第7夜:カンパリシェカラート
カランカラン
来客を知らせる鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」
入ってきた客人は明らかに表情が暗く、少し顔が火照っている。
何か嫌なことでもあり、どこかで一杯引っかけた後なのだろう。
「マスター、なんでもいいので酔えるお酒をください」
「畏まりました。差し出がましいとは思いますが何か嫌なことでも?」
客人はまだ若い男だが引き締まった身体つきから訓練を積んでいるものだというのが伺える。
冒険者か、あるいは若い衛兵だろうか。
「僕はこの王都の警備兵やってるんですが少し上司に嫌気が差しましてね……」
「と言いますと?」
氷を入れたグラスに水を注ぎ、客人へと差し出す。
一口飲んだ客人は深いため息をつきながら口を開いた。
「毎日毎日基本が大事だって、この仕事をしてもう3年になるっていうのに同じ訓練や雑務ばかりなんですよ」
若い男は何度も潰れたのであろう手のマメを見ながら目を細める。
「ガキの頃はきっと自分はS級冒険者になってたくさん稼いで……みたいなことを夢見てたんです。でも結局そんなのは夢のまた夢で。その辺に居る有象無象でしかありません。結局そんな人間だから同じ訓練ばかりさせられるんですかね」
そう言って苦笑いを浮かべる。
「お待たせ致しました」
そんな話を聞きながら私が作ったカクテルはホワイトレディ。
バーテンダーを志す者の多くが最初に学ぶカクテルだ。
ジン、コアントロー、レモン果汁という3種類を使うシンプルなレシピだが、それぞれの味を際立たせながら味をまとめるというのは非常に難しく、シンプルだからこそバーテンダーの力量を伺える。
「年寄りの昔話でございます。よければ飲みながらお聞きください」
男はカクテルグラスを手に取り、黙って一口飲みながら私の話を聞いてくれた。
「このカクテルは多くのバーテンダーがカクテルの登竜門として練習するレシピでございます。ですがかつての私はこのカクテルをお客様にお出しするまでに長い時間を他の訓練をさせられたものです。それが基本だから、と。基本ができなければ次に進ませてもらえませんでした」
鮮やかな赤い液体の入ったボトルを客人の前に置き、一口分をショットグラスへと注ぐ。
「よければこちらを。サービスでございます」
「う、にが……」
「苦いでしょう?」
私が少し笑みを浮かべながら問うと客人は苦笑いを浮かべながら頷く。
「これはカンパリと呼ばれるリキュールでございます。独特な苦みが特徴的で決して万人受けする味ではございません」
シェイカーに氷を詰め、カンパリを注ぐ。
他には何も入れず、ストレイナー、トップの順にシェイカーを蓋し、シェイクを始める。
そうして急冷したカンパリを今度はホワイトレディ同様にカクテルグラスへと注ぎ、差し出した。
「どうぞ」
先ほどの苦みが苦手だったのだろう。
少し嫌そうな顔をしながら男は恐る恐る口にする。
「え……あまい」
目を見開いた男を見て、私は口を開く。
「面白いでしょう? シェイクすることによって氷が解け加水され、空気が細やかな気泡となり液体へ混ざり合うことで非常にまろやかな口当たりへとなり、カンパリに潜む甘味を引き出しております」
シェカラートはただシェイカーへリキュールなどを入れてシェイクするだけの技法だ。
だからこそきちんとシェイクができなければ決して美味しいシェカラートは生み出せないのである。
「このシェカラートは私が学んだ店ではシェイクの基本技術として学びます。これで十分な甘みを引き出したカンパリシェカラートを作れなければ、先ほどのホワイトレディというスタンダードカクテルと呼ばれる一般的なカクテルを作ることすら許されませんでした。お客様はいまきっと下積みという非常に辛い期間に居ることでしょう。ですがその先にはきっと何か素敵な未来が待っているのではないでしょうか」
「まさか自分よりも若いマスターから年寄りの話ですって言われたと思えば……いいお話を聞けましたよ」
客人は笑う。
そういえば転生する前の年齢を加えれば40歳を過ぎているが、この世界ではいまだ15歳であることを忘れていた。
「もう少し頑張ろうと思います。辛いときは愚痴を聞いてくださいね」
にしし、と歯を見せる笑顔が素敵である。
「もちろんでございます」
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
申し訳ございません、ウィスキーを飲んで更新サボっておりました。
最近ずっと気になっていた台湾ウィスキーのカバランを飲みました。
スタンダード品を飲んだのですが、謳っているほどフルーティではなく、あまり好みではありませんでした。
今度はもう少しグレードの高いカバランを飲んでみたいと思います。
よければ皆さまの好きなウィスキーやカクテル、お酒などコメントでお伺いできたら嬉しいです。