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第9話『憤怒の炎』

 




「すみません、ただいま戻りました!」


 海良は駆け足で、他の隊員と合流した。


「おっ、戻ったか。あたしらの出番はもうちょい先になりそうだよ」


 チームメイトの一人・桐奈(きりな)は鎮火中の校舎を見上げながら言った。

 今は消防隊員が消火活動をしながら、その隊員と一部のGOL隊員が救助活動をしているところだった。


「郁仁も救助活動に行ってるところだ。ある程度落ち着いたら、あたしらもディアロイド倒しに行くよ!」


 と、桐奈は麻酔銃を構えながら意気揚々と言った。


「……はい!」


 と、海良は張り切って返事をした。


「……ここ、あんたが通ってた学校なんだってね。話は聞いたよ」


 と、桐奈がしかめ面で、燃え上がる校舎を見上げて言った。


「本当に厄介な奴らだねえ、あいつらは」


「全くですよ」


 海良の声は怒りが込められ、震えていた。


「必ず、僕たちで倒しましょう!」


 あの邪魔者に先手を打たせたくない。

 彼の言葉には、そんな気持ちも含まれていた。


「いい心意気だ」


 と、桐奈がニッと笑った。


 しかし、隣の少年を見下ろし、怒りのあまり冷静さを失うのではと危惧した彼女は、すぐに付け加えた。


「……あくまでも、冷静にね」


 くれぐれも、うっかり取り乱して倒すべき相手に身を滅ぼすんじゃないよ。

 桐奈は心のなかで、静かにそう言った。



 *******



 校舎に乗り込んだ遊魔は標的を見つけ出すべく、火に包まれた迷宮をさまよっていた。


「どこにいるんだ……?」


 長い廊下を渡り、階段を降りては昇り、火事の元凶の行方を探る。

 肌をかすかに焼くような感覚を覚えながら、廊下を走り抜ける。


 再び階段を上がり、4階にたどり着くと、遊魔はディアロイドの気配を感知した。


「この先か……」


 彼の視線の先には、ノブつきのドアがある。

 それを開けば、戦闘が始まる。

 

 遊魔は真っすぐに駆けながら、手を右眼の前にかざし、もう一つの姿に切り替わる。

 周りの炎を吹き消さんばかりの、金色の風が遊魔を包む。

 白い髪の戦士が現れると、風は自然と収まった。


 ノブに手がかけられ、ドアが開いた。

 ドアの向こうは、2つの棟を結ぶ長い通路だ。

 他の階のとは違って屋根がなく、校庭や中庭を見渡せるようになっている。

 その中心部に、標的はいた。


「(あいつか……!)」


 それが確かにこの火災の元凶だと、遊魔はすぐにわかった。


 高さ2メートルほどの怪物は、全身が紅蓮に染まり、所々か小さく炎が燃え上がっていた。

 背後からの気配に振り向く顔は、鬼のごとし。

 かげろうに揺らめくその姿は文字通り、全身で怒りを表しているかのようだった。


 烈火。憤怒。

 そんな言葉を連想させる目の前の怪物は、これまで遊魔が相手にしてきた中でも、トップクラスの魔力を持っていた。


 怪物が遊魔に体を向け、一歩踏み出した。

 攻撃をしかける合図だ。

 怪物の手から火が放たれた瞬間、遊魔は跳躍し、敵の背後に回った。


「ふっ!」


 拳を突き出すと、怪物は素早く振り向いて攻撃を防いだ。

 手のひらから伝わる熱さを感じながら、拳をじりじりと押し付け、相手を睨む。

 力が強く反発し合い、遊魔は後ろに押し出される。


「チェーン/アクア」


 間髪入れず、遊魔の攻撃。

 激流を纏った鎖を鞭のようにしならせ、怪物を打ち付ける。


「グゥッ……!」


 敵は怯んだものの、大きなダメージは入らなかった。


「やはり威力は低いか……」


 その上、この技を繰り出せる回数も限られていると、この時遊魔は気づいていた。

 その隙に、正面から火の球が真っすぐに飛んできた。


「くッ……!」


 身体をひねらせ、間一髪で回避した。

 それでも火の玉はひっきりなしに繰り出され、遊魔は反撃する余裕もなく、回避し続ける。

 火の連撃を脱出する隙を見つけ、右手を構えようとした、その時。


 ――バシュンッ。


 ディアロイドの背中に銃弾が撃たれ、動きがわずかに鈍くなった。

 他者の介入に、遊魔は思わず眉をひそめる。


「こちら、第42区北部、中高一貫教育学校! ディアロイド一体確認!」


 海良の声だった。


『どんな特徴?』


 通信機のノイズ越しに女の声。


「全身が燃えるように赤く……攻撃手段として火を放っている模様です!」


『恐らく、火炎型の上級ね。かなり強力だから、気を付けてね』


「承知しました!」


 海良は威勢よく返事をし、通信機をホルダーにしまった。



 *******



「その調子。上出来だよ」


 桐奈は麻酔銃をガンホルダーにしまいながら言った。


「ありがとうございます!」


「くどいようだけれど、あくまでも、冷静にね」


 と、桐奈は攻撃用の銃を構えながら言った。


「……だといいのですが」


 という海良の呟きは、先に進んでいた桐奈の耳には届いていなかった。

 彼の中の導火線は、ディアロイドを目視した時点で既に点火され、両腕は震えていた。


「とっとと失せな!」


 桐奈の銃撃が2発、3発当たると、ディアロイドは怯んだように渡り廊下から飛び降り、逃亡を図った。


 するとその向こうに、他の姿があることに2人は気づいた。

 白い髪とマントに、金色の瞳。

 

「あの野郎……!」


 その姿は怪物の後を追わずに、無表情でその様子を見下ろしていた。

 その態度が海良には不可解で、彼の爆発をさらに早めてしまった。


「一体何のつもりなんだ!」


 海良は全速力で桐奈の横を走り去った。


「ちょっ、まさか」


 まさかそこから飛び降りるんじゃないだろうね⁉

 そんな桐奈をよそに海良は小型のボムを取り出し、素早い動きで、上部につけられた金具を食いちぎった。


「ぅおらああッ‼」


 そして豪速球で、眼下に広がる地面に叩きつけるように、ボムを投げた。

 海良は爆風に巻き込まれない範囲に退避し、桐奈もそれに続いた。


 5秒もしないうちに、小さな爆発が起きた。

 海良が見下ろすと、怪物は多少ダメージを喰らっていたものの、まだ正常に動ける状態だった。


「やはり一発じゃ足りないのか!」


 海良は怒りのままに柵に手をかけたかと思うと、そのまま中庭へ飛び降りてしまった。


「やれやれ、世話が焼ける子だ!」


 引き留めるのを聞き入れられなかった桐奈は、仕方なく校舎に入り、中庭に駆け降りていった。


 足に違和感を覚えつつも戦場に着地した海良は、すぐに戦闘の体勢に出た。


 逃亡を図っていた怪物は、彼に背中を向けていた。

 近接用の武器であるナイフを装備し、ディアロイドの赤い背中に接近して振り上げる。


「ふ、っ!」


 殴打するように、ナイフを勢いよく振り下ろした。

 その瞬間、海良の全身がぶるっと震えた。


 その感覚は、恐怖によるものではない。

 その初めての感触が、海良を瞬時に興奮させ、そして瞬間的に昂らせた。


 僕はこの手でディアロイドを倒している。

 そう実感しながら、呼吸を荒げ、振り向いてきた怪物を仰ぎ見る。


「よくも……僕たちの大切な場所を……っ‼」


 飛んできな拳を、間一髪で回避する。


「僕は……貴様()()を撲滅するッッ‼」


 ナイフの切っ先を振り、反撃に出た。

 彼のディアロイドに対する恨みは、この一言では決して晴らされなかったし、実際に1対1で対峙することで、その感情はさらに膨張していった。


 ナイフを持たないほうの手で、怪物の腕に掴みかかる。

 腕をぎゅっと締め付けながら、怪物の腹をめがけて膝蹴りを入れた。


 4発目が入る直前、怪物が反撃に出た。

 腕を掴む海良を、思い切り振り払った。


「くっ!」


 身を吹っ飛ばされた海良は体勢を立て直しながら、ギロリとディアロイドを睨み上げる。


「おのれ……ッ!」


 内なる怒りの炎を噴出させながら、掴みかかるように攻撃に出る。

 勢いよく振られるナイフは回避され、もう一発も、ぎりぎりのところで躱された。


「海良、守備体勢に入るんだ! 無茶するな!」


 中庭に降りてきた桐奈が大声で呼びかけた。

 が、海良の意識は目の前の敵に全振りしてしまい、その声は届いていなかった。


「ぐは、っ!」


 そのそばから、海良は真正面から突き飛ばされてしまった。

 桐奈はすかさず、海良と怪物との間に入り、海良をかばうようにして銃弾を撃った。


 だが、耐性のついた巨体は、銃弾を弾きながらひたひたと近づいてくる。


「一旦避難するよ……」


 と、桐奈は苦々しい顔で言った。

 しかし、彼女の言葉はまたも届かず。


「ぅおおおぉぉぉぉおおおお‼」


 海良は地面から起き上がるや否や、捨て身でディアロイドのもとに突っ込んでいった。

 彼はすっかり、目の色を変えてしまっている。


 後先考える余裕はなく、ただ、自分の手でディアロイドを打ち負かしてやるという思いだけが彼を支配している。

 海良は火だるまになったように、怒りに身を任せてナイフを振って戦っている。


 拳が飛んできては体をひねらせて回避し、片足に力を込めて踏ん張る。

 切っ先を真っすぐに振る。


「ふ、ッ‼」


 またも、空振り。


「やぁあッ!」


 その隙に、左足でキックした。

 それでも攻撃は当たらず。


 身を滅ばさんばかりに手を、足を振り乱す海良はがむしゃらにぶつかり続ける。


「おのれ……おのれディアロイド――‼」


 内に込められた怒りと憎しみをすべてぶつけるように、海良は叫ぶ。

 ナイフの先は、赤く燃える左肩にかすった。


 もう一発ナイフの先が当たったかと思えば、海良は逃げ遅れ、悪魔の手に胸倉を引っ掴まれた。


「く、っ……」


 海良が宙に浮いたまま正面から睨むと、ディアロイドは一対の眼を光らせ、囁くように言った。


「……サナイ……」


 人間の女に似た声。


「ユルサナイ……」


「おのれ……」


 海良はしかめ面のまま、それに連られるように、わずかに口を開いた。



 海良は徐々に表情を緩めている。

 喉の奥から声を出しながら、両腕を震わせている。

 彼は思考を失いかけ、抵抗をすっかりやめていた。


 その間、ディアロイドのもう一方の手が、海良の剥き出しになった腹部にべったりと触れた。


「っ……僕は…………!」


 力が抜けていくのと同時に、何か未知の物質が、体の深部へと注がれるような感覚に見舞われた。


「僕、は……?」

 

 遠くのものをぼんやり見るような、虚ろな目。

 海良は刹那、暗闇の中に揺らめく紅い炎を見た。


 その元となっているのは、怒りと憎しみ。

 それは時間と共に火の手を伸ばし、徐々に肉体の核部分へ迫ってくる。


 文字通り、海良は憤怒の炎に身を焦がす寸前だった。



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