第5夜:ザ・フェイマスグラウスの水割り
カランカラン
扉を開けた客人が店内に入ると店内を興味深そうに見つめる。
「なかなか珍しい内装に珍しいボトルですね。もしや世界各地で珍しい酒を造り始めたところがあるという噂は知っておりましたが、私が手に入れられなかったものもたくさん……どうやって仕入れられたのか興味がありますね」
カウンターに腰かけた客人は値踏みするような目で私を見やる。
「値段はいくらでも構いません。様々なお酒を飲んできましたから飲んだことのないものを頂きたい」
身に着ける装飾品は非常に高価なものばかりだ。
店の外には五人の護衛の気配、それも全員がそれなりの腕が立つ者ばかり、かなりの富裕層の客人であるのが見て取れた。
「畏まりました。それでは私が考える究極のカクテルの一つをお出し致しましょう」
「ほう、それは楽しみですね」
取り出したのは一本のウィスキー。
それと王都の近くの山で湧き水を入れた一本のボトルだ。
「それは?」
ウィスキーにはスコットランドの国鳥である雷鳥のデザインがあしらわれている。
そんなボトルを見て、客人は気になったのかボトルをまじまじと見つめていた。
「こちらはザ・フェイマスグラウスというウィスキー、そしてこちらは山の湧き水でございます」
「お酒と水!? もしやお酒をただ薄めるだけのものが究極のお酒だと!?」
豪快に笑う客人は笑って出た涙を指で払う。
「私はこれでも豪商と呼ばれる商売人でして、様々なお酒を飲んできました。薄めた酒は不味い、そんな粗悪品は世にたくさん出回り、安い故に貧困に苦しむ民たちの唯一の娯楽……そんなものが究極のお酒だと申すのですか? 珍しいお酒とは相応にして高い、なので薄めて出そうというのであれば値段は高くて構いませんから薄めずに頂きたい」
「いえ、いまからおつくりするのは究極のカクテルでございます。ご安心ください」
私はそう言って微笑むと、客人は不本意そうな顔ではあるが、口を噤んだ。
薄張りのグラスを取り出し、そこに綺麗に氷包丁で切った一本の氷柱を入れる。
氷を複数に分割しないことで表面積が減るため、氷が溶けにくいためだ。
ステアを行い、グラスを冷やし、溶けた水はシンクへと落とす。
そこへザ・フェイマスグラウスをカクテルメジャーで注ぎ、更にステアする。
そして加水。
この水を加水する比率はバーテンダーによるだろう。
ウィスキー:水は1:1.8~2.5、かなりの振れ幅があるがそれはただ薄めるだけではないためだ。
ウィスキーそれぞれに特徴があり、その特徴に合わせた比率を各々のバーテンダーは答えを探し求める。
カクテルとは混ぜ合わせたものを意味するがそれはシンプルにウィスキーと水の二種類でもカクテルの定義に当てはまるのだ。
加水を終え、更にステア。
しっかりと融和させることでウィスキーは水に、水はウィスキーへと溶け込んでいく。
「お待たせ致しました。ザ・フェイマスグラウスの水割りでございます」
「……あなたがそこまで言う究極のお酒とやら飲んでみましょう」
不服そうな顔で一口飲んだ客人は目を見開く。
「これが……ただ薄めた酒の出せる味なのですか!?」
その言葉に私は首を振る。
「ウィスキーの水割りとはとても奥が深いものでございます。ただ味を薄めてしまう、そんな水割りが多く存在するのも事実でございます。ですが本来、水割りとはお酒の特徴を無くさず、むしろ特徴を伸ばし、そして飲みやすくするもの、薄まったというよりもお酒の量が増えたものの本質的な味はそのままに全体へと伸ばし広げたカクテルなのです」
「この甘さと酸味、果実感、その奥に秘める不思議な香りとスパイス感のある出来……確かにこれは究極と言わざるを得ないのかもしれません。脱帽です。私は豚人族:オークでよく他種族から馬鹿にされる種族ですので、今回もオークなんかに酒の味がわかるか、とそのような扱いを受けているのかと思いましたが若きマスターよ、あなたは違ったのですね」
客人は優しく微笑む。
「いえ、私もかつて様々なお酒を飲んできましたが、この水割りに出会ったとき、水割りの可能性に感動した覚えがありまして、お客様にもぜひ飲んで頂きたいと思った次第でございます」
「なるほど、お若いと思っていましたが私もまだまだです。もっと見聞を広げねばなりませんね。今宵はいい出会いに感謝するとしましょう」
「ありがたいお言葉でございます」
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
これは私の実話を基にしたお話です。
若い頃にフェイマスの水割りを飲み、ウィスキーの水割りの美味しさを知ったのを思い出します。
ハイボールももちろん好きですが、ぜひ水割りの美味しさを皆さんにも知ってほしい、そんな一夜でした。
面白い、続きが読みたいと思ってくだった方はぜひお気に入りと高評価で応援のほどよろしくお願い致します。