第4夜:アードベッグロック
カランカラン
「おやまぁ、こんなところに洒落た店があるじゃないか」
扉を開けるや否や呟いたフードを被った客人はにやりと怪しげに笑う。
「いらっしゃいませ」
品定めをするように店内を見渡した後に客人はカウンターへと腰かけた。
「ここは洒落た酒場だねぇ。なんでもいいから一杯おすすめを貰おうか」
「畏まりました」
カウンターに置かれた客人の手は皺が多く、年配であることが見受けられる。またそれだけでなく、少しばかり緑がかっている。
恐らく薬草を始めとした植物を日常的に触れて染み込んでいるのだろう。
なおかつ微弱に抑えられた彼女からの魔力の波長は長年の経験を持つ魔女の調合師であると推測できた。
私はならば、と。
地球のお酒を模倣したお酒の中でもお気に入りの一本のウィスキーを手に取り、ラベルを客人に見えるようにカウンターへと置いた。
そしてロックグラスに丸氷を入れ、グラスを軽く冷やすためにステアする。
ステアした後に軽く溶けた水をシンクへと落とすと、ウィスキーのコルクを開けてカクテルメジャーでしっかりと量を測ってウィスキーを注ぐ。
最後に軽くステアして完成だ。
「お待たせ致しました」
「この香り……まるで劇薬だねぇ」
老婆は小さい手でグラスを手に取ると、ウィスキーを薄暗い店内の光で透かしながら見る。
「これまた綺麗な琥珀色じゃないか」
すっと一口。
からり、と氷がグラスを滑り、ガラスに当たる音が店内に響く。
「ほう、この力強さにまるで調合釜の目の前にいるかのような香り、それにこの煙臭さ面白いじゃないか。若いの、これはなんて酒だい?」
「こちらはアードッベッグという名のウィスキーで、いまお召し上がりになられているのは一〇年間樽で熟成させた代物でございます」
アードベッグ一〇年の特徴は何と言ってもそのスモーキーさ、ピート香である。
もとはイギリスのスコットランドのアイラ島という日本の淡路島程度の小さな島のウィスキーで、その島で作られるウィスキーはアイラモルトと呼ばれている。
そのアイラモルトの特徴はシダ類・コケ類・草花などの植物が枯れ、堆積し、長い年月をかけて炭化した泥炭―ピートを通常よりも多く使用し麦芽を乾燥させるため、そのピート香がウィスキーに付着するのだ。
そんなアイラモルトの中でも特にピートを群を抜いて使用しているのがアードベッグであり、そのため良くも悪くも非常に個性が強い味と香りを持つため、飲む人を選ぶだろう。
「わたしゃね、この王都で薬師として長年薬に携わってきたしがない魔女だけどね。酒も薬も毒も全部一緒さ、使い方次第ってもんだ。古今東西の薬で知らない薬はないってくらい生きてきたが、若いの、あんたはいい腕してるよ」
「恐れ入ります」
「この酒、あんたが作ったんだろう? えらい苦労しただろうに」
「いえ、運がよかっただけですから」
転生して、好きな酒を各地で作り回っていただけ、などとは口が裂けても言えないな、と思いながら私は苦笑する。
「若いの、名前はなんて言うんだい? 覚えておくよ」
「Bar月明かりの道標のマスターを務めております、フェンと申します」
「フェンだね、若いの。覚えておこうか」
カランカラン
「いた! お婆ちゃんこんなとこに居たのね!! 納期が迫ってるのにふらふらして……探したんだから!!」
扉を開けて、とてとてと入ってきたのは齢一〇歳もいかぬ程度の少女だった。
「おやまぁ、お迎えが来ちまったようだねぇ。今日はこの辺にしとこうか、また来るよ」
「畏まりました。ありがとうございます、またお待ちしております」
お代の銅貨を受け取り、二人が店を出ていく背中をゆっくりと追いながら、店の外まで見送る。
背中の曲がった老婆と小さな背中の少女を月明かりが照らし伸びる影。
並んだ二人の影を見ながら天を仰ぐ。
「今日は満月か」
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
ちなみに著者が好きなアイラモルトはボウモアです。
飲み方はストレートが好きですが、ロックのあの氷がからり、とガラスに響く音はとても好きなのでロックで執筆しました。
面白い、続きが読みたい思ってくださった方はぜひお気に入り、高評価の応援のほどよろしくお願い致します。