ボレアス神殿もあり、きっと大賑わいなことでしょう。


 もしやボレアス神殿に冥府の七つの財宝の手がかりがあるのでは、なんて考えながらまた抜き足差し足忍び足でこっそりと店外へ出ようとしますれば、すわっ。


 荒熊の冒険者、シュビタスのおじさまが赤ら顔でとおせんぼなさるではありませんか。

 ある日~♪ 酒場の中~♪ くまさんにであった~♪ と歌っていられる場合ではございません。


「よぉ……。どこ行くんだ、蛮族」


 シュビタスのおじさまは酒気を帯びてこそいても、足元はふらついてもおらず、眼光はぎらり鋭く。

 まだ抜剣こそなさっていませんが、応撃の準備は万全でしょう。


 さぁ~っとわたくし青ざめます。

 不死鳥だ冥府の使いだと言ったところで、所詮わたくしは駆け出しの第三級冒険者にしてはぐれ名誉蛮族ですので、このまま難癖つけられて殴る蹴るされたって逃げ場も味方もないのでございます。

 ああ、どうしたことか。

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