リサ・リン・アリスメア
「ただいま。」
「おかえりー!お姉ちゃん!」
私の名はリサ・アリスメア。帝国の陸軍に所属する軍人だ。そして今出迎えに抱きしめてきたのは私のかわいい双子の妹。リンだ。
「お帰りなさいませ。ご主人様。」
彼は執事のセバス。
「まったくリンは甘えん坊だな。」
「えへへ。たまに帰ってきたときくらいいいじゃない。」
兵士という職は言うほど忙しいものではないが、その特殊性故に家へ帰れないことが多いのだ。実に今回は一週間半振りの帰宅になる。
「お食事の用意が整っております。」
「あぁ分かった。」
食事のとき妹は私のいない間に身の回りで起きた出来事をそれは楽しそうに話してくれる。庭の木に小鳥が巣を作ったこと。花屋をしているクレアおばさんの白猫が子供を産んだこと。あの花がようやく咲いたこと。そういう他愛もない話を。
「ところでお姉ちゃん。明日はお休みだよね?」
「あぁそうだよ。どこか行きたいところでもあるか?」
「それじゃあ!」
明日何をしようかと喋り始めた妹は笑っていた。可愛い笑顔だ。私は妹が大好きだ。
妹と出掛けるはずだった日の朝に電話が鳴った。私はとても嫌な予感がしている。いっそ取らずにいられたらいいのに。あるいは気づかなければ良かった。そう思わずにはいられない。何故って、私の予感は当たることが多いからだ。
「もしもし。アリスメ…。」
「おはよう!少佐!良い朝だな!」
まだ言い終わっていない。この声量、この声、この口調、絶対に間違うことはない。レオロ・ガウラス准将だ。この人からの電話が私にとって良かったことなど一度もない。……いや、昇格以外は。
「…おはようございます。何か御用でしょうか?ガウラス准将。」
「何、ちょっとした問題が発生してな。すまんが出てくれるかね。」
ほらな。当たっただろう。やはり私の予感は当たってしまうのだ。全く、せっかく妹と出掛けるはずだったのに。
「分かりました。直ぐに向かいます。」
「すまんな。詳細はまた連絡する。」
言いづらいな。あんなに楽しみにしていた妹に仕事で行けなくなったなど。
後ろに近づく人の気配を感じた。セバスではない。妹だろう。私は小さくため息をついて振り向いた。
「お姉ちゃん…今の電話って。」
「あぁ准将からだ。すまないが…今日のお出掛けは行けなくなってしまった。」
「うんん。謝らないでお姉ちゃん。お姉ちゃんのせいじゃないのは分かってるわ。」
見たくないな。笑顔ではない妹の顔は。
「それじゃあ。行ってくる。」
「行ってらっしゃい。お仕事、頑張ってね。」
ようやく仕事が片付いたので私は家へ戻った。今は玄関の前にいる。そこで妙な物を見た。普通の人なら素通りしてしまうだろうが私にとってそれは、異常なのだ。それとは花だ。
「リン…。落ち込んでいるのだろうか。」
この淡いピンク色の花は妹の大好きな花だ。この花は強くないから太陽の光にあまり長時間当てているの良くないと妹から聞いたことがある。その花がおそらくは一日ずっと玄関外に置かれたまま放置されていたのだ。すっかり弱ってしまい元気がない。
私は植木鉢を持って家へ入った。
「ただいま。」
おかしい。リンが出迎えに来ない。代わりに慌てた様子のセバスが部屋から飛び出てきた。
「ご主人様!」
「どうしたセバス。何かあったのか?」
「それがリン様が花屋へ行ったきりお戻りにならないのです!どこかで見かけませんでしたか?」
「何だって!?」
セバスは必死に街を探し回ったらしいが見つからなかったという。
リンが。私の妹が居なくなってしまった。
その日はその後どうしたのかあまりはっきりと覚えていない。
妹を探さなくてはならない。朝食を軽く済ませ直ぐに向かおうとしたが玄関でセバスに呼び止められた。こんなときに准将から私に電話らしい。今は忙しいのに…。
「はい。アリスメアです。」
「本当に少佐か?」
「え…?えぇそうですが。」
何か言い出せずにいる准将に私は早く妹を探しに行きたいという気持ちからつい怒鳴ってしまった。
「すみませんが急いでいるんです!用がないなら切りますよ!」
「待ってくれ!すまない。…実は非常にまずいことになってな。落ち着いて聞いてくれ。」
准将の話は嘘だ。そんなのは信じられない。だって。
「私の妹が誘拐されている…?!」
「あぁ正確には奴等は君を拐おうとしたんだ。だが間違えて双子の妹を…。」
「助けに行かなくては…!今、直ぐに!」
「待て少佐!行くな!君の妹が死ぬぞっ!」
准将が言うには、犯人はアリスメア少佐を殺されたくなければヲロデオを開放しろと言ってきたらしい。ヲロデオとは非常に凶悪な犯罪者で現在は軍に身柄を拘束されている。
ではなぜ私が動けば妹が死ぬのか、だが。逆に妹が生かされている理由は犯人が喧嘩をしている相手が軍だと思い込んでいるからだという。しかしもし誘拐したのが私の妹だと判明すれば喧嘩相手は私だ。そうなると犯人は軍が要求に応じる可能性が低くなるのではと考えるだろう。その結果、妹を生かしておく理由がなくなる。それどころか顔や名前を知られていた場合、殺す理由ができてしまう。
「だから君は動くな。君の妹は、軍が絶対に助ける。」
私は、どうすればいいのだ……。
いいや、悩む必要なんてない。きっと私の妹は今とても怖がっている。私が助けに来ると信じている。なら行かなくてはならない。
私は何日も休まず妹を探した。昼も夜も。帝都中を駆け回った。そしてようやく私の妹を拐ったという犯人を見つけ出した。
人通りのない路地で犯人を無力化し情報を聞き出そうと試みた。
「私の妹はどこだ。答えろ!」
「い、もうと…なんのことだ?お前、何者なんだ?」
「とぼけるな!この私の、リサ・アリスメアの妹はどこにいるか聞いているのだ!」
「嘘だ。お前はだって…ちっ、そうかテメェら双子か。あの女、何も言わねぇから妙だとは思ったんだ。」
私は無駄口ばかりのこのクソったれの喉に軍刀を押し当てた。
「待て待て!ここだ!ここにお前の妹はいる!」
場所を記した紙を差し出してきた。
「こんなことなら、もっとあの女で遊んどきゃ良かったぜ……。」
美しかった銀色の軍刀は汚い血で赤く染まった。
「やあリン。来たよ。」
花瓶に生けてあるあの花が枯れてしまっている。私は持ってきた花とそれを交換した。
「ここは日当たりが良すぎるね。この花がすぐ枯れてしまうよ。」
あれから何度も思うんだ。私とリンが双子でなくて普通の姉妹だったらって。だってそしたらこんなことにはなら無かったのだろうから。
「そんなこと言わないでよお姉ちゃん。私はお姉ちゃんと双子で良かったなって思うよ。」
「え…?」
リン。私の妹。君は私の心の中で永遠に生き続けるよ。
私の名前は。
読んでいただき、ありがとうございました。
ところで、実はこの物語に分岐が二箇所存在します。そしてこれを含めてエンディングは三つ。気が向いたら探してみてください。
妹や姉が最後どうなったのか、もしよろしければ感想でみなさんの予想をお聞かせください。楽しみに待っております。