第12夜:ミスティア・モーニ
カランカラン
「いらっしゃいませ」
入ってきた客人は口を開くことはなく、深めに被った外套のフードのすき間から店内を見渡す。
そのままカウンター席へと腰かけると銀貨を一枚カウンターへと置く。
「この予算内に納めてくれたらいい。酒を何杯か頂戴したい」
外套を脱ぐ様子はないこととから旅人か、あるいは冒険者の類だろうと予想がついた。
「畏まりました。何か苦手なものはありますか?」
「無い」
軽く会釈し、早速ドリンクメイクへと取り掛かる。
ロングタンブラーをドリンクメイク台へと置き、今回はマスカットリキュールであるミスティアをカウンターへと並べる。
次にグレープフルーツをペティナイフで半分にカットし、スクイーザーで果汁を丁寧に絞っていく。
「……この街は初めてでな。武器を新調したいがおすすめの武器屋は知っているか」
質問されながらも手は止めず、ドリンクメイクを進めていく。
「そうですね、私も昔少しだけ冒険者をしておりましてその際に利用していたのは〝ゆめや商会〟ルーナ王国店ですかね。こちらには世界でも指折りの鍛冶職人グレイ・スミス氏の武器、防具が値は張りますが目玉商品として並べられています。その他の鍛冶職人の武器、防具の取り揃えはもちろんのことポーションや野営アイテムなどそこに行けば全て揃えることが出来ますのでおすすめでございます」
「そうか、情報感謝する」
話している間にドリンクメイクは最後の工程に差し掛かる。
アイスを入れ終わり、ミスティアを45ml、グレープフルーツ果汁を45ml、それらをしっかりバースプーンで撹拌し終えれば最後にトニックウォーターでアップする。
「お待たせ致しました。こちら〝ミスティア・モーニ〟でございます」
スプモーニなどが有名な、リキュールとグレープフルーツ果汁をトニックウォーターで仕上げたモーニスタイルと呼ばれるカクテルのひとつである。
「……」
黙ったまま口にする客人は好みだったのか、ごくごくと飲み進めていく。
「噂通りだな」
「どなたからかここをお聞きになられたのですか?」
「あぁ、この街の警備兵におすすめの酒場を聞いたんだが正解だったようだ」
「それは何よりでございます」
私が会釈すると、客人は外套のフードを脱ぐ。
「私が耳長族:エルフだと気付いていたのだろう。だから果実酒を選んだのか?」
外套の下から現れたは金髪碧眼、白い肌に特徴的な長い耳。
耳長族:エルフの少女というには大人びていて、女性というには少し若い、そんな客人であった。
「えぇ、周りの空気に存在する魔力との調和性を感じて耳長族の方だと察しましたので、森の恵みを感じられるマスカットのリキュールのミスティアをベースにカクテルをお作りさせて頂きました」
「果実の女王と呼ばれるマスカットは私たち耳長族の女王への献上品としてよく用いられる。この酒を嫌う耳長族は居ないだろう」
かつて冒険者だった頃に一度だけ耳長族の男と仮のパーティを組んだことがある。
彼はいつも森を愛し、森の恵みへの感謝の気持ちを持つ気のいい冒険者だった。
まるでそれはキリスト教徒など崇高な信仰心を持つ人を連想させてくれる。
そんな彼との野営のときに酒を飲み交わしながら耳長族の国の昔話を聞いたことが今夜は活きたようだった。
「私は冒険者となってからもう長らく耳長族の里へ戻っていない。だがいつか戻ると決めたときはこの酒を売ってはくれないか。親兄弟と共にこれを飲みたいものだ」
「大変申し訳ございませんが基本的に当店にあるお酒は販売しておりません――。しかしそういったことでしたらぜひお立ち寄り頂ければ、その際は販売させて頂きましょう」
「それは誠か。感謝するよ」
そう言って初めて笑みを浮かべる耳長族の客人はとても美しかった。
この世界に転生し、元の世界――日本へ戻ることのできない私にとって、家族と共に酒を飲み交わすはもうできない。
死ぬ前にもう一度。
もう一度だけ家族と共に居ればよかった。
後からそう思っても既に手遅れだ。
彼女にはそうはならないで欲しいと願うばかりである。
「さてまだ銀貨一枚の足元にも及びませんから。お次はいかがいたしましょうか」
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
今夜のお話はミスティア・モーニでした。
ミスティアは筆者にとっても非常に思い入れのあるリキュールです。
特に駆け出しバーテンダーの頃は覚えているカクテルも少なく、よくおすすめしたカクテルでした。
そして今夜のお話では主人公フェンの過去にも少しだけ触れました。
異世界転生ものというジャンルは筆者自身も好み、よく物語を読みますが、やはり元の世界へ戻ることはできません。
それは二度と会えぬ方々が存在するということで、それは家族や友人を亡くした方には非常に身に染みる想いかと思います。
筆者も一昨年、兄のように慕っていた親戚を亡くし、深い悲しみに陥りました。
今夜のお話を読んで、皆様が大切な人たちとの繋がりを改めて大切にして頂ければな、などと思いながら書かせて頂きました。
また続きが読みたい、面白かったと思って頂けましたら、ぜひ高評価やブックマークなどにて応援のほどよろしくお願い致します。




