第11話 第二皇女、愛衣羅(あいら)。
「これはわたし達、宇宙宮皇族の長女であられる愛衣羅お姉様…ご機嫌麗しいですわ。お美しいお姉様が何故こんな辺鄙な星に参られたのでしょう?」
わたしは皇族の雅な言葉で愛衣羅に言葉をかけた。
「うふふ、猫かぶりな台詞は良しなさいね瑠詩羽。お前がわらわのことを大嫌いなのは重々承知なのだからねえ。
こんな辺境の星に来た理由はさっき言った通りかしら、敗北と絶望の屈辱の海に沈む妹の困り切った顔を見る為よ!」
『水麗毒蛇長城ヒガンバレイズ』から放たれた凄まじく甘い匂いは、一気に首都ホキンの全域を包み込み更に周囲に広がっていく。
「あっ…かはっ!?」
空也がそのあまりの強い甘さの匂いに耐えられなくなった様で、その表情が蒼白になって身を屈めた。
「これは人形使いである愛衣羅の得意とする傀儡術、『甘香毒空域』ですね。
この甘い香りを吸った者は自我を奪われて文字通り愛衣羅の操り人形になってしまいます。
今の空也はわたしの血で強靱な肉体に生まれ変わっているとは言え、何の防衛策も無しにこの甘さを嗅ぎ続けるのはちょっときついでしょう。
ハクリュウ、空也に耐性フィールドを展開して護りなさい」
「姫様、御意」
ハクリュウは自身のマントを広げて空也をその中に招き入れる。空也の表情が元の肌の色に戻っていく。これで一安心である。
「姫様、首都ホキン外周空域で滞空し睨み合いを続けていた戦闘機群が全てこちらに向かって来ます」
今までにない圧倒的な数の戦闘機群が空を黒い影で埋め尽くしながらわたしたちに向かって来る。
「愛衣羅様! 万歳ッ!」
戦闘機のパイロットは愛衣羅の名前を叫びながらバルカン砲と空対空ミサイルを連射しながら真っすぐ突っ込んできた。
バルカンもミサイルもわたしには効かないが全く怯むことなく、最後は機体そのものをぶつけて特攻した。
「「「愛衣羅様! 万歳ッ!」」」
「「「愛衣羅様! 万歳ッ!」」」
「「「愛衣羅様! 万歳ッ!」」」
全ての戦闘機のパイロットは口々に愛衣羅の名前を叫びながら次々とわたしに特攻して来る。
愛衣羅の傀儡術に完全に自我を奪われ文字通り彼女の人形と化した彼らの総特攻攻撃。
「爆ぜなさい!!」
わたしは声量を最大まで引き上げて破壊の意思を乗せた言葉を叫んだ。
自我も無くただまっすぐ飛んでくる特攻攻撃ならば音の速度程度の攻撃でも充分に当たるからだ。
わたしを中心に球状に広がった破壊音域のフィールド内の戦闘機群は全てバラバラに弾けて吹き飛んだ。
だが自我が無いということは恐怖も無いということ、前の機体が砕け散っても怯むことなく飛び続けてわたしに次々と特攻してくる。
「姫様、弾道ミサイルが来ます、『東風』という名の様です」
大量の弾道ミサイルが飛来してわたしたちの頭上で次々と爆発し、巨大なキノコ雲が幾つも上がる。
間髪入れず中型ミサイルの束がわたしたちを襲い、続いて戦闘機のバルカンと空対空ミサイルの雨嵐がわたしたちを撃ち付けて来る。
全ての武装を討ち尽くした戦闘機は自らを弾にして特攻して砕け散った。
眼下の都市は大中小のミサイルの爆炎と流れ弾と戦闘機の特攻爆発で撒き散らされた燃料にに着火した業火で焼き尽くされて凄まじい火の海である。
先ほど迄の完全な逃げ腰とはまるで違い、後先を考えないまさに命すら捨てた決死の戦い方だが、わたしの心は全く満たされ無かった。
何故ならこれは人形使いである愛衣羅に自我を奪われ文字通り操り人形と化した者たちの意思無き空虚な攻撃だったからだ。
「お姉様、この国の軍人は生き残る事に貪欲であるが故に、自分達より強者であるわたしとの戦いから全身全霊で持って逃げていました。
その様な者たちの自我を奪い無理やり攻撃させたとて、所詮は空虚な傀儡の人形の軍、そんなものを幾らぶつけてもわたしに勝てる筈はありませんよ」
「うふふ、確かにわらわの人形ではお前には傷ひとつもつけられないでしょうねえ。
だがお前に敗れ、あるいは流れ弾で死んだこの国の莫大な人間の魂はお前を殺せるだけの力を持った存在への餌となったわ、見なさい瑠詩羽! ヒガンバレイズを揺り籠として生まれたわらわの可愛いペットの姿を!」
水麗毒蛇長城ヒガンバレイズの下部が割れ、巨大な卵が排出される。
それは瞬く間にヒビ割れて、中からヒガンバレイズを超える大きさの巨大な龍が姿を現した。
「姫様! これは大宇宙の底にある混沌の海に住まうとされる幻の巨龍原種、『深淵龍』! まさか第二皇女がその卵を所持してようとは…」
「うふふ、どうかしら瑠詩羽。混沌の海を泳ぎ宇宙開闢のきっかけすら生み出すという深淵龍とわらわを同時に相手にしては、幾ら覇帝姫と呼ばれるお前でも敵わないのではないかしら?」
「なるほど、この龍を誕生させるために大量の命を散らしてその魂を喰わさせたということですか。
ですが良いのですかお姉様? その龍はまだ生まれたてで随分とサイズが小さい様ですよ? わたしから言わせて頂くならわたしが先に戦った邪神竜メディアスのほうが遙かに大きかったですけれどね」
「…何ですって!? お前如きが倒した低俗な邪神竜と、高位存在であるわらわの可愛い深淵龍とを一緒にするなアッ!!」
深淵龍はその巨大な口を開けると深遠の吐息を吐き出した。わたしはブレスの範囲外へと跳んでかわすものの、凄まじい破壊の波動は周囲を薙ぎ払い、首都ホキンは皇帝城を残して完全に消滅した。
わたしは皇帝城の宝物というものがちょっと気になっているので、そちらに常に障壁を展開しているのだがこの調子ではいつこの国の大陸ごと薙ぎ払われてもおかしくはない。
障壁を完全にするにはもっと力を注ぐしかないのだが、深淵龍は流石に片手間で相手をするレベルの相手ではない。ハクリュウは空也を護っているので彼に手助けを求めることは出来ない。
「仕方がありません! あれははわたしを堕落させるので出したくは無かったのですけど…手が足りないのでやむを得ませんね!
わたしの解散した【モフモフ殿】の最後の一匹、『幻雷獅子皇獣アルマレオン』出て来なさい!」
わたしの後ろの空間が歪んで雷を纏った一匹の巨大な獅子が姿を現した。
彼はわたしに真っ先にかけ寄ってくると久しぶりに会えた主人に甘えたいとばかりに顔を舐めてきた。
ああ…わたしはいてもたってもいられなくなってアルマレオンのその毛並みを、耳を、モフモフを撫でまくった。
「ああー!! 可愛い可愛い可愛い!! わたしずっとモフモフしていたいですううう!! …はっ!?」
空也とハクリュウがアルマレオンをモフモフしまくっているわたしを見つめていた。
何その目…ちょっとセイリュウ、その覚めた目は何…?
空也、何その見てはいけないものを見たような顔は…?
仕方がないこれはモフモフなのだから。
これは不可抗力! 不可抗力なのだ!
覇帝姫、宇宙宮 瑠詩羽とて抗えないモノがある。
…な何、いま空也…わたしを見てちょっと笑った?
まさかモフモフの虜なわたしを見て可愛いとでも思ったのですか!?
この覇帝姫、宇宙宮 瑠詩羽ともあろうものがまた可愛いと思われたのですか!?
それもわたしの奴隷なんかに! しかも空也なんかに!
こ…これはまたお仕置きが必要ですよね空也! 空也あ!!
「あはははは! 語るに落ちたわね瑠詩羽! そんな小さな愛玩動物でわらわの深淵龍を相手できるとおもっているのかしら!」
「ふふ、お姉様。幻雷獅子皇獣の名を見くびって貰っては困りますわ。
【モフモフ殿】は覇帝姫たるわたしの闘気を鈍らせて駄目にしてしまいますから解散しましたけれど、この子は愛玩動物ではなく”強い”から唯一残したモフモフなのですよ。
その力を魅せて差し上げますわ! さあ行きなさい、アルマレオン!」
うおおおん! 『幻雷獅子皇獣アルマレオン』は高々と吠えるとその身を巨大化させた。
幻獣である彼にとってはその大きさは自由自在、深淵龍と戦う為に自身を最も適したサイズに変えたのだ。
アルマレオンは雷をその身に纏うと深淵龍に飛び掛かった。
ぶつかり合う巨大な生物同士の戦い、凄まじい雷撃が周囲に弾け衝撃波が巻き起こり、一面荒野と化した首都ホキンに僅かに残った都市の残骸を更に細かく砕いて吹き飛ばしていく。
「ふう、これで皇帝城の障壁は完全ですね」
わたしの最強のモフモフに深淵龍の相手を任せている間に皇帝城を包む障壁に自身の力を注ぎ完全なものとした。
これで例えこの大陸が吹き飛んでも問題は無いだろう。
「…何が『ふう、』よッ!わらわの目の前で随分と余裕めいた動きをしてくれるわねえッ!!」
愛衣羅が怒りに満ちた表情で手にした鉄扇でわたしに斬りかかって来た。
わたしは手を振るいその一撃をいなす。
「あら、お姉様。まだ居たのですか? ですが貴女はお世辞にも戦闘力は高くは無いでしょう。ここは大人しくお退きなさっては如何でしょうか?
わたしは久しぶりのモフモフで気分が良いのです。このままこの星から尻尾を巻いて逃げるなら今は命は獲りませんよ?」
「なめるなああッ! 小娘があッ!!」
愛衣羅の鉄扇から黒いトゲが飛び出した。これは毒仕込みか!?
わたしは手でいなすのを止めて身を逸らして避けに徹する。
「あはははは! 流石に察しがいいわね瑠詩羽ッ! これは猛毒であるわらわの血を更に収縮して精製した超猛毒を仕込んだモノ!
これを受ければ毒に完全な耐性のある竜ですら無事では済まないのよッ!」
愛衣羅は日々あらゆる猛毒を飲み続けて毒にする完全耐性を獲得している。
その結果、彼女の体液全ては致死性の猛毒なのである。
故に彼女と交わった男性は全て中毒死するらしいが、それでどうやって子を成すのだろうかとわたしはいつも疑問に思っている。
「ふふっ、お姉さま。あたらなければどうということはありませんわ。
それよりも愛衣羅お姉様、導名雅お兄様を焚きつけてわたしと戦わせたのは貴女の策ですか?
お兄様は所詮は文官気質の方ですから、わたしに正面切って戦いを挑むなどおかしいと思っていたのですよ」
「うふふ! 導名雅を焚きつけたのがわらわだとしてもそれが何なのかしら!
実際に導名雅を返り討ちにして殺したのはお前なのだからね!
まあわらわは妹に甘いあの頼りない兄にちょっとだけ口添えしただけよ、力溢れる妹が皇家の完全掌握の為に自身の意に従わない皇族全てを排除しようとしているってねッ!」
「そうですか…わたし、先程この星から尻尾を巻いて逃げるなら今は命は獲りませんと言いましたが、前言撤回します」
「はあ? 何を言って…ぐぶあッ!」
わたしの放った蹴りは愛衣羅の腹に直撃し彼女を小石の様に吹き飛ばした。
次元速度で跳んだわたしは愛衣羅の飛んだ先に回り込みその背中に蹴りを見舞う。
彼女の身体は宇宙庭球のボールの様に跳ね返されて地面に衝突し巨大なクレーターを作り上げた。
「がふあッ…る、瑠詩羽あ!」
「わたしは最初から導名雅お兄様と戦う気はありませんでした。あのひとは幼い頃のわたしを相手をしてよく遊んでくれた優しいお兄様でしたから。
これは偽ざるわたしの本心です。ですが、わたしに刃を向けて来た以上はその命を奪うしかありませんでした。
わたしは次帝にならなければ成らないのです、それが亡くなった母上との約束ですから。
…よくもわたしにお兄様を討たせましたね! 許しませんよお姉様!」
「…ぐ、うう…自分で殺しておいて何を身勝手なことを言ってえ…わらわはねえ…卑しい庶子であるお前の母も、その腹から生まれたお前も…絶対に認めないわよッ…」
「貴女に認められなくても結構ですよ、元々宇宙宮皇家は実力主義の皇族です。血など何なのと抜かす貴女がむしろおかしいのです。
それではそろそろお仕舞にしましょうかお姉様」
「舐めるなああッ下賤な小娘えええッ!! 『究極人形態』!!」
愛衣羅は凄まじい速度で跳んでわたしに襲い掛かって来た。
拳を振るい蹴りを繰り出す、息をつかせぬ嵐のような連続攻撃。
移動速度も拳と蹴りの速度も速い。
そしてその一撃が重い。
その戦闘力は先程とは比べ物にならない。
「なるほど、自身の身体を『操り人形』と替えて宇宙宮皇族の身体能力を極限まで引き出したのですか。
しかしそれは自身の肉体のリミッターを壊す様なもの、そのまま無理を続ければ身体の崩壊すらも有り得るでしょう。でも後先も考えないその姿勢は良いですよお姉様!」
「その余裕がいつまで続くのかしらね瑠詩羽あッ! 深遠龍ッ!!」
愛衣羅は凄まじい速度で飛ぶと深遠龍の頭に飛び乗った。そして自身の両手を龍の頭に突き付けた。
「お前も全ての力を開放なさいッ! 『究極人形態』!!」
力を極限まで開放した深遠龍から凄まじい力場が巻き起こって、組み合っていたアルマレオンは大きく跳ね飛ばされた。
わたしはアルマレオンの側に跳んで、それ以上飛ばされないようにその身体を支えた。
「消えされえええ瑠詩羽あッー! 深遠龍! 深遠の吐息、最大火力ーー! 薙ぎ払ええッーー!!」
愛衣羅は自身の持てる力を全て深遠龍に注ぎ込んだ。愛衣羅の力が龍に上乗せされる。そして深遠龍の口内に光が収束、とてつもない威力の破壊のブレスが放たれた。
「わたしの可愛いモフモフ、アルマレオン! 幻雷獅子皇獣の力を魅せなさい!」
うおおおおおん! 雷の獅子は雄々しく吠えるとわたしをその背に乗せて深遠龍の吐き出した破壊のブレスに突っ込んだ。
その頭に生やした雷を纏った一本の角がブレスを斬り裂いていく。
雷の獅子はそのまま龍に体当たりしてその巨大な頭を傾けさせ、ブレスの発射を停止させた。
その衝撃で深遠龍の頭から振り落とされる愛衣羅。
「こ、このおッ! まだ、まだよッ! 深遠龍! 深遠の吐息をもう一度撃ちなさい! 今度こそ瑠詩羽を殺すのよッ…何ッこれは!?」
深遠龍の巨大な身体が朽ちて崩れていく。
龍は力なく声を上げるとその首を下げて落下し、地上に墜落。
そしてその身体は崩れていき無へと還っていく。
「生まれたてで限界まで力を開放されて、それに加えて限界まで開放した貴女の力も注がれては、さしもの深遠龍といえども肉体が耐えられなかったのではないでしょうか?
もっと時間をかけて育て上げれば、わたしに対抗できる力となったかもしれませんねお姉様。時を急ぎ過ぎましたね」
「お、おのれ瑠詩羽あ…ぐふおッ!?」
わたしの次元速度の拳が愛衣羅のみぞおちに深くめり込んだ。
続けて彼女の胸倉を締め上げて動けない様にする。
「それではあなたの可愛いペットもあの世で一匹では寂しいでしょうから、お姉様も後を追わさせて差し上げますね」
「ひいっ! …や、止めてっ! 止めなさい瑠詩羽! わらわが出来ることはなんでもするから! 命だけは!!」
「それではお姉様、わたしの質問に正直に答えて下さいね、今回のわたしの追放劇の首謀者はあなたですか?」
「ち、違う…わらわは所詮、父上の意思に乗っただけよ…何の後ろ盾もなく、力溢れるあなたに挑もうなんて…リスクが大きすぎるわ…」
「なるほど父上ですか…なるほど、次帝として名を上げるわたしを排除していつまでも皇座に君臨したいと思いましたか?
それにしてもわたしを排するのが急すぎます、誰か他の皇族が父上に働きかけたのでしょうか?」
「あ、あの瑠詩羽…そろそろ離してほしいのだけれど…」
「わかりましたわお姉様、それでは」
わたしは右手でお姉様を締め上げたまま空いた左手をお姉さまの顔に向けてかざした。
「な、なんでよおッ!? わらわは正直に話したじゃないのよおッ!!」
「はて? わたしは命を助けるなんて言った覚えはありませんよ。
それにわたしは最初に助かるチャンスを与えましたよね?
それを無下にして攻撃を仕掛けて、状況が悪くなったら命乞いなんて都合が良すぎるんじゃないですか?
まあどちらにしてもわたしはいつかお姉さまを殺すつもりでしたけどね。
要はそれが今すぐか後になるかだけです。
だってわたしは策謀と傀儡の術でひとを操るお姉様が昔から大っ嫌いでしたから。
それではごきげんよう、さようならお姉様」
「や、止めて…助け」
わたしのかざした手から凄まじい破壊の光が放たれて、愛衣羅の身体は肉片の一片も残すことなくこのセカイから消滅した。
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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