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第7話『不穏』

 




 だから俺は英雄なんかじゃないんだよ――!


 夢の中で声なき声でそう叫び、遊魔は現実世界で目を覚ました。

 目が覚めた瞬間、夢での記憶は一瞬にしてどこかへ消えてしまった。

 決して楽しい物ではなかったことだけは覚えていて、かすかな後味の悪さは残っているが、その内容は一切思い出せない。


 割れたガラス窓から太陽の光が差し込み、灰色のコンクリートの壁にもたれる彼はまぶしそうに目をすがめる。


 この少年に、帰るべき場所はない。

 毎夜、中心都市から遠く離れた場所で戦闘を繰り広げ、その後、廃墟となったマンションの一室に身を潜める。


 この場所には、正確な時間を知らせるものは何もない。

 壁には正方形の時計がかかっているが、針は止まっている。

 外から降り注ぐ白い太陽の光だけが、彼に一日の始まりを告げる。



 遊魔は自分の身だしなみをざっと確認し、外に出た。

 茶色がかった、軽く耳にかかる髪。

 無地のワイシャツに黒いズボン。

 見た目だけは、何の変哲もない素朴な少年だった。


 街にディアロイドさえ現れなければ、人々は彼の隠された能力を知ることはないだろう。


 学校にも通わない彼に、行くべき場所はない。

 いつもの街に出て、あてもなくさまよい、標的としている怪物が出てくればその場で倒す。

 そしてその隣には、高確率で銀髪の少年が付いてきている。

 それが、彼の日常だ。


 自ら飛鳥に会いに行かずとも、彼はいつも付いてくる。

 それでも遊魔は、彼を拒絶したり、追い払ったりはしなかった。

 かといって、歓迎する素振りを見せたこともなかったが、夜空に月が現れる時までは、彼を好きにさせていた。


 遊魔は屋根から屋根へと飛び移っては、時々地上に降りながら、街の様子を傍観していた。

 朝の時間帯は人の行き来が激しく、電車やバスは人がぎゅうぎゅうに詰めこまれている。

 道路でも車が詰まっていて、特にルーンフルムの都市部に伸びる道路は動きが滞りがちだった。


 都市部に近づき、しばらく地上を歩いていると、ランドセルを背負った児童の集団とすれ違った。

 遊魔はほんのわずかの間それを見ると、すぐに反対方向へと視線を向けた。


『昨夜午後10時頃、第29区2丁目で――』


 その数十メートル先、遊魔の視界に大型のスクリーンが飛び込んできた。


 スクリーンでは、朝のニュースが流れている。

 ニュースといっても相変わらず、ディアロイドが絡む事件ばかりだった。


 都市部から少し北に離れた、第29区で何人かの通行人がディアロイドに襲われたが、幸い死者は出ず、全員が軽いけがで済んだとのことだった

 ニュースが終わると、画面はすぐ企業の広告に切り替わった。


 このように、街のいたるところに置かれたスクリーンからは、絶え間なく情報が流されている。

 けれど、通りかかったところでわざわざ足を止めて、それを見ようとする人はごく少数だ。

 

 そのようなことをせずとも、大多数の市民が、文字通り、常に手の届く範囲内にある手段で、常に最新の情報で満たされてしまっているからだ。

 


 遊魔もまた、スクリーンに映されるものたちは気に留めず、素通りした。



「……あら?」


 正面から並んで歩いてきた女子学生のうち一人が、遊魔を見るなり目を丸くした。


「ねえねえ君……」


 遊魔は引き留められ、煩わしそうに彼女の顔を見上げた。

 昨日もすれ違った顔だと、すぐに気づいた。


「君さ、昨日ディアロイドと戦ってたよね?」


 黒髪の女子学生は、高揚しているのを抑えるように言った。


「ええ、まあ」


 昨日も何も、ほぼ毎日戦ってるけどな。

 遊魔は内心そう思った。


「しかも違う姿に変わって、ものすごい技まで使って!」


 静かに目を輝かせる彼女。

 遊魔はどうリアクションを取るべきかわからず、ええ、ああ、と曖昧な返事をするしかなかった。


 一方、その横にいる茶髪の女子学生は、小型の端末をいじりながら、時々、まるでゴミを見るかのような目つきで少年を見ていた。

 遊魔は何となく腹が立ち、キッと睨み返した。


 すると、茶髪の態度が一変した。


「え、ちょっと何こいつ。超感じ悪いんだけど!」


「どうしたの?」


 黒髪の女子生徒が横を見て尋ねた。


「こいつ急に睨んできたんだけど!」


 先に嫌な目で見てきたのはそっちだろうと、遊魔は突っ込みたくなった。

 だが、反論してことを大きくするのも面倒だったので、彼は無言を貫いた。

 まあまあ、と黒髪の女子生徒がなだめすかす。


「行こ、ミサキ」


 不機嫌そうな顔で、茶髪はミサキと呼ばれた女子生徒を促した。


「またね」


 ミサキは半ば申し訳なさそうな顔で、手を振った。


「(また会う前提なのかよ)」


 遊魔は軽く手を振り返しながらそう思った。

 が、それと同時に、彼女の存在が頭にひっかるのを少年は感じていた。


 昨日すれ違った以外にも、何処かで見たことがある気がした。


 そう思い、遊魔は二人の女学生のほうを振り向く。


「(気のせいか……?)」


 昨日見かけただけで、それより前にも見たのだと錯覚してるだけだ。

 遊魔は自分にそう言い聞かせ、また前に向きなおった。


「あの人たち、知り合い?」


 と、不機嫌そうな飛鳥が突然真正面に現れ、遊魔は思わず肩を震わせる。


「急に真正面に立つな」


「で、あの人たちは知り合いなの?」


 飛鳥は遊魔の言うことを無視して、問い詰めるように言った。


「面識はない。さっき話しかけられただけだ」


「あ、そうなの」


 飛鳥は身を引きながら、スッと真顔になった。


「そうじゃなかったらどうなんだ」


「別にー? どうもしないけど?」


 飛鳥はわざとらしく語尾を伸ばし、くるりと前を向いた。


 彼は相変わらず、学ランの第一ボタンだけを留め、左腕だけを黒い袖に通している。

 そして彼の首には、決まってヘッドホンがかけられている。


 遊魔がそのことについて言及したことはなかったが、彼はふらっと遊魔の前に出てくる度に、必ずそのような格好をしている。


「ゆーくん、今日はどこ行くの?」


 ちらりと振り向きながら、飛鳥がたずねる。


「俺のせりふだ」


 と、遊魔は冷静に返す。


「学校はどうした」


「今日は行かない」


 と、当然のように飛鳥は言った。


「お前な……」


「だって、行ったところでどうせろくなことないし」


 飛鳥は気だるそうにいいながら、両手を頭の後ろで組んだ。


「……それに、何か嫌な予感するんだよねー」


 でたらめではない、と遊魔は直感し、眉をひそめた。


「どういう意味だ」


 わずかな沈黙。


「……多分」


 飛鳥が勿体付けたように、ゆっくりと振り向く。

 金色の瞳が鈍く光っている。


「いつもの何十倍は()()()()()()気がするよ」


 飛鳥はまるで今後の展開を楽しみにするかのように、口元に微笑みを浮かべていた。




 一方、先ほど遊魔に話しかけた女子学生は、心配そうに友人に話しかけていた。


「ユウナ、最近何かあった? ずっと不機嫌そうにしてるけど……」


「ああ、気づいちゃった? 実は最近、彼氏とうまく行かなくてさー」


 ユウナは不機嫌な表情のまま、交際中の同級生に関する愚痴を次々と話した。


「相当辛かったのね。だってユウナ、昨日からずっと不機嫌そうだし」


 ミサキは心配そうに言った。


「ひょっとしたら、さっきあの子が睨んだのも、ユウナに睨まれたと思ったからじゃない?」


「ああ、無意識ってやつ?普通にあの子のこと見てたつもりだったんだけど……」


「それ、感じ悪く見えるからやめた方がいいんじゃ……」


 するとユウナは、血相を変えたようにミサキをキッと睨みつけ、きつめの口調で言った。


「……何が分かるの?」


 ミサキは驚き、肩をびくりと震わせた。


「それじゃあ、あたしがわざと感じ悪く振舞ってるみたいじゃん! あたしだって、好きでこんなにイライラしてるわけじゃないのに。気分を紛らわそうとしてもやっぱりイライラするし、収まらないどころかだんだん怒りが大きくなってきて!……自分でもどうすりゃいいのか分からない……!」


 矢継ぎ早に吐かれたユウナの言葉がフェードアウトし、彼女は俯きがちになった。


「ごめん、ミサキ。ミサキは何も悪くないのに……」


 そう言われた彼女は、何と声をかければいいか分からなかった。


「なのに……あたし……」


 ユウナはふらりと後退し、その場にしゃがみこんでしまった。

 固く閉じられた全身は、今にもマグマが噴き出そうなくらい、震えている。


「あたしは……」


 ミサキは青ざめた顔でユウナの様子を伺いながら、二歩、三歩とゆっくり後ずさりした。


「ユウナ……?」


「……ごめんミサキ、先に行ってて」


 ユウナが絞り出すようにそう言うと、ミサキは遠慮がちに彼女を離れる。


「でも」


「いいから、早く!」


 ――早くここから逃げろ!


 彼女が最後にそう言った直後、ミサキは自分の中から、そんな声を聞いた。

 声の主は、彼女自身のものだった。


 ミサキはその声に突き動かされるようにして、駆け足で学校へと向かった。


「(ユウナ、急にどうしたんだろう……?)」



 ユウナは、比較的穏やかで冷静なミサキとは反対に、感情が表れやすいやタイプだった。

 ささいなことでよく笑い、時々怒ったり悲しんだりもしていた。


 ミサキはそんな彼女をいつも隣で見ていたし、いつも優しく寄り添っていた。

 ユウナがぷりぷり怒っているのをなだめすかす事も、何度もあった。


 だが、今の彼女はただ事ではないと、すぐに気づいていた。

 5年以上の付き合いの中で、あのような彼女を見るのは、初めてだった。


 何かがおかしい。

 ミサキはただならぬ不穏な予感を覚えながら、喉の奥に何かが詰まるのを感じた。




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