第8夜:アイラの女王
カランカラン
来客を知らせる鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」
「よお、旦那! 今日の力加減はバッチリだぜ!」
以前は勢いよく扉を開けた竜人族:リザードマンの客人の再来店だった。
「またお越し頂きまして、ありがとうございます。今夜はお連れ様がいらっしゃるのですね」
「おう、紹介するぜ! おれの雇い主ってやつで、竜人族の女王さんだ!」
竜人族の客人の後ろに立っていたもう一人の客人はため息をつきながら、羽織っていたローブのフードを脱ぐ。
竜人族の女性の特徴としては男の竜人族と違い、一回り以上小柄であり細身、外観としてはかなり人族に近いが、爬虫類的な特徴は竜人族の男と同様である。
「グレン、まったく君は何度言えばわかるのやら……。私の素性を明かすな、と」
「ん? あぁ、わりぃわりぃ、でも旦那は大丈夫だって!」
あっけらかんとした表情のグレンと呼ばれた竜人族の男はニカッと笑みを浮かべる。
二人の会話の距離感や砕けた雰囲気はただの主従関係だけはなく、強い信頼関係があるのがすぐに見て取れた。
「改めて私はマデイラ・カサンドラ。竜人族の長をしているものだ。今日はここの酒が美味いとグレンから聞いたものでね、楽しみにしていたんだ」
「左様でしたか。それは非常に光栄ですね。どうぞ、おかけください」
私は手で客人二人に促し、二人もまたそれに応えて座る。
「旦那、おれぁ前とおんなじこの世の終わりみてぇな名前だった、かくてるってやつを頼むぜ!」
「私はそうだな、ここにあるのは知らぬ酒ばかりだ。少しきつめの酒で何か適当に見繕ってくれぬか?」
私は軽く会釈し、背後のボトル棚からNO.3ジン、タリスカーストーム、ペルノ・アブサンを手に取り、ドリンクメイクがしやすいようにカウンターへと並べていく。
――ふむ、女王様、といえばやはりこれか。
心の中で呟きながら、自分にとっても思い出の深いウイスキーを手に取り、これもまたカウンターへとそっと並べる。
まずはシェイクカクテルである天地轟雷の準備だ。
NO.3ジン、タリスカーストーム、ペルノ・アブサンを順に20mlずつシェイカーへと注ぎ、バースプーンで軽く混ぜ合わせて撹拌させて味を確かめる。
シェイカーはストレーナーとトップで一度蓋をして、メイク台の上で待機。
次にカクテルグラス、テイスティンググラス、チェイサー用のグラスをそれぞれ用意し、まずはチェイサー用の水をグラスに氷を入れ、水を注ぐ。
そしてテイスティンググラスへとウイスキーを注ぎ、こちらも待機させたまま最後のドリンクメイクへと移る。
シェイカーのボディへと氷を丁寧に入れ、蓋をしてシェイクへと。
カシャ……カシャ…カシャ…カシャカシャカシャ!
心地よい音がBAR内へと響き渡り、そしてカクテルグラスへと注ぐ。
最後の仕上げにトールハンマーの皮の香りをピールの技術で付着させる。
「お待たせ致しました。月明かりの道標オリジナルカクテルの天地轟雷、そしてこちらはスコッチウイスキーのボウモアでございます」
「これこれ! おれぁこれをずっと飲みたかったんだぜ!」
グレンは飛びつくようにグラスと手に取り、口にする。
対照的にマデイラはテイスティンググラスをゆっくりと手に取ると、まるで宝石を見るかのようにグラスの中のウイスキーを観察し、香りを嗅ぐ。
「ほう、これは凄いな。このグラスの内側の垂れる酒の粘度、香りといい、初めて飲むレベルの上質な酒だ」
一口舐めるように飲むと、彼女は目を見開く。
「……美味いな。この独特の燻製感、花の蜜のような甘さ、繊細な味でありながら、調和の取れたバランスのよい味だ。これは気に入ったよ、マスター」
「気に入って頂けたようで何よりです。そちらはスコッチウイスキーの中でもアイラモルトと呼ばれるジャンルのウイスキーでして、通称〝アイラの女王〟と呼ばれております。マデイラ様の仰った通り燻製香、いわゆるピート香が特徴的でありながら樽熟成の中でフルーティさが非常にバランスが取れており、その優しく滑らかな味わい故に女王の名を称される一品でございます」
「アイラの女王か、面白い。覚えておこう」
「んな!? マデイラ、ここの酒は美味ェだろ!」
「確かにここの酒は美味い。だがな、グレン。私を呼び捨てにするなと何度言えばわかる」
「そんなこと固ェこと言ってんなって! な、旦那!」
口ではぶっきらぼうに聞こえるがマデイラの表情は明るく、グレンもまた楽しそうである。
私はそんな二人を見て、改めてバーテンダーとしての楽しさを噛み締めるのであった。
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
あけましておめでとうございます(遅い)
2023年になりまして、初投稿になりますが更新が遅くなり、申し訳ありません。
2022年12月にはコロナになり、年末年始は休みなく働いておりましたら2023年の初の病気はノロウイルスでした。
皆様お気を付けください……(苦笑)
そんなこんなで今回の更新で取り上げましたのはアイラの女王ことボウモアです。
これは私の一番好きなウイスキーでして、バーテンダーとして思い出深いボトルで最初はくそ不味い酒だと思っておりました。
舌がウイスキーに慣れてから飲んだときにこんな美味いウイスキーを不味いと思っていたのかと心が震えたのを今でも覚えております。
皆様にもそんなお酒はありますか?
コメントもお待ちしておりますのでぜひ皆様のエピソードを聞かせてください。
今年ものんびり執筆して参りますので、よろしくお願い致します。