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第3話 少年を拾う。

「てめえのその顔がイチイチムカツクんだよおッ!」


 目の前に立つ粗暴な顔のクラスメートの男子の拳が僕の顔に衝突し、その勢いで僕の身体は大きく跳ね飛ばされて地面に転がった。


「おらあッ死ねえ!」

「キャハハあいつ惨め過ぎないー受けるー」


 僕の名前は日野ひの 空也くうや

 今日もクラスメートの男子たちに殴られ続けられている。

 男子たちから少し離れて遠巻きにスマホで写真を撮って笑う女子たち。

 教師たちは見て向ぬ振り。


 僕はなにも悪いことしてないのにどうしてこんな酷いことをするんだ…もうやめて欲しい、だれか、僕を助けて…。



「そこのか弱き少年! 何故抵抗しないのですか?」


 突如自分の目の前に一人の少女が現れて倒れ伏している僕を見下ろしながら問いかけた。

 その少女は豪華絢爛ごうかけんらんな衣装とマントに身を包み、その髪は足に届くほど長く伸びた艶やかな黒。

 その顔つきは一見は清楚可憐だがその瑠璃色の強い瞳に覇気を伴ったそれは人ではなく猛獣の類、例えるなら百獣の王たる獅子を思わせた。

 そしてその傍らには端正な顔に白髪の全身に鎧を着込んだ一人の長身の男性が控えている。


「僕は…誰とも…争いたくない…誰も…傷つけたくないから…」


「ふふふ、何をけったいなことを言ってるのでしょうか! この大宇宙のことわりは強きものが弱きものをほふるのが絶対の原則です!

故に生き物は生まれ落ちてから死ぬまで生きるために争い続けなければなりません! 生きる事とは戦うことなのです!

誰も傷つけたくないですか? ふふふ! それは自分が戦ってこれ以上傷つきたく無いから逃げているだけじゃありませんか!

生きることを自ら放棄するなんて…ああ…何て…何て弱い人間なのでしょう!

ふふふ! 良いですよ! あなたこそがわたしが求めるこの国で最弱の人間です!」


 獅子の様な少女は倒れ伏している僕の前に屈みこむとその手を僕の顔に這わせた。

 綺麗で柔らかい手だった。


「ふふ…ケガしているからわかりにくかったですけれど、やっぱり可愛い顔をしているじゃないですか。なかなかわたし好みです。

なるほど、その顔だから嗜虐心しぎゃくしんを煽って不貞な輩共が寄って来たのでしょうか。わたし、あなたをいっそう気に入りました」


「何だてめえ! 俺たちの楽しみの邪魔をするなよ!」


 僕にリンチを加えていた男子たちが、獅子の様な少女を押しのけようと手を伸ばす。


「…爆ぜなさい下郎!」


 少女の言葉通り、男子たちは弾け飛んでその肉片も塵になって瞬く間に消滅した。


「ぎゃああああああ」


 遠巻きに見ていた女子たちが悲鳴を上げる。

 その声を聞いて僕のリンチには知らぬふりをしていた教師たちが集まって来た。


「五月蝿いですね…消えなさい!」


 少女の言葉通り僕たちの周りの人間は全て消えた。

 男子も女子も先生も、目に見えていた人間は全て弾け飛んで塵になって、周囲一帯は静寂が訪れた。


「あ…あ…僕を…助けてくれるの…?」


「助ける? わたしは自分の目的の為にあなたが必要なだけなのです。聞きなさい少年。

わたしの名は宇宙宮うつのみや 瑠詩羽るしは、数多の宇宙を統べる宇宙覇帝うつはていの娘です。

第三皇女ですが並みいる皇族の中でも抜きん出た力を持っているわたしは、最有力の次帝候補で覇帝姫はていきと呼ばれていました。

ですが突然父はわたしに謀反の濡れ衣を着せてこの地球と呼ばれる星に追放すると、次の命令を出しました。

『地球の最弱国ニホンに住まう最弱の人間を常に生きたまま側を置くというかせを付けた身の上で、追放先の地球を手早く征服して見せよ。それが出来れば命は助けてやろうではないか!』と。

わたしは生きて次帝を継ぐという目的があります。その為には殺されるわけにはいかないのです。だから父の命を確実に遂行する必要があります。

そしてわたしは父のその命令通りに、常に側に置く最弱の人間にあなたを選んだという訳なのです。ですから死んで貰っては困りますので、これを飲んでくださいね」


 少女は自身の指を噛むと滲み出た血を僕の口の中に押し込んだ。


「うっ…うあああああーー! あ、熱いよお!身体が燃えるみたいに熱いよおおーー!!」


 僕は自分の身体が中から別物に変わっていくような感覚に捉われた。

 そしてさっきクラスメートの男子達にリンチされて出来た無数の傷が急速に治っていく。


「少年、あなたにはわたしの血を飲ませました! 覇帝姫の名で恐れられるこの瑠詩羽の血を!

その血はあなたの脆弱ぜいじゃくな身体を作り変えて生まれ変わらせました! あなたは第二の生を受けたのです、この宇宙宮 瑠詩羽の奴隷としての新たな生を!

少年、あなたの名前は何というのでしょうか?」


「僕は…日野 空也…」


「ならば、わたしの奴隷として生まれ変わったあなたには前の人生での苗字など不要ですね。これからは只の”空也くうや”です!

そもそもあなたには愛する肉親も家族も何もないのですからね!」


「そ、そんな…僕には母さんが…女手一つで僕をここまで育ててくれた母さんが居る…たったひとりの大切な家族が居るんだ…」


「ふふ、母さん? ああ、そんなものがあなたには居ましたね…アバズレで淫売ビッチな母さんが…」


「…そんな訳無い! 母さんがそんな筈は無い! 幾らあなたでも母さんへの侮辱は許さない!」


「ふふ…さっきまで虫も殺さない様な顔していましたのにそんなに激しく怒ることもできるのですね、更に気に入りましたよ。

でもですね空也、あなたは気付いているのではないのですか? いや、気付かないフリをしているのですか?」


「そ、そんなこと…」


「ふふふ、ならその目で見て耳で聞くと良いでしょう。今のあなたの身体の五感は地球人だった頃とは比較にならない程、向上しているのですから」


 少女が僕の手を掴んだ瞬間、周囲の景色が一変した。


「わたしの力で空間を跳んだのです、さあここはどこでしょうか空也?」


「ここは…僕と母さんが住んでいるアパートのベランダ?」


「ご名答です、そして今のあなたなら中の様子も声も匂いもわかるんじゃないですか?」


 僕は少女の言葉のままに自分の住んでいる部屋の中を見た。

 そこには精の匂いが充満し、甘い声で囁き合い、裸で抱き合う男女の姿があった。


「ああ、良かったですよお母さん」


「私も良かったですわ先生…」


 何だこれは? 僕と母さんの部屋で母さんと僕の担任の先生が裸で抱き合っている。

 僕の脳が理解を拒む。胸が苦しい。涙が出てくる。

 そして僕は、吐いた。


「空也? 何をしているのですか? 見るのです現実を、そして聞くのです現実を。その目で耳ではっきりと!」


 少女は僕の顔を掴むと部屋の中へと視線を向けさせた。

 嫌だ…僕は…これ以上見たくない…聞きたくない。


「それではお母さん…それでは今月の口止め料です。自分の分は抜いておきましたので、後で封筒の中の金額を確認してくださいね」


「ふふ、先生とこんなことまで出来てお金も貰えるなんて悪いですね」


「校長は教育委員会からイジメの件数はゼロにしろというお達しを受けていますからねえ。

その為にはこういう風にイジメの被害者の家族にもお金を渡して黙らせるのもいとわない。

いやはや役人というものは保身と出世の為に何でもする恐ろしい生き物です」


「ふふ、まるで他人事のように言うのね先生は」


「俺はしがない只の下っ端でですよ…こういう風に賄賂の金を中抜きしてから渡して、そして綺麗なお母さんと仲良く出来ればそれでいいんです」


「まあ私も息子が虐められていようがどうでもいいわ、所詮は義務教育が終わるまでの世間体で育ててきただけ。

虐め殺されるならその期間が早まってむしろご褒美だわ。それよりも先生…また身体がうずいてきたんだけど、いいかしら?」


「まったく酷いお母さんだ…」


「ああっイヤ! お母さんなんて言わないで! 宏子って呼んで!」



「ああ…ああッーうわあああああ!!」


 僕は絶叫してその場に崩れ落ちた。母さんと担任がただならぬ関係と言うのは何となく察しがついていた。

 でも、それでも…ここまで酷い関係だったとは…そしてこんなにも酷い事実があったなんて…。

 僕にはもう耐えられなかった。もう何も見たくない聞きたくない。


「空也、これが現実なのです。あなたを愛する者は誰も居ないのですよ。いや誰もが自分の欲望の為にあなたの不幸を願っていると言っていいでしょう。果てはあなたが命を奪われる事すら望んでいるのです」


「嫌だ…もう…何もかも嫌だ…」


「生き物は生き続けなくてはいけないのです。それは生まれ落ちてから死ぬまで与えられた使命であり理。

そして自身の命を奪おうとするものは全て敵なのです。例えそれが親であっても」


「うっ…うう…」


「空也、あなたはわたしが数多のニホン人の中から見初めた奴隷なのです。その身体の血の一滴まで全てわたしのものなのです。

わたしの所有物であるあなたを勝手に不要と決めつけるもの、あなたを虐げる者、命を奪おうとするもの、その全てをわたしは許しません。

そんなものはわたしがが根こそぎ消して上げましょう、あなたが望むなら今すぐにでもです」


「…けして…」


「はい? もっと大きな声で言ってください」


「消して! 何もかも! 消してください! 瑠詩羽様あ!」


「…良く言えましたね、空也。そんなあなたにはご褒美をあげないといけませんね…消えなさい!」


 瑠詩羽様の言葉通り僕の住んでいた部屋は中に居た誰かと一緒に吹き飛んでこの世から完全に消え失せた。


「あっ…あ…ああっ…」


 僕の目から涙が溢れた。流れて落ちていくその涙からは、僕が普通のヒトだった頃の記憶も、母だったモノとの思い出も、ヒトとしての感情も、何もかも流れ出ていくようだった。


「さあ、行きましょうか空也。次はあなたを殺そうとしたものの大元を消しに行きましょう」


 瑠詩羽様はにっこりと微笑んで僕の手を掴んだ、その瞬間、また周囲の景色が一変した。

 目の前にはその最上部が2つの塔に分かれた巨大な高層ビルがそびえ立っていた。この国の首都、東京市のおさが鎮座する、市庁ビル。

 瑠詩羽様と僕とハクリュウさんはそのビルの中間ぐらいの高さの空中に浮かんでいた。


「ふふふ、ここがキョウイクイインカイという輩の住処でしょうか? ハクリュウ」


「はっ、姫様。どうやらこのトウキョウという都市を治めるおさの城でもあるそうで、城内の一角をキョウイクイインカイという輩が間借りしている様です」


「ふふっ、確かそのキョウイクイインカイを任命しているのがこの都市の長ということでしたね、なら手間が省けて良いでしょう」


 瑠詩羽様は市庁ビルに向けて手を伸ばした。


「瑠詩羽様、何を…?」


「…何って、このひとたちは自身の利益の為にあなたを苦しめてあげく殺そうとしたのですよ。

直接殺そうとはしてない? そんなことはないですよ、確実に貴方を見捨て、あわよくばそのまま殺される事すら望んでいたのですよ。

このひとたちの手足のケイサツとやらの兵隊も、もちろん同じ考えですよ。

だれもかれもこう思っていますよ、自身の欲の為に他人を不幸にしてあわよくば虫けらの如く殺して愉悦に浸りたいって。

空也、この街であなたを助けたいと思っている人間は一人もいないのですよ。

この街の人間の全ては大小の差有れどあなたが殺されることを願っていたと思っていいでしょう。

でもあなたはそんな奴等の思う通りに殺されてやる必要は無いのですよ。

全ての生き物には生れ出た瞬間から生き続けなければならないのです。

そして自身を殺そうとする者は全て敵です、敵は全て殺さなければなりません。

これは生物としての正しい理。

殺すのは悪いこと? それは誰が言っているのでしょうか?

それはこの都市の範囲で言うのなら、この都市の長であるこの城の主とその手下どもが、仕返しで殺されないために、自分達の保身の為だけに言っているだけではありませんか?

彼等は自分より弱い者共を常にいたぶり殺す気満々なのに…」


「瑠詩羽様…でも…僕は…」


「ふふふ、あなたはそれでもこの城のひとたちを殺したくはないのですか?

本当に…情けなくて…弱くて…心の底から彼等の悪意に侵され…洗脳され尽くした…可哀そうな子です。

でもいいのですよ空也。

このひとたちを殺したいのはあなたじゃなくて、他ならぬわたしなのですから。

わたしのお気に入りの奴隷に害を為し、殺そうとした奴らをわたしは許さない。それだけのことなのですよ。

ふふ、他者を虫けらの様に殺そうと思った者はその瞬間から自分が虫けらのように殺される可能性も考えるべきでしたね。

永遠に不変のワンサイドゲームなんてこの大宇宙ではありえないのですから…爆ぜなさい!」


 瑠詩羽様の言葉通り、巨大な市庁ビルが粉々に吹き飛んで、建物と肉が焼ける匂いが充満して、そしてその全てが瞬く間に塵となって、この地上から完全に消え去った。


「ふふっ、空也! あなたを害するもの、命を奪おうとするものはこのわたしが全て消しました!

あなたはこの街のくだらない悪意の命の束縛から解き放たれたのです!

これからはあなたの心も体もその思考の全てから血の一滴に至るまで全てわたしのものとなります!

それを深く心に刻み、このわたしに全てを預け、全身全霊を持って従属しなさい!」


「はい…瑠詩羽様…」


「よろしいでしょう! それでは新たなるわたしの奴隷を我が城に招待しましょう! 覇帝姫宮殿要塞はていききゅうでんようさいヴァーンニクスに!」

 

 瑠詩羽様がそう言った瞬間、また周囲の景色が一変した。僕と瑠詩羽様は見たことも無い建物の中に居た。                                                                

 壁は見たことも無い質感の金属で出来ていた。足元の床は透き通っていて眼下には巨大な地球の表面が映し出されてニホン列島の姿も見えた。

 もしかしてここは宇宙空間なの?


「ハクリュウ、ヴァーンニクスを降下させなさい。目的地は先ほどわたし達がいたニホンという国の王の居城です!

当初は真っ先にこの星の支配国家を攻撃して墜とすつもりでしたが目標を変更します」


 瑠詩羽様はずっと彼女のかたわらに控えていた全身鎧づくめの男性に命令を出す。

 そうかこの人はハクリュウさんというのか。


「姫様。目標変更は構いませんが、何かありましたかな?」


「簡単な事ですよ。この弱小国家の人間達はわたしの見初めた大切な奴隷を殺そうとしていたのですから、その集合体たる国にもその責を払ってもらうことにしました。只それだけのことです」


「御意。ですがこのまま降下すると地球人に我々の姿が認識されてしまいますが宜しいのですか?」


「構いません。この程度の文明レベル如きで認識されようとも、このヴァーンニクスに傷一つ与えられるとも思えません。

そしてこの覇帝姫、宇宙宮 瑠詩羽がこそこそ隠れるなど恥もいい所です。

真正面から全てを受け、そのことごとくを返り討ちにしてあげましょう!」


 僕たちの乗る覇帝姫宮殿要塞ヴァーンニクスは凄まじい速度で地上に降下し、あっと言う間にニホン国の首都である東京上空に全長数キロにも及ぶ巨大な姿を停めた。





※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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