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第4話『戦士たちの休息』

 


 人でにぎわう大衆酒場。

 壁で隔てられた個室の一角には、成人2人と小柄な少年が座っていた。


「あの、本当にいいいんですか……?」


 黒髪の少年・海良が申し訳なさそうに言った。


「いいのいいの。まあ中には、『街のために戦う連中が飲み屋にいるなんて!』とか訳わからんこと言ってる奴もいるけど、別にそんな決まり何処にもないしさ」


 屈強な青年・郁仁はおおらかに笑いながら言った。


「いえ、そうではなく……。つい先日も奢ってもらったばかりなのに、なんだか申し訳ないなと……」


 海良は俯きがちに言った。


「なーにかしこまってんだよ!」


 パシン、と隣の少年の肩を叩きながら青年は言った。


「俺らがそうしたいからそうしてんの! な!」


 郁仁はおおらかに笑いながら、正面の女に向きなおった。


「そうそう。 遠慮は不要さ!」


 外見から姉御肌なタイプなのが伝わる、ボブカットの女は笑いながら言った。

 化粧っ気はないが、顔立ちは決して悪いほうではなく、きりっとした目元から凛々しさが滲みでている。


「どんどん好きなもん頼みなー」


 女はそう言いながら、メニューの表示されたタブレット端末を渡した。

 ありがとうございます。と言いながら海良はメニューを受け取り、頼みたい品を選んだ。



「しっかしまあ、わかってない連中もいるもんだよねえ。俺らが街中で飲み食いして何がいけないんだか」


 郁仁は両手を後頭部で組み、嘆くように言った。


「ホントにね」


 やれやれ、と女は肩を竦める。


 屈強な青年・郁仁が言ったことは事実だった。

 民衆の中には、政府公認の戦闘部隊が大衆向けの飲食店に堂々といるべきでないと主張する者が、少なからず存在している。

 その一部分を見ただけで、職務放棄だと決めつけているのだ。


 実際彼は、酒場でそのような事を直接言われた経験があった。

 名前も顔も知らない中年男性曰く、『街のために戦っている奴らが仕事を放棄するな』とのことだった。


 そんな彼は酒を一滴も飲んでおらず、素面(しらふ)だった。

 郁仁は声を荒らげて反論したかったが、そうすれば余計に騒ぎになってしまうのも明白なので、彼はぐっとこらえて発言を受け流すしかなかった。


「全く、ウチらを24時間戦うマシンか何かと勘違いしてるのかねえ……」


「だとしたら迷惑だ」


 お通しの枝豆が運ばれてきた。


「俺らはれっきとした人間だ」


 郁仁が枝豆を一つ摘みあげる。


「飲食も休憩も必要!」


 女も同じ動作をし、二人は同時に枝豆を押し出し、口に放り込んだ。



「郁仁さんたちも、どうぞ」


 しばらく経った頃、注文を済ませた海良がタブレットを渡した。


 サンキュ、と郁仁が受け取り、正面の女との間に置いた。


「あの、僕のことは気にせず、飲みたければ是非飲んでください」


 海良はこのなかで唯一未成年だ。


「お、いいのかい?」


 女はニヤリとした。


「アンタは1杯だけね」


 郁仁はすかさず、くぎを刺すように言った。


「えー、何でよ」


 女は口を尖らせた。


「アンタは覚えてないだろうけどさ……」


 郁仁は苦々しい顔で、以前女と二人で飲みに行った時のことを語った。


「無事に家に着いたのも、俺がいたからなんだぞー?」


「そうなんですか?」


 海良は意外そうな顔をしている。


「そうそう。生ビール2杯目で笑い上戸になったかと思えば、そのまま調子に乗って3杯目をグビーっと行って、その途端に完全ダウン。……俺1人で大変だったんだからな、ホント!」


 俺が力持ちでよかったよ、と郁仁が言いながら、タブレット端末で生ビールを注文した。


「うん、全く覚えてないや」


 女は苦笑いした


「ったく……。俺だって立派な一人の男なんだぞ?」


「はっ?」


 どういう意味だい、という表情の女が若干前かがみになり、胸元に隙間ができた。


「『はっ?』って……。要は無防備だってこと!」


 郁仁は、正面から覗く谷間から必死に目を逸らしながら言った。


「アンタがベッドで伸びてる間、正直俺も危なかったんだぞ? 俺だって、酒で理性飛びかけてたわけだしさ」


「へぇ」


 その時の記憶がない女は、他人事のようにうなずいた。


「何で他人事なんだ……。危うく合意もなく俺に抱かれるところだったってのに」


「いやあ、流石リーダー。耐えてくれてよかった」


 女はまたも他人事のように、楽観的に笑った。

 呆れ顔の青年とは正反対だった。


「アンタねえ……」


 そんな大人たちの会話を横で聞かされている海良は、色の白い顔を耳まで真っ赤にしながら、無言で俯いているしかなかった。



 それから数分後、注文した料理が運ばれた。


「おお、来た来た」


 女が嬉しそうに手を合わせた。


「さあ、どんどん食べな!」


「いただきます」


 海良は焼き鳥を手に取った。


 たれの甘みと、もも肉の旨味が口に広がる。

 食欲にエンジンがかかった海良は一気に1本目を平らげ、2本目に手を伸ばした。


 そんな様子を、2人は我が子を見守るように微笑んで見ていた。


「うん、いい食べっぷりだ」


 と、女が言った。

 2人が自分を見ながら微笑んでいるのに気づいた海良は、少し照れながらも、おいしいです、と言った。


 それからわずか十数秒後。


「……なあ知ってるか、海ちゃん?」


 郁仁は突然、焼き鳥をもぐもぐと食べている海良に話しかけた。


「何ですか?」


 青年は何か重大な秘密を教えるように、神妙そうな顔で、片手を口元に添えて耳元で言った。



「実はここの肉料理――ディアロイドの肉使ってるらしいぜ」


 彼がそう言った途端、海良の動きが止まった。


「……え?」


 彼は青ざめた顔で郁仁を見上げながら、手に持っていた串をぎこちなく皿に置いた。

 

「ああ……あくまでも噂だがな。喰っても健康上は問題ないらしいが、この組織の一員として、一応言っときたかったんだ」


 海良の額からぶわっと汗が出た。

 それからすぐに、口元を抑えながら急いで席を立ちあがった。


 すると郁仁が、慌てた様子で海良の腕を掴んだ。


「何ですかー!」


 振り向きながら顔をしかめる海良。


「身体的に無害とはいえ、嫌ですよ! 奴らの肉体を取り込むだなんて!」


「いやゴメンゴメン、冗談だって!」


 海良がトイレで吐き出そうとしているのに気づき、郁仁は慌てて引き止めたのだ。


「だから止めないでくださ……え?」


 郁仁の言ったことに気づいた海良は、きょとんとした顔になった。


「ああ、全部デタラメだ」


 すまんな、と郁仁は軽いノリで謝った。


「もう、びっくりしたじゃないですか」


 海良はムスッとした顔で席に座った。


「いやあ、ちょっとからかいたくなってね……。まさか本気にするとは」


 たはは、と郁仁は笑った。


「あんたねえ……」


 あまりやりすぎんなよ、と女は呆れた。


 海良は気を取り直すように、ウーロン茶を口に流しこんだ。


「でも実際、ディアロイドっていつ何処に出てくるかわからないんですよね?」


「ああ。まさに神出鬼没の奴らだ」


「だったら、僕たちがこうして食事をしてる間も……」


 海良は心配そうに言った。


「本当に仕事熱心だなあ、海ちゃんは」


「当然ですよ。だって……」


「あのな海ちゃん、何もこの周辺でディアロイドと戦ってるのは、俺達だけじゃないんだぞ?」


 郁仁は落ち着き払った様子で、運ばれてきた生ビールを(あお)る。


「その時はその時で、他の奴らに任せればいいんだよ」


 郁仁は、ビールの泡で白いひげをつくりながら言った。

 そんな彼が凛々しい表情をしているのが余計におかしく、海良は思わず噴き出した。

 肩を震わせながら、顔を後ろの壁に向けている。

 


「そうそう。まあ、その真面目さがアンタのいいところだけどね!」


 女にもそう言われ、海良は落ち着きを取り戻しながらゆっくりと顔を正面に向けた。


「……そう、ですね。少し熱くなってしまいました」


 そして彼は、自分の発言を恥じながら、3本目の焼き鳥に手を伸ばした。


 その間彼は、はたと一人の少年の姿を思いだした。


 世間で『英雄』ともてはやされる、自分たちとは別に怪物を次々倒す、謎の存在。

 海良と同級生である、周囲から避けられている男子生徒と一緒にいるのを、彼は見た。


「(あいつ、一体何者なんだ……?)」


 彼らと同じく、未知なる生物を倒す能力を持っていながらも、その素性は謎に包まれていた。


「ん、どうした海ちゃん?」


 動きが止まった彼に、郁仁が話しかける。


「ああいえ、さっきのあいつについて考えていました」


「さっきのって……俺の命の恩人くん?」


「不本意ですが、そうです。……どう思います?」


 海良が尋ねると、郁仁は唸りながら天井を睨んだ。


「正直、俺にゃまだわからんな……。俺達とは別で怪物退治する目的はよく分からんけど、かといって悪い奴でもなさそうだし……」


「民衆の敵ではないのは確かだよねえ」


 女が小型の端末を操作しながら、口を挟む。


「ほら」


 女が見せた端末の画面。


 そこには、『英雄が戦ってた! 直接見られるだなんて感激!』という文面とともに、白い髪の少年がディアロイドと戦っている動画が投稿されていた。


「おや、こんなとこにも」


 郁仁は驚いたように言った。


「やっぱこいつのことは、結構知られてるんだねえ……」


 すると海良は、思いつめたような表情で口を開いた。


「……やっぱり僕は、納得できません。ディアロイドを倒すのは僕たちの役目ですし、こんな神出鬼没で素性のわからない奴がもてはやされるのも、僕は……」


 人々の英雄でいられるのは、GOLだけで十分です!

 海良は心の中でそう言った。


 海良が『謎の英雄』を否定するのは、彼が嫌っている者とかかわりがあったせいでもあったが、第一には、彼が人一倍、このGOLという組織に思い入れがあるためだった。


「海ちゃん……」


 事実、『英雄』に否定的なのは海良だけではない。

 一般市民の間でも、余裕の素振りで怪物を屠る彼を支持する者、素性が分からない彼に否定的な者、そしてどっちつかずの者で考えが分かれていた。


 郁仁と女は現時点で『中立』だった。

 だから海良の言う事を、その通りだと強く支持することも、また反対することもできなかった。


「まあ確かに、あいつが謎だらけなのは事実だ」


 と、女が言った。


「でもまあ、今ここで悩んでも仕方ないし、とりあえず今は食事を楽しもうじゃないか!」


 女は場を切り替えるように、明るい口調で言った。


「……そうですね!」


「あいつのことは、いずれわかんだろ」


 郁仁はそう言いながら、ビールの入ったジョッキを再び呷った。


 その姿を見た海良は、いつか自分も、彼のような一人前の隊員になれるのだろうかという淡い希望と、わずかな不安を抱いていた。




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