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A01.いざ対決! 冥府の番犬ケルベロス!

 さてもさても皆さま、今宵この場にようこそお集まりくださいました。

 これより神語りますのはわたくし、カラット・アガテールのふしだらでコッケーなるおはなし。


 冥府と夜話、女神と艶事、財宝と冒険、とりとめのない鳥と女のはなし。

 かしましくも一時、ピーチクパーチクさえずらせていただきます。




◇ 

 物語るは青銅の時代、まだ神話と分かたれていない人間の世界――。


 神々の大いなる戦いは過ぎし時の彼方、今や唄われるべきは英雄たちの冒険譚でありましょう。


 地上の人々は新たな英雄を夢見てやまず、迷宮や魔境に冒険と財宝を求めてやまず。

 まさに剣と魔法のファンタジーを思い描いていただきたく。


 さて、今、わたくしが対峙いたしますはダンジョン奥底の宝物庫を守護する番犬にございます。

 その名も冥府の獄犬ケルベロス。


 ケルベロスと申しますれば三ツ首の巨大な番犬にございます。

 ケルベロスの前脚がひょいと一振り地を薙げば、鎧兜を纏った屈強な戦士も一撃必倒がことわり。


 それを証明しまするは、勇敢にして無謀なる哀れな冒険者の皆様の白骨死体にございます。

 この強大なる魔獣に真っ向勝負を挑んで打ち勝てるのは、一体いかなる英雄でありましょうや。


 さてはて、この難問。

 力技より知恵でどうにかするのが上策にございますれば、ある冒険者一行はこう考えました。


『ならば三ツ首とも眠らせてしまえばいい』


 かくして名誉蛮族の有翼人の少女、不詳わたくしカラット・アガテールに白羽の矢が立ちました。

 冒険者一行に雇われたわたくしは今よりこの強大なる魔獣を見事に攻略せねばなりません。


 ああ、なんと心細いことか。

 朗々とこの繊細な心中を語れども、わたくし、たかが【第三級】冒険者に過ぎません。

 ぴよぴよひよこアドベンチャラーでございます。


 ご清聴の皆様におかれましては、どうか、格別のご声援のほどたまわりたく存じます。


 さて、さて。

 魔獣ケルベロスへ辿り着くまでには山あり谷あり宝あり。

 わたくし若輩者にございますので、ここまでの道のりはもっぱら仲間である冒険者のお三方頼み。


 剣を振るえば美技がきらめく色男、精霊剣士のナルド様。


 美人薄命を戯言にする長命長駆の長耳エルフ、真理魔法使いのレオナード様。


 めちゃくちゃかわいい超好き愛してる結婚して、わたくしの嫁ことパトリツィアちゃん。


 新進気鋭の【第二級】冒険者のお三方のおかげで今に至ります。


 ここで長々とお三方の活躍と人となりを語りたくはありますが、そう、とりわけ神官乙女であるという大事なことを言い忘れていたパトリツィア様については口惜しい限りでございますものの、これより挑む難敵の前に語りの猶予もわずかばかりにございます。


 幸いにして、魔獣はまだわたくしに襲いかかってくる素振りはございません。

 それと申しますのはわたくしが名誉蛮族の有翼人であるおかげ。


 そも蛮族とはなにかといえば、古の時代、怪物とされた異形の神々の眷属や末裔たる種族のこと。

 蛮族、バルバロス――。

 そうした忌み嫌われたり恐れられたりする怪物に連なる異形の者共の端くれがわたくし。

 地上で繁栄を謳歌する神々に愛されし人族の皆さまとは本来、相容れぬものとされておりますが。


 名誉蛮族とは、地上の人間社会に共存するちょっとややこしい立場の怪物の末裔なのです。


 ダンジョンに召喚された魔獣ケルベロスはなんともはやお利口さんなために、わたくしのような卑しい魔物の類は同じダンジョンの住人とみなして即座には襲いかからないのだとか。

 されとて安心しようもございません。


 あのケルベロスの大牙からこぼれる、毒々しいよだれをご覧ください。

 冷たい石床にぽたりと滴り落ちればたちまち猛毒の瘴気に早変わりするのでございます。


 しかも怒り狂えば轟々と灼熱火炎を撒き散らすというのだから、ああ、おそろしい。

 わたくしのような鳥もどき、たちどころに焼き鳥になりましょう。


 ええ、美味しそう? いやいや、猛毒の瘴気がくっついてきっと食えたものではございません。

 わたくしのことをよだれ垂らして見つめるのは美女と魔獣だけでご勘弁願いたく。


「……怖気づいたならやめてもいいんだぞ、カラット」


「あ! やります! やらせていただきますとも!」


 ナルド様のなんとお優しいことか。

 眉目秀麗にして文武両道、剣魔両刀のナルド様はパトリツィアちゃんのお兄様でありますれば。

 そう、ともすれば、わたくしの未来の義兄になりうるお方にございます。


 この冒険者一党をまとめるリーダーの彼に勧誘されたわたくし。

 地位と名誉と金銀財宝、己の才覚一つで欲しいものに手が届きうる冒険者という生業。わたくしは魅力を抱きつつも所詮は名誉蛮族という卑しい身の上とあきらめておりました。


 しかし、困窮する故郷を助けるべく大金を仕送りしたいわたくしには渡りに船もいいところ。


 されどもわたくしごとき蛮族に、と勧誘の一声をお断りしようと考えておりましたところ、愛くるしく尊き乙女パトリツィア様に一目惚れしてハイやりますと快諾。

 ここでやめては女が廃ると心得ますれば、義兄と嫁に良いとこみせようと張り切って参る所存。


「ら、ら、ら~……」


 喉は快調、声は朗々。おびえる鼓動も勇み太鼓。

 吟遊詩人の得物たる楽器リュートを携え、ぽろんぽろんと弾き鳴らし。


 わたくしは一世一代、そして一声一大に呪歌を奏でたのでございます。


 心安らか、眠りはよいよい。

 小川のせせらぎ、地獄に夢枕。


 魔獣ケルベロスをまどろみへといざなうために、一歩ずつ歌い奏でて歩み寄ります。


 十歩進んで夜語り。

 百歩進んで夢語り。


 夜の神ニュクスと眠りの神ヒュプノス、そして夢の神オネイロスのご助力に感謝いたさねば。

 ケルベロスの三匹なかよく寝息を立てるさまは地獄の番犬も子犬が如く、ああ、愛くるしや。


「……よくやった、カラット。今のうちに宝を回収する、急ぐぞ」


 いつ目覚めるともしれぬケルベロスがために、わたくしは睡魔の呪歌に専念する他なく。


 ナルド様、レオナード様、パトリツィア様のお三方は慎重に宝物庫へと入ってゆきます。

 レオナード様は宝物庫の扉や宝箱を前にすれば、鍵いらずの魔法であれよあれよと見事なお手前。


「迷宮離脱の魔法陣を用意しておいたよ。予定通り、事が済んだら全員これで脱出しよう」


「流石だなレオナード、やはりお前は頼りになる」


「ナルド、君の采配あってのことさ」


 等となんともいえぬ雰囲気で見つめ合う美男子がふたり。

 何を隠そうこのふたり、薔薇咲き乱れる相思相愛の仲にございます。


 男は男、女は女と恋するべきと申せし貴婦人の格言をどこぞでご存知ありますでしょうか。


 わたくしとしては何ら不都合はなく、微笑ましく見守っている次第にございます。

 かえって愛しのパトリツィアちゃんとの将来のためには好都合というものです。


「やったね、カラット!」


 かっわいい。


 はぁーーーーーーーんっ、かわいいっ。

 いやさ、天真爛漫天使の笑覧、聖少女パトリツィア様のご尊顔が華やぐとわたくし心が潤います。


 銀糸の御髪、白磁の素肌、清廉楚々なる神仕えの白衣。

 そして口を開かば小鳥のさえずりにございます。


「すごいよ、かっこよかったよカラット!」


 はぁ……。

 ちょっと語りをやめて、深呼吸をひとつさせていただきたく。


 はぁ……。すぅ……。はぁ……。


 わたくしは今、まさに有頂天でございました。

 ああ、惜しむらくはこの気持ち、いまだ伝えきれずにいることでございます。


 まだ出逢って日が浅く、そしてわたくしは名誉とつけども蛮族に他なりませんゆえ。

 愛よ恋よと詩を奏でさえずることが日々の生業だとて、愛しの人にささやく勇気がまだ足りず。

 わたくし、とんだ臆病者チキンにございます。


『グルル……』


 三ツ首がかわるがわるに大あくび。

 まどろみよりの目覚め、猛毒の寝よだれが地に滴って瘴気と化します。

 お見事なるかな伝説の魔獣、わたくしごときの呪歌に永遠にはうたた寝なさるほど甘くなし。


「わ、わ! 大変だよ“お兄ちゃん”! ケルベロスがもう起きちゃった!」


「撤収するぞ、さぁ! 魔法陣の中に来い、パティ! カラット!」


「急げ、パトリツィア! カラット!」


 いそげやいそげ。

 レオナード様の魔法陣が煌々と紋様を光らせ、脱出するその時に備えております。


 わたくしは有翼人らしくぴゅんと素早く風を切り、魔法陣の光の中へ。


 ぐるるがるると猛る吠える。

 ケルベロスは灼熱火炎の吐息と猛毒地獄の吐息を二口につがえて、構えまする。


 地獄の一矢が今撃ち放たれんとする刹那。


 これから栄光と財宝を手にわたくしと冒険者一党が脱出をせんとする刹那。


 そう、この時に。

 わたくしは手酷い裏切りに合ってしまうのでした。


 ああ、なんたることでしょう。


「――死ね、蛮族」


 わたくしの両翼を切り裂いたのはナルド様の、あの心優しき義兄の剣でした。

 一瞬の出来事にございます。


 とっさにどうしてと振り返ってみれば、レオナードも愛しのパトリツィアも驚愕の限りで。

 わたくし、バカげたことにこう考えてしまいました。


(ああ、あなた様おひとりだけでよかった……)


 魔法陣の外へと追放されたわたくしを待つのは不可避の死のみにございます。

 偉大なる魔獣の吐息を浴びて、ちっぽけな小鳥が生きて帰れる道理もなく。


 これを絶望といわずしてなんとするやら。

 そういう状況であるにも関わらず、それよりわたくし、うれしいことがございました。


「カラット!!」


 とっさにわたくしの名を呼んでくださるのです。

 たとえ届かずとも、手を伸ばしてくださるのです。


 やはりパトリツィア様は愛しき天使であったという一点のみで、わたくしは――。

 一縷の希望を抱いて、この世を去ることができたのでございます。








 おや、困りました。

 これではせっかくご清聴ご声援いただいた皆様に申し訳が立ちません。

 ああ、わたくし不徳の限りにございます。


 なに? 茶番はいい? 早く本題に入れ?

 いやはや、先刻承知でございますれば、もったいぶらずに語りをつづけさせていただきます。


 つきましてはこれより語るはわたくし、カラット・アガテールの物語にございます。

 どうか、末永くお付き合いくださいませ。

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