第3夜:天地轟雷
ガランガラン
強めの力で入口の戸が開き、小さな鐘の音が鳴り響いた。
「すまねぇ、勢いよく開けちまった! 壊れてはねぇと思うんだが……」
「大丈夫でございます。お気になさらないでください」
私はそう言って微笑むと、客人は大きな口をそれはもう大変にっこりと豪快に笑みを浮かべた。
「旦那、ここは酒場だよな? なんでもいいからきつめの酒を1杯くれねぇか」
ドスンという音を鳴り響かせながら椅子へ腰かけた巨体である彼は竜人族:リザードマンだ。
いわゆる地球上での爬虫類的な特徴である竜鱗は生半可な攻撃では傷を突かない上に強靭的な巨躯と再生力を持つため、この世界では最も近接戦闘に長けた種族であると言われている。
そんな竜人族からのオーダーはきつめのお酒、人の感覚でただ度数の高いお酒を提供しても恐らく満足しないだろう。
「畏まりました」
ボトル棚から3本のお酒を取り出す。
1本目は“No.3”という銘柄のドライ・ジン。
かなりドライめのジンであり、英国サイコのワイン&スピリッツ商であるベリー・ブラザーズ&ラッド社がセント・ジェームズ街3番地に店舗を構えて300年の歴史を持つ。また世界中のボタニカルを厳選し作るプレミアムジンであり、聖域を開けるとされる鍵がボトルには装飾されていた、のが地球のものであり、これはその模倣品である。
2本目は“タリスカー ストーム”という銘柄のスコッチウィスキー。
スコッチウィスキーの中でもアイランズに区分されるウィスキーであり、潮の風味とブラックペッパーの風味を爆発的な味わいとして強調されたウィスキーである。
スパイシーな口当たりが人気高く、少しウィスキーが詳しい人ならば名前くらいは知っているだろう、その味を模倣し再現している。
最後の3本目は“ペルノ・アブサン”という銘柄のリキュール。
フランス産のリキュールであり、ニガヨモギ、アニス、リコリスを主に15種類のハーブを使用しており、薬感の強い独特なお酒である。
甘さと爽やかさを両立させた濁り酒であり、その味をこの世界でも再現に成功した。
これら3つを組み合わせたカクテルの名は「アース クエイク」と呼ばれており、地震が起きたように脳が揺れるほどの強いお酒であることから名付けられている。
だがこれでは竜人族にはまだ足りないだろう。
まずはコースターを竜人族の前に置き、その上へと予め冷やしておいたカクテルグラスを取り出し、コースターへの上へとそっと乗せる。
その後、シェイカーに3種類のお酒をそれぞれ20mlずつ注ぎ、バースプーンで軽く混ぜ合わせ、1滴だけ手の甲に落とし、味を確かめる。
その後、アイスをシェイカーの8分目ほどまで丁寧に入れ、ストレーナー、トップの順に蓋をする。
カシャ……カシャ…カシャ…カシャカシャカシャ!
最初はゆっくり、そして少しずつ速度を上げ、一定のリズムでシェイカーを振る。
おおよそ30回程度シェイクし、竜人族の目の前にあるカクテルグラスへと注ぐ。
「おお! 初めて見るパフォーマンスだ!! 頂くぜ!!」
手を伸ばしてグラスを取ろうとする竜人族だが、それを制止する。
「最後の仕上げをさせて頂きます」
「ん? まだなんかあんのか! そりゃすまねぇ」
まるでワクワクした少年のように目を輝かせているのを見て、自然と口元が緩んでしまう。
取り出したのはこの世界特有の果実の皮、グラスの周りへと指でそっと皮を絞り精油を飛ばす。
いわゆるレモンピールによって香りをグラスに付着させる使い方である。
「お待たせ致しました。月明かりの道標オリジナルカクテル〝天地轟雷〟でございます」
竜人族はすっとグラスを手に取り、口にする。
「んんん! かぁーッ! こりゃ美味ェ! なんなんだ、このどぎつい上にピリピリする酒は!!」
「こちらはアースクエイクというカクテルをベースに昇華させた私のオリジナルカクテルでございます。最後に雷が落ちた場所に生える果実、トールハンマーの皮を使用致しまして香りをグラスに付着させております。食べると感電死してしまう代物でございますが皮の精油程度の香りであれば香辛料のようにほのかに味わうことができます」
「ガハハハハッ! おれぁバカだから何言ってんのか、あんまわかんねぇがおもしれぇし、美味い! 気に入ったぜ、旦那」
白い牙を剥き出しにしながら豪快に笑う竜人族を見て、決して表情には出さないが安堵する。
「お気に召したようで何よりでございます」
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
第3夜もお読み頂き、ありがとうございます。
長らく更新できず、申し訳ありません。
転職等が重なり、ドタバタしてしまい、挙句の果てにはコーヒー豆の焙煎に嵌っておりました。
引き続き、マイペースにはなるかもしれませんが更新再開致します。
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