第1夜:マタタビトニック
カランカラン
扉についた小さな鐘の音が来客を知らせる。
「いらっしゃいませ」
客人は扉の前で一瞬立ち止まり、店内を見渡すとすぐにカウンター席へと腰掛けた。
この店にはカウンター席しかないので必然だろう。
「久しぶりに王都へと来ましたがこんなところにBARがあったとは知りませんでした」
「久しぶりの王都でしたか、それでしたら当然でしょう。なにせこの店は今日がオープン日ですから」
ふむふむ、と品定めをするように客人はカウンター越しに私を見つめた後、たくさんのボトルが並んだボトル棚に視線を向ける。
「見たことの無いものばかりですね」
「えぇ、私が現地で製造法を教えて当店にしか降ろしていない商品しか置いていませんから」
その言葉に目を見開いた客人はクスリと笑う。
「ではマスターのおすすめを頂けますかな」
「畏まりました。なにか苦手なものはございますか?」
首を横に振った客人を見て、私は軽く会釈し、踵を返す。
ボトル棚から淡い緑色のリキュールが入ったボトルを手に取り、ドリンクメイク台から手の届くようにカウンターへとそっと置く。
もちろんボトルのラベルは客人から見えるように置いている。
なんと言ってもボトルの顔ですからね。
そしてボトル棚の下に無数に並べられたグラス達の中からシンプルなデザインのロングタンブラーを手に取る。
グラスを片手にカウンターからは影になっている棚を開けると、ひんやりとした冷気が流れてくる。
そこに綺麗に切り仕上げた氷柱をグラスへと丁寧に放り込む。
カララララ……
アイスを入れたグラスをドリンクメイク台へと音を立てないように置き、セットしておいたバースプーンで氷柱だけをまずは回転させる。
こうすることで常温だったグラスが冷やされるのだ。
氷柱をバースプーンで軽く抑えながら傾け、ほんのり溶けた氷の水をシンクへと捨てる。
トクトクトクと新しく開栓したボトル特有の音と共に淡い緑色の液体をカクテルメジャーできっちり30ml計り、グラスへと注ぐ。
丁寧にバースプーンで軽く混ぜ、氷でリキュールを軽く冷やす。
ぷしゅ
下の棚から取り出した小瓶を開栓し、中の液体を氷に当てないよう勢いよく注ぐと軽く泡立つ。
最後にバースプーンで氷柱を持ち上げるようにかき混ぜ、コースターと共に客人の目の前へとグラスをスっと差し出す。
「お待たせ致しました」
「……これはお酒なのですか?」
「ええ、私のオリジナルカクテルでしてマタタビトニックといいます」
「聞きなれない単語ばかりですがそれでは頂戴致します」
客人はグラスを手に取り、ゆっくりとマタタビトニックを一口飲むと、目を見開き、更にごくごくと飲んでいく。
「ぷはーっ! こ、こにゃあ美味いにゃ!」
まだ1杯目だと言うのに客人は顔を少し赤めているので、早々と酔い始めたのだろうか。
「……し、失礼したにゃ。マスターこれはなんなのにゃ?」
「えぇ、私が考案したスピリッツの1つでしてマタタビのリキュールをベースにしたトニックウォーター割りでございます」
「すぴりっちゅ……りきゅーにゅ……とにゃっくうぉーた? 私の知らない単語ばかりにゃ」
そう言いながらグラスを手に持って、まじまじとグラスの中を見やる。
「この世界にはあまり上質なお酒がないではございませんか。ですので私がかつて冒険者だったときの繋がりを活かして、1から様々なお酒を造り、名付けました。それらを飲むことができるのがこのBAR“月明かりの道標”でございます」
「恐れ入ったにゃあ……。ここにあるのはマスターが全て創ったにゃんて信じられんにゃ……。にゃけど美味しいからおっけいにゃ!」
ニシシと笑う客人。
ぴょこぴょこと耳が小刻みに動きながら、背中越しに長く毛並みの綺麗な黒い尻尾が揺れているのが見える。
喜んでくれているのだろうか。
そうであればありがたい。
「お口に合ったようでなによりでございます」
この世界には様々な種族がいるが、猫人族:ケットシーにお酒を出すのは初めてのことだ。
ましてやこの世界に転生する前にはこんな世界は漫画やアニメの中だけだった。
私は初めての客人である猫人族の彼を前に笑みが零れてしまう。
「マスター、このしゅわしゅわしたのうまいにゃ! おんなじような感じので別のはないかにゃ?」
英国紳士風の姿の猫人族の客人は入店したときとはだいぶ雰囲気が違う。
お酒を飲んでリラックスし始めてくれているのだろうか。
「それではお次はこちらにすると致しましょう」
今夜もまだ夜は始まったばかりである。
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