第2夜:アイリッシュコーヒー
雨の音が外から店内に響き渡る。
間接照明を利用しているのもあり、薄暗い店内と雨音はどんよりとした空気感を生み出しているように感じた。
オープンから2日目の今日はまだ誰も客人は来ておらず、今日はもう誰も来ないのではないかと思い立ったときのことだった。
扉につけた小さな鐘が来客を知らせる。
「いらっしゃいませ」
雨に打たれたのであろう茶色い外套に身を包んだ客人が扉を開けて入ってくる。
「……なにか温かい飲み物を頂けますか」
客人がカウンター席へと腰かけながら注文を呟いた。
「えぇ、もちろんでございます。ノンアルコールの方がよろしいでしょうか?」
その質問に客人はフードを取りながら首を振る。
「畏まりました」
この世界には様々な魔法が溢れ、魔法を利用した魔道具が文明を形作っているが、そんな中でもIHコンロに似た魔道具がある。
それを起動させ、水を注いだ細い注ぎ口がついたポットを温め始める。
お湯が沸くまでの間にマグカップを取り出し、シュガーパウダーをティースプーン3杯分を入れる。
「ここは不思議な場所ね。まるで王都じゃないみたい」
「私のこだわりが詰まったお店でございますのであまり王都らしさはないかもしれませんね」
その答えにどこか儚げな表情を浮かべる客人はかなりの美形な金髪碧眼の女性であり、身に着けている服などは外套によって隠されているが、つけている耳飾りから高貴な出自なのが見て取れた。
そんな会話をしながらも手は動かしており、マグカップの上にドリッパーを置き、用意していたペーパーフィルターをセットし終える。
すり鉢式の手挽きミルを棚から取り出すと、保存容器に入れていた焙煎したコーヒー豆を入れ、挽き始めた。
余談だがこの世界を旅する中でコーヒーの木を発見できたのは幸運である。
そのおかげでこのカクテルを作れるのだから。
ゴリゴリという独特な音が外の雨音と織り交ざる。
そうして挽いた粉をペーパーフィルターの中へとふんわりと押し潰さないように山状に入れると、準備は完了だ。
ちょうどお湯が沸き始め、ポットを手に取る。
ぼこぼこと沸騰した気泡が落ち着いてから、1秒ほど時間が経つとちょうどお湯の温度が85度前後くらいになるので、このタイミングが個人的には1番よい温度だ。
そして粉全体に薄っすらとお湯を注ぎ、全体を濡らすと蒸らしが始まる。
30秒ほど蒸らすと、2投目は粉にしか当たらないように気を付けながら「の」の字を描くように全体へ2週ほどお湯を注ぐ。
そうすると粉の山がふんわりと膨張していき、そして萎んでいく。
完全に萎む前に3投目だ。
今度は4週ほど「の」の字を描き、最後の抽出したお湯は苦みが強いので落ち切る前にドリッパーを外す。
「……いい香りね」
様子を見ていた客人の女性が呟く。
その言葉通り、店内にはコーヒー独特の香りが広がっている。
私は微笑むと、バースプーンでコーヒーを混ぜ、砂糖を溶けているのを確認すると、ボトル棚から1本のボトルを取り出し、開栓した。
トクトクトクと音を立てながらカクテルメジャーが表面張力を発する30mlまできっちり注ぎ、それをマグカップへと注ぐ。
最後にもう1度だけバースプーンで混ぜ、最後に生クリームを1匙浮かべる。
そうして出来上がったカクテルを客人の女性へと差し出す。
「お待たせ致しました」
「これは?」
「アイリッシュコーヒーというホットカクテルでございます」
事実としてはアイリッシュウィスキーを製造して作っているわけではないから模倣品でしかない。
しかしながら現地であるアイルランドで行われている単式蒸留器による3回の蒸留技術をこの世界でも真似ており、スコッチウィスキーとは違う蒸留技術など細部まで再現している。
そんなこの世界で作ったアイリッシュウィスキー“もどき”ではあるがシャープな味わい、そして滑らかな舌触り、飲みやすさを兼ね備えており、地球の「ジェムソン」と非常に似た味わいになっているのだ。
「甘くて美味しい……。それにこんなに香りもいい温かい飲み物は初めてだわ」
「それはなによりでございます。こちらは身体を温めて貰おうという心遣いから考案されたカクテルでございますので、今のお客様にはちょうど良いかと存じ上げます」
小さく笑みを浮かべた彼女がマグカップで手を温めながら口を開く。
「私の記憶違いじゃなければだけど、あなたよく見たら現国王陛下の即位式の際、護衛を務めてらっしゃらなかった?」
「……いえ、私はただのしがないバーテンダーでございますから」
「ふふ、そういうことにしておきましょう。ところでマスターさんも1杯いかがかしら。奢りますわ」
「ではお言葉に甘えて1杯頂きます」
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
第2夜もお読み頂き、ありがとうございます。
週1更新目指していくのでぜひ続きが読みたい、面白いと思ってくださった方はぜひお気に入り、高評価の応援のほどよろしくお願い致します。