第37話『挑発する鴉』
「無視はひどいんじゃない? やっぱり感じ悪い」
辻黒飛鳥は見下すような視線で、海良の前に立ちふさがった。
「貴様、何の用だ」
「いつもに増してしみったれてるねえ。どうしたの」
飛鳥は相変わらず、相手の質問も聞かずに飄々とした態度だった。
「質問に質問で返すな。部外者の貴様に言う筋合いはない」
「……部外者、ねえ」
海良は早足で去ろうとした。が、喉元になにか鋭利なものが当てられているのに気が付き、思わず足を止めた。
「そう言ってられるのも、今のうちかもよ?」
その正体は、飛鳥のごつごつした右手についた黒く鋭利な爪だった。
「どういう事だ……」
「あれ、まだ分からないの? 相変わらず想像力が足りないねえ」
飛鳥はそう言うと、状況を飲み込めていない海良の目の前で、自身の頭部をディアロイドのものに変化させた。
「……まさか」
「これでさすがに分かるでしょう?」
鋭利な灰色の嘴に、黒々とした一対の眼が、威嚇するように海良をじっと見る。
「……本当なのか?」
絶句する海良。
「え、なあに? こうして人間の恰好をしてるのに、何で部分的にこんなことになってるかって?」
大体はそうだ、と言う代わりに、海良はそのどこか挑発的な態度の飛鳥をキッと睨んだ。
「そうだね……ちゃんと説明すべきなのは分かってるけど、君のそのカチカチな頭には少しややこしすぎるだろうから、極力簡単に言ってあげるよ」
「余計なお世話だ」
「まあ簡単に言えば、一つになったんだよ。ディアロイドとしての僕とね」
飛鳥はそう言いながら、両手を同じ高さに掲げて見せた。
右は怪物としての、左は人間としての、白く骨ばった手だ。
海良はただ、絶句するしかなかった。
「こんな無茶苦茶なことが起きてるのがありえない、って顔してるね。
……でも君ならよく知ってるでしょう? 僕はいつだって無茶苦茶で、何をしでかすか分からない、おっかない奴だって」
飛鳥は海良が家族を失い、防衛局に入るために学校を中退する前の事を想いながら、そう言った。
「覚えたくもないことだがな」
海良は負け惜しみのように言った。
「その無茶苦茶で気味の悪い姿を見せるためだけに、僕の所へ来たのか?」
「いいや、たまたまこっちに来たら、君の姿が見えたからさ」
「ならばとっとと何処かへ飛んでいけ」
「はいはい分かりましたよーだ」
飛鳥は小ばかにするように言いながら、ひらりと身体を翻した。
「その前に、ちょっと大きい独り言吐くけど気にしないでね」
「何のつもりだ」
「あの英雄って呼ばれてるユウマくん、実はディアロイドらしいよ。あくまで噂にすぎないから、信ぴょう性はかなり薄いけどね」
海良は思わず、足を止めた。
「けど、なにも人語が話せない不気味な怪物ばかりがディアロイドじゃないし、十分あり得る話ではあるんじゃないかな。
実は知られてないだけで、人間の姿をしたディアロイドも大体4,5体くらいいるんじゃなかったかなあ……」
「本当なのか、それは!」
と、背後から大声で言われた飛鳥は立ち止まり、面倒そうに振り向いた。
「だから、噂だって言ってんじゃん。そんなむきになって……」
「貴様ならそれが嘘か本当かくらい知ってるだろう!」
なかなか鋭いなあ、と感心せんばかりに、飛鳥は短い眉を片方だけ上げた。
「だとしたら、どうする?」
「何だ」
「仮に本当だってわかったところで、君はどう動くつもりなのさ?
防衛局とやらの人たちに言いふらす?『あの英雄の正体は、ディアロイドでした!』って?
けど組織における君の地位じゃどれくらいの人が取り合ってくれるんだろうね。そんな突飛なことを言えば、組織の中で不気味がられるのがオチなんじゃないかなあ。そう考えると、やっぱりここでハッキリさせる必要も」
「黙れっ!」
海良は声を荒らげた。
「僕が隊員たちと居る時に、あいつに血を流させる。そうすれば奴がどっちなのかハッキリするだろう?」
「できるの? 公衆の面前で、皆から慕われてる英雄を傷つける行為なんかしたら、君たちのイメージがどうなるかくらいわかるんじゃない? もう少し想像力を働かせな?」
海良は何も言えなくなった。
「まあ、そうしたいならすればいいよ。別に止める気もないし」
けど、これだけは言っておくよ。
飛鳥はそう言いながら、顔だけ後ろに向けてこう言った。
「僕がその気になれば、いつでも君を殺しに来ることができる。ゆーくんを仕留めるのは僕の役目だから、先に手を出したりなんかしたら、その時は承知しないよ」
金色の瞳が、まるで相手を威嚇するかのように、鈍く光っていた。
「ま、到底無理だろうけどね。じゃあねチビ助君」
飛鳥は雨に打たれたままで、奇妙な着方をしている学ランをふわりと靡かせながら、黒い風に乗って飛び去ってしまった。
そんな彼を呆然と見送ってから、海良は時間差で、飛鳥の発言にカチンときてることに気が付いた。
「僕の身長はどうだっていいだろっ!」
彼が飛んで行った方角へ怒りをぶつけつつも、海良は彼に言われたことをいつまでも忘れられずにいた。
あの英雄は、本当にディアロイドなのか?
人間の姿をしたディアロイドが本当にいるのか?
いるとすれば、一体どこに……。
悲しみに塗りつぶされていた海良は、招かれざる客によってすっかり掻き乱され、新たな疑念に悩まされることになった。




