洞窟の中で
集落についたのは予定より半日ほど遅れた。
荷馬車を洞窟の入り口に着けると、中から数人の大人達が出てきて食糧や資材を中に運んで行く。山間の鍾乳石が削れて出来た洞窟の中は息が白くなるほど寒かったが、それでも外の吹雪よりは幾分かマシだった。帽子やローブに積もった雪を払いながら、私は表面の削れた岩盤の階段を降りて行く。洞窟の奥に進むと、少し広い広間がある。中央に大きな焚火がありそれを囲む様に、藁で出来た小さな寝床が並んでいる。焚火の近くで遊んでいた子供達は私を見つけると、目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「魔法使いさんおかえり、今回は遅かったね!」
「ねぇねぇ、この間のお話の続き聞かせてよ、魔法使いさん!」
「あの……ぼくは……きれいなはなびをみたい」
それぞれ思い思いの要求を告げる子供達の頭を軽く撫でながら、その奥の祭壇に足を伸ばす。石を削って出来た素朴な聖女像の前で手を合わせる。この行為に意味はない、ただの慣習というか習性というか、何かに報告したいだけなのだ。厳しく長い旅を無事に終えた事や、集落に大きな異変が無かった事への喜び、それらを誰かに、何かに、感謝したい。もはや、私がこれ以外に感謝する事はない。数少ない感情を無くさないために、私は祈るのだ。
祈りを済ませると、集落の女達が用意した少し豪華な席に着く。席と言っても、他の場所より気持ち藁が多いだけのほぼ地面の上だ。私が前回持ち帰った物資の中からこの分だけはいつも残してある事に、この集落の暖かさを感じる。パイプに火を入れ、ゆっくりと息を吐く。もの珍しいのか、子供達は空を揺蕩う煙を手で拾おうとする。女達が石で出来た食器に食べ物を並べ、荷物を運び終わった男達が床に着く。僅かな木の実と両生類の焼き物、それと前回持ってきた穀物の残り、ご馳走だ。
「魔法使い様、此度もたくさんの資材、食料ありがとうございます。これで次の冬も越せそうです。」
族長の声に無言で手を振る。この極寒の地で前回分の支給を残しながら生きていけるのであれば、それは私ではなくこの集落が優れているだけだ。実際に、私が支給を行っていた集落の大半はもうすでに無い。飢餓と争いの残り香のみを残して、誰もいなくなってしまった。
挨拶もほどほどに、楽しい晩餐会が始まる。子供達は食事前の祈りを済ませるやいなや、私を取り囲んで話をねだった。
「こら、魔法使い様がまだ食べていないでしょ」
そう大人たちが静止するのも聞かず、私の前で根を張っている。
「そうさね……」
私は何の話にしようか考える。偉大な原初の4人の話、神と魔族の戦争の話、全てを平等にした聖女の話。まぁ、この辺りで流行りの話をするのも悪くない。前に行った集落ではみんな寝る間も惜しんで聴いていた。
「異世界転生者の話をしようか」
「いせかいてんせいしゃ?」
「なにそれー?」
子供達は顔を見合わせながらお互いに確認しあう。お前聞いたことあるかと。当然、聞いたことがあるものなどいないだろう。子供の中には振り返って親に聞いている子もいるが、大人は顔をしかめるばかりだ。
「異世界ってのは、ここではない世界のことさ。」
「ここでは無い世界って?」
「外ってこと?」
外にも出たことのない子供達には、この薄暖かい炎と鍾乳石の世界しかわからない。この世界の針の一差しが彼らの全てなのだ。
「前に春や海の話をしただろう?ここではない世界には一年中春の世界や、星そのものが海で覆われた世界もあるんだ。」
「すごい!一年中春ってことは、雪も降らないってこと?」
「行ってみたいなぁ……。きっとすごくあったかいんだろうなぁ」
「そうさ、ここより良い世界に行きたいと思った者が、違う世界に転生する。生まれ変わるって事だね。一度死んだ魂が別の世界で蘇る、そういう人の事を異世界転生者って言うんだ。」
ここでパイプを一息、こうなると子供たちは自分の考える各々の世界の話で盛り上がり始める。ここで今回の話はおしまい。でもよかったのだが、今度は大人たちが続きを期待する目でこちらを見ている。彼らが小さかった時も、よく物語を聞かせたものだ。大人になっても本質は変わらない。そわそわしたり、子供にちゃんと聞きなさいと注意したり、若い大人は少しこちらに距離を詰めて座りなおしている。可愛いものだ。
「そう、これはとある異世界転生者の物語さ。そうだねぇ、ただ漫然と聞いていても面白くないだろう……。こんなのはどうだい。私は誰が異世界転生者か言わない。みんなに誰が異世界転生者だったか答えてもらおう。」
子供たちは目を輝かせて顔を見合わせる。大人たちも食べ終えた食器を片付ける。全ての視線が私に注がれた。よし、ここが一番いいタイミングだ。
私のローブの中から、大量の光の玉が勢いよく飛び出す。それは様々な色の軌跡を描きながら、洞窟内を駆け巡る。人に当たらないよう、それでいて鼻先をかすめるように駆け回る光に子供達の歓声が挙がる。縦横無尽に走り回った光の玉は、やがて上空に整列し、この物語のタイトルを描くように弾ける。
そう、この物語の名は――




