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異世界転生者は誰だ?  作者: 羽犬塚 三郷
第一幕
5/5

奴隷1

「何回言ったらわかるんだ。この馬鹿トカゲ!まっすぐ牽けって言っとるだろ!」


 農場に何度目かわからない怒号が響いた。農場の主ダリオは杖でボコボコと竜人族の奴隷の一人を殴っている。硬い鱗で覆われてるのでおそらく痛みはないのだろうが、表情の薄い竜人族といえど目には怒りの表情が見える。もう一人の竜人族の奴隷は何とも言えない表情で主の怒りが収まるのを待っている。まあでもこれは長くなるなぁと他人事な感想を抱いた。別に私の仕事には関係ないので牽き車が通れない畦畔のギリギリを鍬で掘り起こす作業に戻った。これも畦畔に沿って綺麗に真っすぐに起こさないとダリオに殴られるので、細心の注意を払いながら鍬を振り上げる。隣の農場主の奴隷が何も考えていないアホ面で鍬を振り上げているのを見るとなかなか腹立たしくはあるが、主は自分で選べないし実入りはいいので、この不満は今一時的なものだ。『性格以外は完璧なダリオ』というあだ名はかなり的を得ていて、本当に言葉と性格が悪いのだ。奴隷達どころか同じ農場主達からも嫌われている。人を馬鹿にした言動、すぐ手が出る、無愛想な態度と対人関係に難はあるのだが、農場経営の手腕は老舗の農場主も舌を巻くほどで、たった一代で手持ちの荒れた田畑を5倍近くまで広げた。おかげで金銭面での手当は奴隷たちの中ではトップクラスにいいと評判だ。そんなこんなで牽き車の前まで田を起こし終わった。まだダリオはわんわん怒鳴っている。その時間でさっさと車牽きゃあいいのに。


「いいか!車が真っすぐに引けないと起こした場所に隙間ができるだろ!そしたらその場所をまた牽きなおさなきゃいかんくなるだろ!わからんのか、このトカゲの小さな脳みそには!」

「あの、もういいですではないですか?彼も経験少ないですですし、わたし言いますですから。」


 もう一人の竜人族がダリオを宥めているが、全く聞く耳を持たない。先輩竜人族の名前はジャジャといい、ニブルヘイムという北の国から来た奴隷でもう二年近くなる。独特の訛りはあるが、かなりこちらの言葉が上手いほうだ。もう一人の竜人族は不満がさっきより膨れ上がっているのか、尻尾をブンブンと左右に振っている。新人竜人族がなにかよくわからない言葉を呟いている、ジャジャはそれを聞いてまた複雑な表情になった。おそらく母国語で不満を言っているのだろうが、ジャジャはそれを通訳することなく保留している。


「おいジャジャ、この馬鹿何言ってんだ?」

「ご主人、ググは分かりましたと言います。大丈夫です。」

「絶対言ってないだろこいつ!かばうならお前も許さんぞ!」

「かばっているではないです。本当です。」

「だんなぁ、もうよくないですか?起こせてないとこは私が起こしますし、そんな言い合いしてる暇あるなら牽き車先に進めないと日が暮れますよ。」


 しばらく静観していようと思っていたがジャジャの困った顔を見て思わず口を出してしまった。ダリオは怒り冷めやらぬこちらを向いた。


「女は黙ってろ!」


 んー、取りつく島なし。いつもはもう少し話が通じるんだけど、怒ってるときは全く会話にならない。下手すると本当に日が暮れるまで怒り続けてるだろうし。


「ジャジャ、しばらく休憩しよう。これまだ長くなるよ。」

「でも姉さん、大丈夫ですですか?」

「いいよいいよ、いつものことでしょ?」鍬を担げて納屋の方に振り向いた。「気にしないの、日陰で休んでよう。」


 ジャジャと会話している間もダリオは何か喚いていたが、まあ無視していい。あれは別に聞いてほしくて言っているわけではないのだ。現にダリオは私を追いかけることもなく、その場で腕を振り上げながら意味不明な言葉を発しているだけだ。ジャジャも後ろを気にしながら私についてきた。2年もいればダリオの扱いにも慣れてくるのだろう、怒っているのはその場だけで意外と尾は引かないタイプなのだ。近くの水路で靴と鍬を洗い、ついでにジャジャの体も洗ってやる。馬毛のブラシで鱗に詰まった泥を落としているやると気持ちよさそうに体を震わせた。納屋にかけてある布切れで水気を取って、ベンチに腰かけた。ジャジャもすごすごと私の隣に腰かける、ベンチはミシミシと軋んだ音を立てていた。


「ググは大丈夫ですでしょうか……?」自分もさんざん被害を被っていたのに後輩の心配から入るとは何て優しい子なんだろう。「彼はニブルヘイムからインフェルノに来て間もないですだから、霊人族に対して敵対的ですだと思います。」

「んー、ニブルヘイムの方は結構酷いみたいだからねぇ……。」


 ニブルヘイムはインフェルノの北に位置する国で、霊人族の支配が強い国である。霊人族以外はほぼほぼ奴隷か野盗になっており、過激な地域だと害獣扱いされているところもあるぐらいだ。それに比べるとインフェルノは比較的種族間差別が少ない。一応王族が霊人族なので霊人族が強い地域ではあるが、聖女教の影響で多種族平等の理念が浸透している。ニブルヘイムからは多くの魔人族や竜人族が流れ込んできており、特にここ、インフェルノの首都コキュートスでは職を求めて自ら奴隷になる人が多い。ジャジャも命からがらこの国に逃げてきた一人だ。


「ググのいた所は中でも酷いところですですから、ご主人でも温いくらいです。」

「はー、それじゃあなんかあんなに怒りを露わにしなくてもいいと思うんだけど。」私はググの態度を思い出しながらそう言った。「あれで説教が長引いてるところはあると思うし。」

「ググはご主人を舐めているです。」ジャジャは目を細めて舌を出す。「故郷では言葉で説明されないですよ、動物と同じ扱いなので痛みで教えますです。鱗を剥がれたときの痛みと言ったらもう……。」


 ジャジャは大げさに自分の肩を抱いて身震いした。知り合った当初は全く喋らないしリアクションもなかったのに、よくまあ饒舌で表現豊かになったものだと感慨に耽る。


「話変わるけど、ジャジャは今年もこの農場?」

「そうです。ジャジャは今年もここです。」ジャジャはため息のような仕草をする。「仕事はきついですですけど、お金いっぱい貰えるですから。姉さんもですですか?」

「まあ、もう8年になるし。今更他のとこもねー。」

「うへぇ、8年ですですか……。よく精神が持ちますですね。姉さんぐらいになるともう自分で自分を買い戻せそうですですけど。」

「いやいや、意外と出費も多いのよ。大体買い戻せたとして一人になっても稼げないし、お金持ってても奴隷のままでいる人も多いのよ。」

「そうですですか。」そういう考えもあるのかと、ジャジャは目を見開いた。「しかし、不思議な制度ですですね。ニブルヘイムの奴隷とインフェルノの奴隷は考え方が全然違うですですね。」


 それはそうだろう。インフェルノの奴隷制は本当の意味で奴隷とはいえない。まず、身請けをされない限りは決まった主は存在しない。奴隷は年間契約でその年の主が決まり、複数の指名があったときは奴隷側に選択権がある。身請けに関しても奴隷側に拒否権があり、複数の指名を同時に受けることもできる。奴隷たちは奴隷宿舎という共同の住まいがあり、年間の契約費から最低限の衣食住が引かれ、その残額が奴隷本人に配当される。奴隷が私財を築けるのは、世界広しといえどここだけだろう。奴隷が働く酒場で、奴隷たちがへべれけになっているのはジャジャからすれば不思議な光景だったに違いない。


「ジャジャ、それは少し違うよ。」少し体を倒してベンチの縁を掴む。「インフェルノじゃなくてコキュートスだけだよ、この奴隷制は。」


 変わったのは10年前、それまでコキュートスは他と変わらない普通の都市だった。








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