第5話『夜な夜な彷徨うディアロイド』
「『チェーン/フレイム』‼」
金色の月が照らす、夜の張り詰めた空間。
炎を纏った鎖が、意思を持ったように空中を舞う。
「グガァアッ……」
それにクリーンヒットした怪物――下級ディアロイドは、呻きながら地面に倒れた。
遊魔が冷めた瞳でその灰色の体を見下ろすと、その背後から仲間の怪物が襲い掛かってきた。
「ふ、っ!」
その気配を素早く察知した彼は、振り向きざまに攻撃を受け止めた。
にらみ合いながら、拳を手の平で押し返す。
両者の力は互角で、強く反発し、遊魔は後ろに押し返された。
怪物がファイティングポーズをとると、遊魔は次のアクションを待つことなく、跳躍した。
「『メテオ/アイス』‼」
大きく広げられた右手の中から、怪物めがけて無数の氷の塊が放出された。
流星のごとく降りかかってくる氷に怪物は怯み、すぐに動けなくなった。
地面に情けなく横たわる怪物は、中級の中でもあまり強くなく、ほぼ一方的に遊魔に倒された。
だが、この怪物が弱すぎたのではない。
遊魔という少年が、あまりに強かったのだ。
「『ドレイン』」
遊魔は手の中から出現させた鎖をディアロイドに繋げ、魔力を回収した。
毎晩、遊魔は第42区から遥か北に離れた地で、大量に現れるディアロイドを倒している。
人並外れた戦闘能力で、時には魔力も駆使しながら、屠るように、次々と怪物たちをなぎ倒してゆく。
毎日彼らを倒せどその数は尽きる事なく、毎夜、遊魔は半ば無双状態の戦闘に明け暮れている。
その目は感情が籠っていないようでありながらも、やはり、常にどこか悲しげな色が漂っていた。
「次は向こうか?」
夜闇の中に林立するコンクリートの建物を颯爽と抜け、開けた場所に出る。
その視界の中には何もなかった。
が、その少し先にある、蔦の伸びた塀の中に怪物の気配を感じ、遊魔は小高い位置から中を見下ろした。
するとそこには、血に飢えたゾンビさながらふらふらとさまよっている、深緑の怪物たちが密集していた。
彼らが侵入者を見上げると同時に、魔力が放たれた。
「『メテオ/フレイム』」
そこに慈悲などはなく、少年の眼下は一瞬にして火の海となった。
その中に投じられた鎖は、炎のなかでもがく者達の魔力を吸い上げ、遊魔のものにしてゆく。
生命のエネルギーを根こそぎ奪われた怪物たちは、抵抗する余地もなく、その場で力尽きた。
魔力を回収し終えた彼は無表情のまま、短く息を付く。
そして、くるりと身を翻し、火に包まれた地を後にした。
「今日はこんなものか……」
月の光は、遊魔がこの地に着いた時よりもわずかに弱まっていた。
遊魔が歩くその地は、耳がおかしくなりそうなほど、しんと静まり返っている。
車が通る音も、人のわずかな声すらも聞こえてこない。
無色透明な風が、黒く沈んだ通りに吹き込むだけだ。
遊魔は冷めた瞳で歩きながら、ブロックを抜けて左に曲がった。
すると遊魔は、視界の隅で、何か白いもやのような物が漂っているのに気が付いた。
まだ現れるのか、と遊魔は反射的に身構える。
だが、その姿が遊魔の前にそっと舞い降りると、彼はすぐに手を下ろした。
おぞましい怪物とはかけ離れた、柔らかな光がそこにあった。
絹のように白くやわらかな、両耳の下で結ばれた髪。
上空の月とよく似た、大きく丸い金色の瞳。
黄色い小さなリボンのついた、丸襟の白いブラウス。
おとぎ話の妖精のようなその姿は、遊魔よりも背丈の低い、あどけない顔の少女だった。
少女は小さく首を傾げ、そっと口を開いた。
「今日もいっぱいやったね」
少し落ち着いた、幼い少女の声。
透き通っていて、軽くエコーしている。
その目は真っすぐに、遊魔を見つめている。
他の誰でもなく、あなただけに言っているのよ、と言わんばかりに。
そして何も言い返せずにいる遊魔の前で、静かに鳴らされた鈴のように、クスクスと笑った。
「昨日も今日も、そして明日も、いっぱい、いっぱい」
絹のような、白い髪がそっと靡く。
ワルツを踊る小鳥のように、ふわり、ふわりと舞っている。
「バケモノいっぱい、まりょくもいっぱい」
そう言いながら小さく一周したあと、少女はこう言った。
「でも、さいきょうの戦士は一人だけ」
遊魔はまたも、その一対の瞳に射貫かれるような心地になった。
一人だけ。たった一人。孤高の存在。
やはり俺は、そうなのか、と。
遊魔は身を固くしながら、絞り出すように呟いた。
「お前は誰なんだ」
それでも少女は何も答えず、また、クスクスと笑った。
この世のあらゆる物事を知らない幼子のような、悪意を感じさせない微笑み。
一瞬でも触れれば消えてしまいそうな、神々しくもか弱い光。
馬鹿にしてるのか、と遊魔は顔をしかめた。
そんな彼をよそに、少女はくるりと一回転した。
「私は誰でもない存在。あなた以外は知らない存在」
と、歌うように言い残し、風のようにふっと消えてしまった。
そう言われた遊魔は、ますます腹立たしくなった。
というのも、それは自分の問いに対してあまりに抽象的ななことを言われたためではなく、以前同じ少女に向かって同じことを訊いた時と、全く同じことを言われたためだった。
何度も目の前に現れては、同じようなことしか言わない少女に、遊魔は今度こそ新しい情報が得られるのではとわずかに期待しては、それを何度も打ち砕かれてきた。
少女がいた場所を横目で見ながら、遊魔は小さく舌打ちした。
金色の光を纏った白い少女。
金色の瞳を持った白髪の少年は、彼女が何者なのか分からずにいる。
だが、手助けは現状で一切せず、かといって実害もない謎の少女が、自分にとって決して無縁な存在ではないと、遊魔は直感していた。
月の光がさらに弱まり、遊魔は視界の奥にそびえたつ建物に入っていった。
じきに、朝が来る。