冒険者ギルド2
夢を見ている
明確に夢だと理解できるのは、自分の記憶にない場所、状況、そして知っているシュチュエーション、演劇で観たことがある。
燃え盛る炎と無数の死体の山、本当にそれ以外周囲に見えない。もし、これが現実で実際にここにいるのなら、おそらく即死しているだろう。地面に散らばる死体は時折り発火し、瞬く間に炭化する。その中心に赤い塊が見える。4mを越える体躯に鋭い牙、大の大人が両肩からぶら下がってるような巨大な腕、火よりも赤いその肌はおおよそ人間には見えない。そして右手には燃え盛る炎を纏った輝く剣を持っている。
あれは魔王、僕ら霊人族を滅ぼそうとした魔人族の王である。
これが演劇であるならば、これは霊人族と魔人族の最終決戦のはずである。振り返ると場違いに白い女が涼しげに歩いている。肌から髪まで真っ白に輝いており、白いローブからはさらに真っ白な白い足がチラついている。女が歩いた足跡からは、草花が一瞬で芽生え、即座に枯れてゆく。
聖剣の聖女、魔王を討ち倒した僕ら霊人族の救世主。
伝承によれば光輝く聖剣を持っているはずだ。はずなのだが、その右手に握られているのは白い小さな手刈り鎌だ。まるで稲刈りに出かけるような軽やかな足取りは、徐々に目で追えないほど速くなる。そして次の瞬間には姿が消える。
魔王の腕が吹き飛ぶ。鼓膜どころか炭化した死体を粉塵に変えるほど雄叫びを挙げ、赤い大剣を振り払う。大剣は虚空を空振ったように見えたが、悲鳴と共に何かが空から落ちてきた。
足、というか下半身だった。地面を何回か跳ねたあと、下半身は発火し次の瞬間には炭に変わった。見上げると上空には回転する上半身が飛んでいた。
夢のはずなのに、都合の悪い夢だな。聖女様ではなく魔王が勝つ夢を見るなんて。
そう思っていたが、空から溢れる哄笑に空を見上げる。
聖女の上半身から、勢いよく骨が生え、血管、筋繊維が順に再生し、最後には肌で覆われた。その光景に目を奪われていると空中からまた姿を消した。地面を揺らす咆哮に、再び魔王に目を移すと丁度もう一本の腕が血煙に変わっていた。
鎌を振り回しながら聖女が死体に着地した。脈打つように草木が咲き乱れ、足元から順に散っていった。
同時に魔王の傷口が炎に包まれたと思ったら、剥き出しの腕が再生していた。
ふふ、と囁く様な微笑みはやがて獣を狩る下品な笑い変わる。白い歯を剥き出しにしながら笑う女に魔王も答える様に咆哮を返す。双方の両目には深い憎しみと涙が溢れていた。
長く続く戦闘は狂った笑い声と飛び散る血と肉、内臓、骨、頭、目、脳漿。最初にあった死体の数より多い肉片が溜まるほど、何時間、何日、何ヶ月、何年。
これは、人間の戦いか?いや、本当に生物の闘争なのか?
まるで、2人とも
「起きなさい、この馬鹿ちん」
急に意識が引き戻される。顔の前に女の顔が見える。綺麗な女性だなぁと思っていたが、こう近くで見ると眉間の皺と薄いほうれい線がよく見える。とんがり帽子のおばさんはそのまま僕の耳を引っ張り上げた。
「あんた今失礼なこと考えたね、顔を見ればわかるんだよ。」
そのまま数秒耳を引っ張り上げられ、椅子に投げられた。魔女のお姉さんは反対側の椅子に座った。周りを見渡すと、正面に魔女、左の大きい机に禿頭のおじさん、そして右には僕の甲冑が丁寧に積んであった。
「は?え、ちょ!」急いで兜を探して被り直す。「な、なにするんですか!?」
「何って、慣れない鎧で転んで頭打って気を失ったアホを介抱していたのよ。」
「なんで鎧を脱がすんですか!」
「何よ、別に醜男ってわけでもないんだから恥ずかしがらなくてもいいじゃない。」
「これは、これは必要なんです!」
「あと、その鎧は金物屋に売りに行くわよ。あんたがそれを着るのは10年早いし、多分一生必要になることはないわ。」
「そんな、勝手過ぎますよ!なんの権限があってそんなことを!」
「あんた、さっき私の指示にはなんでも従うって言ったじゃない。」
「いや、そんなこと……、言ったかもしれませんが……」
「言うこと聞かないなら」下を指差しながら言葉を続けた。「出て行ってちょうだい」
言葉に詰まる。子供のころから鍛冶屋に並んでいた鎧を我慢して我慢してようやく買ったのだ。ほかの冒険者は貧相な革のぼろで纏っている中、僕はこれでスタートダッシュをきれる。そう思って子供の頃から計画的にお金をためていたのに、でも、こんなところでくじけるわけには……。
「鎧は……持って帰ります。せめて兜だけでもダメですか。」
「その兜が一番問題なのよ、あんたよく階段上ってこれたわね。」
「鎧を着て、色々訓練してきましたから。だから大丈夫で――」
「その視界の悪い格好で転んだらうちの可愛い受付嬢がぺしゃんこになって死ぬんだけど。そんな全身凶器を着込んでよく人の隣に並んで歩こうと思ったわね」
もう詰まるどころか、次の言葉が全く出てこない。まだ冒険すら始まってないのに心がべきべきに砕かれそうだ。気の毒に思ったのか、おじさんが咳ばらいをしながら割って入ってきた・
「まあまあまあクレアさん、いいじゃないですか。こんなに気合の入った新人君は初めてですよ!きっとすごく冒険者にあこがれてくれたんでしょう。うれしい話じゃないですか!」席から降りて歩いてきたおじさんは多分僕の胸ぐらいの身長しかなくて少し驚いた。「歓迎しますよ、トロメアくん!あぁ、私の名前はレーテといいます。総合支援課の室長を務めています。今後ともよろしくお願いします!」
人の好さそうなおじさんだ。この正面にいるクレアさんとかいうおばさんより全然好きになれそうだ。レーテさんはそのまま言葉を続けた。
「セシルくんとカナンさん、気合の入った新人が一気に二人も入るなんて今日はとってもいい日ですね!」
はっとして振り向いた。離れた席に死んだ魚のような眼をした少女が膝を抱えて座っていた。そのそばにはねじくれた杖の破片が二本落ちていた。よく見るとそれはまるで鹿の角のような形をしていて、先ほどの杖は、杖ではなく彼女から生えていた角だということが分かった。それが二本地面に落ちているということは……、そう思い彼女の頭をみてもそれが生えていただろう場所には白くて長い髪があるだけだった。おそらく、きっと目の前の魔女にへし折られたのであろう。僕と違って心どころか角までへし折られた魔人族をみると、なんだかまだマシな自分を客観視できるようになってきた。なんだかよくわからないけど、同期みたいだし、ここはきちんと挨拶をしておこう。
「あの、先ほどはすみませんでした。ぼくはセシルといいます。」右手を前に出して握手を求めた。「今後ともよろし――。」
「触るな猿人、ぶち殺すぞ」
んー。もうなんもうまくいかなそう。




