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第6話『もし目の前に現れたら』

 



 この日飛鳥が現れたのは、普段よりも早い、昼過ぎの時間帯だった。


「来たよ、ゆーくん」


 いつもより早く会えた嬉しさで、彼は満面の笑みを浮かべている。


「学校はどうした」


 それに対し、遊魔は相変わらず無表情だった。


「早めに抜けてきた。普段と同じ時間だと、学校の奴らに見つかりかねないからさ」


 彼はさらっとそう言ったが、要はサボりだ。

 だが、彼が授業を途中で抜け出すのは珍しいことではなかったので、遊魔は特に咎めることもしなかった。


「俺をどこかに連れていく気か」


「そういうこと。よくわかったね」


 飛鳥はにんまりと笑って言った。


「んじゃ、行こっか」


 飛鳥は何の説明もなしに、遊魔を促しながら軽い足取りで進んだ。


「……またあそこに行くのか」


 遊魔が平坦な声で言うと、そうだよ、と飛鳥が嬉しそうに言った。


 角を曲がると、様々な商業施設が並ぶ大通り。

 平日の昼間にも拘わらず、人でにぎわっている。


 上質とは言い難いスピーカーから、流行りの歌謡曲がBGMとして流れ、それに負けじと、様々な店の店員が大声で宣伝活動を行っている。

 相変わらず騒がしい場所だと、遊魔は内心で毒づいた。


「楽しみだね、ゆーくん?」


 飛鳥が振り向いて言った。


「俺がそう見えるか」


「見えない」


「お前な……」


 遊魔は呆れた声で言った。


「そりゃあ見えないよ。だって、ゆーくんっていつも無表情なんだもん」


 飛鳥は包み隠さず、ずばりと言った。


「でも、内心ではどう思ってるのかなーって。ひょっとしたら、顔に出てないだけで実は楽しみだって思ってるかもしれないじゃん」


 それにさ、と飛鳥は続ける。


「本当に来たくないなら、ついてこなきゃいいじゃん、って話だし」


 核心を突いた言葉に、遊魔は何も言い返せずにいた。

 大規模な商業施設へ向かう通りの途中に、目的地はあった。


 3階建てのゲームセンターだ。

 自動ドアが開くと、街とは違う雑音がどっと溢れ出た。


 中の階段を上がると、薄暗い空間。

 眩しいスクリーンがあちらこちらで光り、電子的な音楽が四方八方から飛んできてごちゃまぜになっている。


「お、空いてる」


 公園の遊具を陣取る子供さながら、飛鳥は駆け足で目的のゲームに向かった。

 曲に合わせて矢印のパネルを踏む、リズムゲームだ。


「ゆーくん、やる?」


 飛鳥が硬貨を入れながら尋ねる。


「俺はいい」


「そっか」


 彼は慣れた手つきで筐体を操作する。

 音楽ゲーム向けに作られた、アップテンポのインストゥルメンタル。

 難易度はマックスだ。


 ふう、と飛鳥が意気込みながら息をつくと、曲が始まった。


 わずかな沈黙の後、画面上部から、四色のコマンドがレーンに沿って流れてきた。

 そのスピードの凄まじいこと。

 かつ、譜面の構成も複雑で、素人が挑めばすぐに足がもつれてしまいそうだ。


 それでも飛鳥は、余裕の素振りで譜面を着実に攻略していく。


 次々画面に現れる、"perfect"の文字。

 軽いステップ。

 靡く銀色の髪と学ランの裾。


 その瞳は、傍観者である遊魔から見ても生き生きとしている。

 伏し目がちに華麗に体を一回転させ、最後のフィニッシュ。


 力強く両足でしっかり着地して、画面を仰ぎ見た。


 少しの間が空き、結果は見事フルコンボ。


「やったあ!」


 飛鳥は小さくガッツポーズした。


 その後すぐに、曲選択の画面に移り変わった。

 飛鳥は難易度マックスの設定のまま、もう2曲分プレイした。

 息を切らすこともなく、複雑な譜面を軽々とこなしてゆく。


 それを後ろから見ている遊魔は、彼の実力を知っていたため、特に驚きはしなかった。

 結果はやはり、パーフェクト。

 ゲームが終わり、飛鳥は満面の笑みで振り向いた。


「また、目標に近づけたよ」


 彼の言う『目標』とは、このゲームに収録されている曲を全て、難易度マックスでクリアすることだ。

 現段階で、彼は4割ほどそれを達成している。


「ああ、そうだな」


 彼は平坦な声で言いながらも、内心では、彼がその小さな目標を実現するのを願っていた。


 飛鳥の隣にはもう1台、同じゲームが設置されている。

 飛鳥がプレイしている間、それはずっと空席のままで、スクリーンに宣伝文句をエンドレスで流し続けている。




「ディアロイド、ってさ」


 ゲームセンターを出て大通りを歩いている途中、飛鳥が口を開いた。


「本当にいつどこに現れるか、分からないんだよね?」


 彼は普段の雑談と同じ調子で言った。


「僕たちがこうして並んで歩いている間にも、誰かが襲われてても何らおかしくないんだよね?」


「ああ」


 遊魔は短く答えた。


「さらに言えば、今ここに現れてもおかしくない」


 彼はそう付け加えてから、内心でハッとなった。

 ここで言う必要はなかったのではないか、と。

 遊魔はさりげなく、横目で飛鳥を伺う。


「……そうだよね」


 その顔には、わずかに影が差していた。

 だが、彼は慌てたようにその影を引っ込めた。



「けどディアロイドって、いつからいるのか、どこから来たのかすら、ちゃんとわかってないんでしょう? 一時期、宇宙から来たエイリアンだって騒がれてたけど、あれもデマだったみたいだし」


 7年前、ディアロイドの正体に関するデマ騒ぎがあった。

 某新聞社が、隕石と称した石の写真と共にその記事を書いたところ、インターネット上でたちまち話題となり、街の大型スクリーンでも何度も流された。


 隕石が見つかったと書かれた、海沿いにある第37区に人が押し寄せる騒ぎになったが、約1週間後に嘘だということが明らかになった。


 それを聞いた人々はがっかりし、中には「探しに行って損した」と腹を立てる者もいた。

 一連の誤報は、誰から見ても意図的なものだったが、その情報を発信したメディアからは「間違いだった」の一言で済まされ、人々からの反感を買いつつも、数日後にはその話題は立ち消えとなってしまった。


 それ以来、ディアロイドの正体に関する情報は一切明かされてない。


 ――否、『公にされていない』と言った方が正しかった。


 遊魔はその正体を知っていたからだ。

 知っていながらも、それを誰にも明かしていなかった。

 民衆をかき乱すためのでっち上げ話などではなく、その目で何度も見てきた、れっきとした事実を。


「本当、いい迷惑だよね」


 一連の騒ぎと、あの怪物の存在、両方に対して飛鳥が言った。


「……全くだ」


 遊魔はぎこちなく、口角を上げた。


 ――「でも、もし僕たちの目の前に現れたら、その時は、ゆーくんが倒してくれるよね?」


 遊魔は思わず目を(みは)りながら、飛鳥のほうを振り向いた。

 飛鳥の眼には期待感が込められていたが、それとは別の、何か複雑なものがそこには混じっていた。

 遊魔には、それが何か分かっていた。


「……それが俺の役目だからな」


 束の間の沈黙の後、彼はそれだけ言った。


 飛鳥は微笑み、こう言った。


「僕はあの組織より、ゆーくんのほうが強いって信じてるからね」


 彼の言う『あの組織』とは、GOLのことだ。

 遊魔は今度はどう反応すればいいかわからず、ああ、ともおう、とも取れない曖昧な返事をした。



「誰がなんて言おうと、僕のヒーローはゆーくんだけだからね」


 真剣な顔で、飛鳥はそう言った。

 遊魔はその言葉を否定しようとしたが、彼の姿だけを映しているその金色の眼を見て、押しとどまった。

 



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