第47話『英傑の姿は遥か遠く』
どうすれば、あれを倒せるんだ。
どうすれば、あの空に舞う怪物を撃ち落とせるんだ。
亀戸凪の俊敏な動き、また飛び道具を以てしても、未知の怪物には手が届かない。
隊員たちもまた手も足も出ず、ただ、空を裂く翼を避けるしかできなかった。
時々低空を飛ぶ巨体に銃弾を放っても、それはただ、緑色の血飛沫を飛ばしながらも悠長に飛び続ける。
「何だあれ、全然倒せないじゃん!」
と、ジュンはダダをこねる子どものように大声で言った。
「焦るな。弱点を見失うぞ」
隊長はそう言ったものの、未だ怪物の弱点を突くことができずにいた。
どうすれば。どうすれば。
どうすれば打開できる?
――と、不利な戦況で動けずにいるうちに、不可解な現象が起きた。
凪の周りにいた隊員が次々小さく悲鳴をあげ、腕から、背中から血飛沫を上げていたのだ。
ターゲットは遥か上空にいて、攻撃もしかけていない。
あるいは、遠隔による斬撃か?
警戒しながらあたりを見渡すうちに、凪もその正体不明の奇襲にあった。
「不覚ッ!」
刃物で肩を斬りつけられる感覚。
と、傷口を抑えているうちに、何者かに腹部を思い切り蹴られ、アスファルトに倒された。
頭を強打し、しばらく地面から動けずにいるうち、凪は空に白く光るものを見た。
肝心の敵は、こちらを向いておらず、攻撃を仕掛けてきたようには見えない。
空を舞う標的に立ち向かっている、あれは?
凝視しようとするも、意識が遠のいてゆく。
目蓋が重い。
身体が思うように動かない。
誰だ?どこだ?
空で何が起きている?
周りで何が起きている。
だが凪の視界は不意に遮られてしまった。
「俺だって、こんなつもりじゃなかったんだよ」
と、周囲に鬱屈な空気を漂わせるような声と共に、髪の長い男・トオルが音もなく現れた。
凪の顔を覗き込む眼は、まるで何年も磨かれずに放置されたガラス玉のようだった。
トオルの濁ったため息が顔にかかる。
凪が身動きを取れないまま、トオルは手に持ったナイフを振り上げる。
奇襲の主はこいつか、と凪は気づくが、時すでに遅し。為す術はなかった。
――「はあ、どこで狂ったのやら」
と、トオルは徐々に広がる血の海を見下ろしながらひとりごちた。
赤い液体に塗れた刃を、恨めしそうに見つめている。
「ずっとこんなんばかりだ」
そして男の姿は一瞬、髑髏の頭を持った怪物へと変わり、やがて霧のように消えていった。
……ああ、そうだったのか。
人間に擬態できるディアロイドは、あの女だけじゃなかったのか!
報せなければ。伝えなければ。
ここの隊員に。そして匠さん、鉋さんにも……。
だが、彼が思っていたより傷は深かった。
通信機に手を伸ばすも、わずか数センチ、手が届かない。
凪は最後に残った力を振りし絞りながら、上空で戦う一対の姿を仰ぎ見た。
あの巨大な月を背に、未知の怪物と対等にぶつかり合うあれは、何なのだ?
いつか話に聞いた、ルーンフルムの英雄と呼ばれるものなのか?
あの大いなる月光にも負けない白い光。怪物と対等にぶつかり合う力。
それを見た凪は、わずかに羨望の気持ちが湧いたのを感じた。
あの超人的な力を持つのは不可能にせよ、強さ次第では、僕もあるいは英雄としてルーンフルム中に名を馳せていたのではないか、と。
けれど、その称号を得るにはあまりに無口すぎたかもしれないし、こんなに小柄な英雄がいるものか、と凪は自身に苦笑いした。
僕だって、こんなつもりじゃなかったんだよ。
ずっと前髪に隠れていた両目は、それが完全に閉じられるまで、神々しい光を捕らえ続けていた。
光を放つその素顔を拝みたくても、ついぞ、凪がそれを叶えることはなかった。
それすらも赦されないのか、という無念を残しながら、英雄となり得なかった隊員は、静かに息絶えた。
【ルーンフルム防衛局 殉職者リスト(XX年度版)】
市ヶ谷ジュン(享年27)、
久我山玲(享年22)、
亀戸凪(享年19)、ルーンフルム都市部第42区にて殉職する




